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02.どんな時でも腹は減るんです。

 しばらくそうして放心していた私ですが、どんな時でもお腹は減るんです。自分のお腹が鳴った音で、現実に戻ってきました。

 まだ晩ご飯前だったことも要因の一つでしょう。夕方でしたからね。あれからずいぶんと時間が経っています。


 ……あれ? そもそも、ここに来た頃はまだ窓の外は昼間のように明るかったですね。というか、あれは完全に昼間でした。

 やはりまともに考えられる頭がどこかお留守だったようです。今更ですが気づきました。


 ちなみに現在、窓から差し込む日差しがだいぶ傾いています。もうすぐ夕方ですね。


 お腹の音で正気に戻るなんてなんとも締まらない私ですが、そんな現金な自分に気づいたら悩んでもしょうがないと思えてきました。

 いまだ状況把握はさっぱりです。ですが、今、大事なことはなぜこんな状況になっているのかではなく、この場をどう乗り切るかです。そのためにもここがどこか、から知らなくてはいけません。

 呆けている場合ではないんです。


 無意識に混乱していた頭で弾き出した結論に、結局は戻りました。

 異世界ファンタジーは大好きですから、今までの人生で小説も漫画もアニメもゲームも、それらの類いは種類豊富に見てきました。特に小説は読み漁りましたよ~。だから、思い当る一つの事柄。


 異世界トリップ。


 そういう系の小説が流行った時期もありましたから、もちろん読みましたよ。お恥ずかしながら、まだ若かった頃は、ああいう突拍子もない体験に絵空事でも憧れました。


 ですが、現実の社会に揉まれていく内に、そんな気持ちもなくなって平凡が一番だと思い直したんです。悪目立ちするよりも周囲に溶け込んで目立たない方が、無難で安定した生活を送れると実感しましたから――。


 今更、異世界トリップは不要です!


 と、宣言したいです。


 でも、この場合は誰にそう訴えれば良いんでしょうか?

 結局、何もわかりません。この場所のこと、すべて。


 殺風景なこの部屋には判断材料になるような物は何もなく、続きの部屋もあったので悪いかなとは思いつつも開けて見たのですが、そこは何も置かれていない空部屋でした。他、トイレ、洗面所、風呂場、台所、と普通にあります。使い方も同じです。

 不思議なことに外は異世界でも、この部屋の中は現代日本と遜色ない設備が整っているんです。


 室内を勝手に見て回った結論として、今の私が頼れるのはここで初めて目にした超絶美形だけのような気がします。

 起こすなとも、勝手にしろとも言われました。ですが、出ていけとは言われてません。なので、屁理屈だろうと、超絶美形が起きるまでこの部屋に居座ってやろうと思います。


 ……ただ単に、わけがわからない外に出るよりも、ここに居座って自然に目を覚ました超絶美形と対峙した方がまだマシなような気がしただけですけどね。


 超絶美形は――人間でした。

 確かにその容貌は人間離れして整っています。これぞ人外の美貌です。でも、人間以外には見えない姿をしています。私がここで観察した方々の中で唯一。

 人間のようで別の何か、な可能性も捨て切れはしませんが、今は心の平静を保つためにも外見は大事です。


 ということで、お腹は減っていても冷蔵庫は空。これ以上部屋の中を勝手に漁るわけにもいかず、超絶美形が起きるのを待ちます。けれど、何もしないで待つというのは意外に苦痛なことでした。

 はっきり言って、暇です。暇だからこそ、余計なことを考えてしまいそうです。なので、手近にある暇潰し。超絶美形の麗しい顔を観察することにしました。


 そそくさと移動してソファの傍の、超絶美形の顔が見える位置でなんとなく正座します。このご尊顔を観察するにあたっては、この体勢が一番相応しいような気がしたんです。


 本当に綺麗な方です。雰囲気や言葉使いとは裏腹に、とても繊細な顔付きです。

 でも、男性なんですよね。別に女顔というわけではありません。けれど、この顔をちょっと女性らしくしたら傾国の美女が裸足で逃げ出しそうな美貌です。


 日本人みたいな平べったい容姿ではなく、欧米人みたいに彫りの深い容姿。しかも、左右対称にすべてのパーツが配置されています。シミや皺なんて見当たらない白い、これぞ雪のようなお肌ですね。吹き出物なんて一度も出たことありません的なほどきめ細やかで綺麗な肌は、とっても羨ましいです。


 髪の色は栗色で、癖のない髪質をしているみたいですけど、これは意外に柔らかいかもしれませんね。傷みも枝毛もまったくなさそうな髪は男性らしくほど良い長さできれいにカットされていますけど、この方なら伸ばしても似合いそうです。


 ――男性のロン毛なんて論外だと思っていましたけど、持論の敗北を悟りました。


 ちょっと触ってみたい誘惑に駆られますけど、ここは我慢の子です。

 殿方の寝込みを襲うような真似をしてはいけません。それに、初対面の異性にいきなり髪を触らせてくれなんてこと言われたら、私なら確実に引きます。遁走します。それは、変態です。


 そういえば瞳の色は暗緑色でしたね。今は完全に閉ざされていますけど、深い森の色。綺麗な色だけに、その瞳が無感情だととても怖かったです。


 横たわる身体も顔同様に均整が取れていますし、余分なお肉は身体のどこにも付いていなさそうですし――羨まし過ぎます。私なんてお腹についた余分なお肉をどう始末しようか、日々悩んでいるというのに……。

 どうしたらこんな方が生まれるんでしょうか。完璧超人じゃないですか。


 ああ。でも、性格は難ありかもしれませんね。それですべて帳消しですか?

 何事も調和されているんですね~。


 超絶美形は私にじろじろと観察されても眠ったままです。

 いったいいつまでこの方は眠っているのでしょうか。


 ついに日が暮れてしまいました。多少の夜目はきくつもりですが、それでもここまで暗いと窓から外の明かりが入っても、どこに何がある程度くらいにしか見えません。

 照明器具らしきものが天井につり下がっていましたが、スイッチのような物は見つからなかったので明かりはつけられなかったんです。


 よって――。

 超絶美形観察の続行は不可能ですね。


 結論を出した私は、ふうっと息を吐き出します。

 室内はとても静かです。私と眠る超絶美形しかいないのだから当然ですが、こうも静かだと落ち着きません。防音機能でも付いているのか、ここには外の音も聞こえてこないんです。


 今までは超絶美形観察で自分をなんとか誤魔化していましたが、それすらできなくなってしまえば思考が考えたくない方向へと傾きました。

「私、このままここで死ぬのでしょうか」

 ぽつりと。つい独り言が口から零れ落ちます。


 それは極論かもしれません。でも、事実になるかもしれません。


 本当にここはどこなのでしょう。

 まだ日本国内ならなんとかなります。なんとかしてでも、家に帰ります。どういう理屈かは抜きにして、海外だったとしても同じ世界ならば帰れる可能性はまだ高いです。でも、本当にここが異世界だったとしたら……?


 帰り方なんて、今の私には見当もつきません。小説ならいくつかのパターンがありますけど、それらが今の私の状況に当てはまるかなんてわからないじゃないですか。


 誰か。どうか教えてくれませんか? 私の望む答えが得られるかだけでも、せめて。

 このままでは気が狂いそうです。本当は怖くてしょうがないんです。


 誰か。誰か。誰か――独りぼっちは淋しいです。理解していたつもりですが、それでも淋しいです。

 兎は淋しいと死んでしまうんですよ。私は兎じゃないですけど……これじゃあ本当に、世界で独りぼっちじゃないですか。


「それなのに、やっぱりお腹は空くんですね」


 自分のお腹が鳴ったことがおかしくて、空笑いが口から零れ落ちました。

 瞳がうるっとします。これは涙が出る前兆ですね、とどこか冷静な自分が泣きたい自分とは別にいました。でも、涙は嫌いです。


 弱さを嘆くだけの涙なんて、なんの役に立ちますか? 泣いたって何も変わらないんですから。


 だから、瞬きを繰り返して、涙があふれないように自分を誤魔化します。


 泣くくらいなら笑った方が良いです。笑える内は大丈夫ですから。


 何か楽しいことを考えなければ。何か楽しい……こんな心境でそう思うこと自体が、なんとなく空しいです。口からため息が零れました。


「そろそろ起きてくれるとうれしいんですけど……起こすなと言われましたしね。困りました。きっとこの方は私がここで生き抜くための蜘蛛の糸のはず。絶対に放してはまずいと思うんですよね」


 蜘蛛の糸のお話はたとえの良いものではないです。自分のことだけを考えたばかりに地獄に真っ逆さまですから。ですが、地獄に伸ばされた救いは私の現状と似通う気がします。

 いきなりなんの説明もなく見知らぬ場所に放り出された私にとって、その場にいた人物は状況を知る、現状から私を救えるかもしれない唯一の方、蜘蛛の糸ですから。


 自分を鼓舞するよう声に出して告げれば、なんとなく気分も少し浮上するような気がします。


 それにしてもこの方、先程からものすごく静かに寝ています。

 本当に眠っているんでしょうか。いびき、寝言、どころか寝息すら聞こえてきません。寝返りした様子もないです。


 まさか死んでいる、なんて――。


 不穏な考えが無意識にそうさせたのでしょう。私は手を合わせていました。いえ、正確にはなむなむと超絶美形を拝んでいたのですが――。


「そのぶっ飛んだ思考回路は今すぐ破棄しろ。それから――俺を拝むな」


 超絶美形から、ものすごく不機嫌な声が飛んできました。


「というか、なんでまだここにいるんだ?」


 問い掛けるような言葉ですが、これは本当に返答を期待しているんでしょうか?


 はっきり言って、口を開いた瞬間に殺されそうです。それくらいの冷気と逆らってはいけない威圧感が、超絶美形の声と彼を取り巻く空気に存在しています。


 私、まだ死にたくないですから――必死で硬直しました。


 私は石です。石像です。無機物です。


 必死に念じながら、毛先一本すら動かさないように努力していたんですよ。なのに、ソファから上半身を起こしたらしい超絶美形にため息を吐かれました。

 呆れを多分に含んだため息。ですが、そのお陰か身も凍るような冷気が霧散しました。これで心置きなく呼吸ができます。


 でも――なぜでしょうね。超絶美形とやり取りすると、なぜか言葉もなくため息を吐かれます。


「なぜも何も、おまえの思考回路がおかしすぎるからだろうが」


 いえ。今の言葉は口に出しては言っていませんよ。返事がくるっておかしくないですか?


「おまえの思考回路よりはマシだろうさ」


 そうですか。そうですよね……って、そこで納得しちゃ駄目でしょう、私。


「あの、私の考えていることすべて筒抜けですか? 完全に、全部、丸っと!?」


 冷静になってみれば、普通の人間にそんなことできませんよね。

 先程は言葉にしなくても良いなんて便利だなぁ、なんてサラリと流してしまいましたけど、そこは流す部分じゃなかったです。


 聞かれたくない考えも丸聞こえって、どんな羞恥プレイですか。

 恥ずかしすぎます~。


 きゃ~と若い子のように頬に手を当て、恥じらう真似をしてみます。

 悶絶のあまり、床をバシバシ叩きまくるよりは良いかと思ったのですが、超絶美形の表情が微妙になりました。表現するなら、うっかり変なモノを見て素知らぬ振りをしました的な、そんな顔をしているんです。


 ちょっとひどくないですか。確かに若くは無いかもしれません。十代のピチピチには及びませんよ。でも、これでもまだ二十代のうら若き乙女です。


 ここ、重要です。

 うら若き、お、と、め、なんです。


 どういう仕組みで明かりをつけたのかはわかりませんが、室内が明るくなっているので超絶美形の表情はよく見えます。


「……自分で考えていて、虚しくならないか?」


 超絶美形の表情が残念な子を見るようなものへと変化しました。何気無い風を装いつつも、こちらの受けるダメージを理解した上で言っていますよね、この方。


 超絶美形は――性格が悪いです。




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