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01.始まりは超絶美形の腹の上、でした。

世界観は「陸に上がったセイレーン」と同じです。ただし、その時代から数百年ほどの未来を舞台にしたお話になっています。

前作との繋がりはほぼ皆無になる予定なので、この話単体でお読みいただけます。

楽しんで頂ければ幸いです。

 ちょっとそこまで買い物に出掛けました。車で十分ほどのスーパーに。

 そこまではよかったんです。目的である本日の特売品とちょっとだけ贅沢なおやつを購入して、ほくほく気分での帰り道。


 前方には何も出るなぁ~。出たら、轢くぞ~。


 常々そう考えながら運転していましたが、いざそうなってみると反射的にブレーキを踏んでいました。急に飛び出し、前方を横切った狸を避けるために。


 それほど田舎なつもりはないんですけどね。結構いるんですよ、この辺。

 実際に轢いてしまったら後味が最悪です。ちょっと無茶しても避けたい事態です。

 そんなわけで。結果、視界は暗転。身体を襲った衝撃と奇妙な失墜感が去った後、いつの間にか閉じていた目を開けてみれば――。


 ここはどこ? この人……誰? 的な状況になっていました。


 ばっちりと目が合った人は、今まで見たことがないほどの美形です。名付けて超絶美形です。そして、なぜか私、その人のお腹の上に正座しています……よ、ね?


 え~と。なんでしょうね、この状態。


 説明して欲しいんですけど……はい、無理ですね。超絶美形が思い切りうざったそうに私を見ています。

 とりあえず何か会話をしなくてはいけませんね。この微妙な空気がいたたまれないです。ここは社会人スキルを活かして、


「……こんばんは。私、理沙りさです。あなたは誰ですか?」


 口にしてから、ものすごく後悔しました。考えてみれば、私、対人スキルなんてほとんどないです。今まで裏方仕事がメインでしたから、そんなもの培われるわけがありませんでした。

 それでも必要最低限には備えているつもりですよ。世知辛い世の中渡ってきていますから。


 って、お願いです。お願いしますから、無言でそんなに睨まないでください。

 私が悪ぅございました、お代官さま。


 超絶美形の眼光が鋭さを増した気がします。


 ……心の中で悪乗りしてごめんなさい。だから、いっそう睨まないでください。


 なぜか増した眼差しの険しさに、内心が駄々漏れだったらやばいと本気で焦ります。この人間離れした美貌の持ち主なら他人の心が読めると言われてもおかしくない、気がするんですよ。


「……ごめんなさい」


 自分でも何に謝っているんだかわかりませんでしたけど、自然と謝罪の言葉が口から零れていました。だって、本当に射殺されそうな視線が向けられていて、ものすごく怖かったんです。顔が整い過ぎているので余計に迫力大です。


 なんでも良いです。言葉プリーズ。この沈黙が耐、え、が、た、い~~~。


 内心悶えながら、現実逃避し始めた思考が明後日の方向に進んでいましたが、ついにそれを遮る一声が。


「退け」


 耳触りの良い低い声が超絶美形の口から発せられました。ぴたりと私の思考が一瞬だけ止まります。


 顔も美形なら、声も美声なんですね。


 妙にしみじみとそんなことを思っていますと、

「おまえの耳は飾り物か。聞こえているなら、俺の上からさっさと退け。邪魔だ」

 超絶美形をしげしげと見下ろし――自分がどこにいるか、私はようやく思い出しました。


 今までよくぞ忘れていられたものです。理由はわかりませんが、そういえば他人様の上に正座している状態でした。いくら私が小柄で軽い部類に入るとはいえ、がっつり体重かけて上に乗っている時点で、それはもう怒りますね。当然ですよね。


 大人を一人腹の上に乗せて、潰されずに平然としていられる超絶美形の筋肉がすごいです。


「………」


 その眼光の強さは退けという無言の催促だったのですね。ようやくわかりました。

 そうですよね。どこに他人様の上に乗ったまま、のんきに挨拶や自己紹介、質問に謝罪なんてしている人が存在するんですか。いえ。たった今、それをやらかした私がそれを否定するのは間違っていると思いますけど。


 超絶美形の腹に手を置いて自分の身体を支えながら、私はそろそろとフローリングの上に移動します。


 手から感じた超絶美形の腹の感触が服の上からでもしっかりと引き締まっていたなぁ~とか。これはもう、絶対腹筋が割れているよね~とか思いましたが、触ったのは不可抗力ですからね。わざと、吟味したわけではありませんからね。運動音痴でどんくさい自分がバランスを保つために仕方なく、手を置かせてもらっただけですからね。


 やましいことなど無いはずなのに、なんとなく心の中で言い訳しつつ、ふと自分の足元を見て思います。


「あの~、ここって靴を脱いだ方が良いですか?」


 先程まで車を運転していたイコール靴を履いていた(私、車を裸足で運転するタイプではないので)ということなんでしょうね。今も靴を履いたままでした。

 どうやら私は室内にいるようですし、日本では室内下履き厳禁です。マナー違反です。


 自分が運転する車の中からいきなり室内に移動って……理解不能です。深く考えると錯乱しそうです。だから、その辺の事情はとりあえず放置するとして――。


 今、重要なのはここがどこなのか、ということでした。


 現在、私は超絶美形の視線にさらされています。先程のものすごく険しい眼差しは多少緩みましたが、それでもけして温かい眼差しではないです。

 そして、もっと困ったことに超絶美形とまともな会話のキャッチボールが成り立っていません。超絶美形は無言で私を観察しているんです。


 本当に困りました。どうしましょう。


 とりあえず私はなんとか状況判断するべく、室内をそっと見回してみます。


 たぶん、ここはこの超絶美形のお部屋ですよね。なんか殺風景な部屋です。最低限の家具しか置いていないというか、生活感の乏しい部屋ですね。それ以上は読み取れません。

 窓があるのでそこから外を見れば、ここがどこか手掛かりが見つかるかもしれませんが――なんとなく今は下手に動かない方が良いような気がするんですよね。身の危険が、主に命の危険がある気がして。


 仕方なく、この場で動かずにできる状況判断を続けます。


 今まで私がいた場所は超絶美形の腹の上なのは確かですが、その彼はどうやらソファの上で横になっていたようです。起き上がって髪をかき上げる仕草がセクシー……なんでしょうか、ね。全身から不機嫌なオーラが溢れ出しているように見えて、それすら相乗効果でいっそう艶が、とはいかないようです。ふむ、一つ勉強になりました。


 お? 超絶美形と目が合いました。真正面でかっちりと。

 なんですか? 何か答えてくれる気になりましたか?


 期待のこもった視線で見つめ返せば、あからさまに呆れたような顔でため息を吐かれました。


 なんかそのため息。私を馬鹿にしていませんか?


「……呆れているだけだ」


 超絶美形が吐き捨てるように告げます。ですけど、私は何も言っていません。


 ……あ、れ? もしかして本当に心が読める、とか?


 背中を妙に冷たい汗が流れていきました。


「それだけ顔が百面相していれば、読まなくてもわかる」


 ………。


 これはどこから突っ込むべきでしょう。


 確かに、今までにも全部思ったことが顔に出ていると指摘されたことはありますけど、なんかその言い回しだと心が読めていると聞こえます。

 というか、百面相って女性に向かって失礼じゃないですか。いくら顔が良くても、それじゃあもてませんよ。すぐに愛想尽かされちゃいますよ~だ!


 どこまで考えていたことが伝わったのか、超絶美形が微妙な顔をしました。


 ……なぜ?


 思い当る節などまったくなかった私は、首を傾げて無言で問い掛けます。

 いつものように顔にすべて出ているでしょうし、いちいち口に出さないでも心を読んでいれば解釈してくれるでしょう。

 答えるか答えないかは超絶美形の気分次第、というのが難点ですが。


「現れ方も奇妙なら、中身も奇妙な女だな」


 再び超絶美形からため息を吐かれました。


 やっぱり非常に失礼です。普通、そういう相手の心を抉るような言葉は、口に出すことを慎むべきです。言葉にしないで、心に止めるものですよ。そうでないと相手に喧嘩を売っているみたいじゃないですか。


 そこでふと気づきます。


 ……もしかして私は先程から喧嘩を売られていたのでしょうか。

 それならばここは買うべきですよね。


「そういうあなたは、容姿は超絶美形ですけど、中身は俺サマですね」


 言った。言い切りました。思ったことを、きっぱりはっきりくっきりと。


 私は言ってやりましたよぉ~と手を振り上げて、架空の大空に叫び出したい気分に陥りました。今の私の顔は言い切った満足感に笑みを浮かべていることでしょう。

 ですが、次の瞬間、その笑みのままで表情が凍りつきました。


 目の前の超絶美形が満面の笑みを浮かべています。ただし、瞳だけが笑っていません。獲物を見つけた腹ペコ野生動物のごとく、きらりと瞳が怪しく輝いて見えます。

 超絶美形の満面の笑みだけでも迫力満点で恐ろしいのに、その瞳の効果がそれを上回っていました。今まで恐ろしいと思っていたことが霞んで、なんでもないことのように思えてきます。


 上には上があるんですね。


「ごめんなさい。すみません。どうかお許しください、お代官さま」


 即行で謝りましたが、最後についつい悪い性分が出てしまいます。

 どうにもシリアスに成り切れないんですよ、私。こう、なんというか真面目な雰囲気になるほどムズムズと落ち着かなくて、その雰囲気をなんとかぶち壊そうと妙なことを口走ってしまうんです。


 少し前に懐かしい某時代劇を思い出したからかもしれません。

 あの、三人組のご隠居さまが出てくる時代劇。悪徳お代官さまとか、出てきませんでした?

 ラジオで懐メロが流れていたんですよ。あのテーマ曲の吹奏楽バージョン。色々、思い出があります。


 現実逃避でまたまた思考が明後日の方向にズレた私を、笑みを消した超絶美形が呆れたように見た後、疲れたように息を吐き出しました。

 不機嫌を示す刺々しい雰囲気がだいぶ削がれています。そして、ずいぶんとお疲れの様子。


「……俺は寝直す。出口はあっちだ。勝手にしろ。ただし、次に俺を起こしたら、命はないと思え」


 一方的に超絶美形はそれだけ告げると、再びソファに横になってしまいました。


「ああ。あと靴は脱げ」


 付け足すように告げられた言葉は、先程の質問の答えのようです。

 言われた通りに靴を脱ぎ、それを左手で持ちます。ソファの上の超絶美形は目を閉じて、私がしげしげと上から見つめても無反応です。

 起こしたら殺す宣言をされましたし、勝手にして良い許可はもらったので、窓辺に移動して外を確認しました。


 そこに広がっていたのは、現代日本ではありえない光景でした。ありきたりな表現ですが、さながら鈍器にでも頭を思い切り殴られたような衝撃を受けて、さすがにのんきな私も窓に縋るようにしてその場にへたり込みます。


 本当にここは、どこなのでしょう?


 窓から見える光景は、ファンタジー小説などで描写されるような異世界でした。

 そこにはコンクリート造りのビル群なんて影も形もありません。木造だったり、レンガ造りだったり、石造りだったり。統一感なく様々な建物が道を挟んでたくさん建っていましたが、背の高い建物はなく、あって二階まで。目線の高さから推測するに、この部屋は二階にあるみたいですが、窓から見えるほとんどの家は一階のみです。


 それらの先に、天にも届きそうなほど大きな木が見えます。それなりに遠くにあるのでしょうが、それでもとても大きいです。樹齢ウン十万年ですかって本気で訊ねたくなるほどに――。


 そして、決定打が道を歩いている方々。


 道は地面をただ踏み固めただけのものですが、それくらいなら現代日本にもあります。百歩譲って、周りにある建物がそういう雰囲気を味わえるアトラクション用だとして、あの大きな木が目の錯覚でそう見せられているとしても、ですよ。

 そこの道を歩いている方々は、人間のようでたぶん人間ではないです。だって、全員が全員、何らかのコスプレをしているってあり得ないじゃないですか。

 特に多いのが、ふっさふっさな狐耳と尻尾がある方々ですけど――付け耳、付け尻尾にしてはおかしいんです。とても自然に動いているんですよ。

 その他の獣耳や尻尾、翼が背中にある方なんかもいますし、あからさまに顔が人の顔ではなくトカゲ顔とか、髪や瞳の色が人間には出ないけど自然で自前そうな色とか。

 本当に、色々とおかしいんです。


 この中に人間なんて一人もいない、と宣言できそうなほどに――。


 その考えに至った私は、ぞっとして本気の寒気を覚えました。左手に持っていた靴が床に落ちたことを気にする余裕もなく、自分の身を抱き締めます。


 これは死後の夢なんでしょうか?

 それとも本当にこれが現実なんですか?


 夢なら痛くないと言われていますが、つねった頬は痛いです。

 ここに来てから今まで妙に現実感がなくて、呆けた思考でどうしようもないことばかり考えていましたが、私はここでようやく事の重大さに気づきました。


 誰か教えてください。

 私は今、どういう状況に置かれているんですか?




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