最終回
「ふわあああ~あ」
目が覚めた。虚ろな目で周りを見渡すと、どうも昨晩泊まったホテルのベッドとは違うようだ。
「う、ううん……」
それどころか隣で女性が寝息をたてている。何だか見覚えのある女性である。事態を理解できぬまま、彼女を起こさないようにそっとベッドから出た。
それにしてもここは何処だ。全く見覚えのない場所だ。キョロキョロと部屋を隅々まで見渡してみる。大画面のTVにミニコンポ、それから若者向けの雑誌の数々、山田であった私とは掛け離れた趣味の持ち主の部屋だ。
「ん?」
大きななカゴが本棚の傍に置いてある。好奇心から近寄って見てみると、
「ゆ、佑介……」
何とそこには私の、いや山田広三の息子、佑介が眠っていた。どう見ても山田の部屋ではないのにだ。あまりに突拍子な佑介の出現に、頭が混乱しそうだ。
「あら、起きていらっしゃったの?」
その時、女性が私の声で目を覚ましてしまったようで、半身を起こしてこちらを向いた。
「げえっ……」
それを見た私は思わず叫び声を揚げた。
「きゃっ、びっくりした!どうかしたんですか?」
彼女は逆に私の仕草に驚いたらしくて、理由を尋ねてきた。私が驚くのも無理はない。彼女は山田広三の妻だったのだ。
「い、いや、何でもない。それより何故、君がここに?」
不自然ながらも、つい疑問な点を彼女に聞いてみてしまった。
「何故って……、いやですわ加藤さん、あなたが誘ってくれたんじゃありませんか」
「え?加藤さん?」
思わず聞き返す。
「ちょっと!冗談はやめて下さい。加藤さんから私を誘ってきたんじゃありませんか」
「いや、その加藤さんって……、うわっ!」
私はTVの隣にある鏡を見て仰天した。彼女の言っていることに間違いはない。私は何とあの加藤になってしまっていたのだ。
「加藤さん、寝呆けているんですの?」
彼女は心配そうな顔で私を見ている。
「い、いや、大丈夫……ですよ」
ショッキングな出来事に唖然としながらも、追求を避けようと適当な返事をする。そして頭がおかしくなりそうなので、逃げるように洗面所の方へ足を向けた。
「何なんだ、これは……」
改めて洗面鏡に顔を写してみて、自分が加藤になっていることを悟った。何故、私がこの男になるのだ。今まで自分の毛嫌いしていた人間に変身するなんて、ある意味山田に戻るよりも衝撃的な出来事である。しかも妻が生きていて、加藤の部屋にいるということが、また驚きだった。彼女が生きているということは、また日付が戻っているのであろうか。部屋に戻ってそれを確かめてみたくなった。
「奥さん、今日は何日ですかね?」
私は元妻に向かって、いかにも加藤らしい喋り方で尋ねてみる。
「確か8月1日ですわ。暑くなってきましたわね」
ああ、やっぱり時は8月1日に戻っていた。私は完全に身体と時間を何者かに支配されている。何回も同じ時間を経験させることに何の意味があるのだろうか。
「加藤さん、会社でもウチの人、オドオドしているんですか?」
ショックに浸る私をよそに突然、質問が投げ掛けられた。
「あ、いやそんなことはないですよ」
私は一体、何を答えているんだろう。加藤として山田の事を話すなんて、気が変になりそうだ。
「またそんなこと言って、優しいんですね。私、ウチの人なんて去年の失敗でクビにでもなるんじゃないかと思ってましたわ」
「いやあ、そんなことは……」
言いながらハッとした。クビといえば今日8月1日は山田広三がリストラされる日ではないか。このままだと、私は加藤として彼のリストラ劇を目撃することになるのだ。何という因果……。これは運命なのか。だとしたら抗うことさえ無駄に等しい。
それに前から思っていたのだが、この現象は私一人のものなのだろうか?もし、全ての人間に同一の現象が起こっているならば、みんなが別の人間に成り切って生きていることになる。ひょっとすると、隣にいる妻でさえ中身は違う人間である可能性があるのだ。それこそ場所から考えて、私と入れ替わった加藤ということも充分にあり得る。
人間が1つの器でもって一生を生きるということ事態、間違っているのかもしれない。常に変容することこそ、普通だとしたら…。ならばその時その場を楽しまなければ勿体ない。この状況を無限地獄と取るか、天の好機と取るかは私次第だ。どうせならこの新しい境遇を生かさなければ損である。加藤として今を満喫してやるさ。今は妻を取り戻した気分を味わおうではないか。
「奥さん、会社行く前に1回しませんか?」
自分の顔がニヤついているのが、鏡に写って見えた。まるで加藤のように……。
ちょっと尻切れトンボなのは否めません。投稿枚数がここまでで、うまく書き切れずに終わった記憶があります。一応、「人は本当にずっと自分でいられるのか」といった事を描きたかったつもりですが、ちょっと実力不足でしたね。
続きも構想した事はあるのですが、落選した作品の続きを書くのも……で。
アイデアだけ明かしておくと、この後、加藤になった主人公と、主人公になった加藤が法廷のような場で対決し、エゴや醜さをさらけ出しつつ、人間の存在意義を諮るというものでした。
まあ書かなくて正解でした(笑)




