女子高生と銀色の人
勇者視点、後編です。
『え、駄目ですか?』
いやいやいやいやスケール大き過ぎですから女神様。
「駄目って言うか無理です世界丸ごととか。フリージア様は普通の女子高生に色々期待し過ぎです」
『そんな……』
しょぼーん。
そんな文字を背後に背負った女神様が、潤ませた上目遣いでチラリと私を見る……いやいやいやフリージア様、それ確かに破壊力抜群ですけど、良心が物凄く痛いのでやめてくださいお願いします!!
『……サクラ、どうかお願いします』
「無理です」
『私も力の及ぶ限り支援しますから』
「支援とか言われましても」
『とりあえず、女神の眷属としての光の力と、健康で丈夫な身体をお約束します』
な、なんだかファンタジーちっくな光の力とかが出てきました。
それに健康で丈夫な身体…今まで病弱だった私には、確かに魅力的なお話かもしれません。
でもだけど、碌な覚悟も決まっていない今、此処で安易に頷いて優しい女神様の世界をもしも救えないような事になったら申し訳無さ過ぎます……!!
女神様の期待に応える自信が無い私。
色々な事を頑張って頑張って今まで生きてきたけれど、その自負すら世界を背負うにはまだ弱すぎる気がします。
半端な気持ちで世界丸ごとなんて引き受けられません……此処はやはりキッパリはっきりとお断りを……!!
黙り込んだままの私を見ていたフリージア様は、そんな気負いこんだ私の内心に苦笑したようでした。
『ね、サクラ……難しいことは考えないで、私の世界を見てみませんか?』
「フリージア様の世界を……?」
『此処から、ほんの少しだけですけれど』
そう言ったフリージア様が手をかざすと、其処には銀色の大きな鏡がふわりと浮かび上がりました。
「此処から、見えるんですか?」
頷くフリージア様に背中を優しく押されて、鏡の前に立つ。
真っ暗だった鏡の中に、奥の方でチカリと輝く小さな光が見えたと思ったその瞬間。
私は光の洪水の中にいました。
楽しそうに笑う人
はしゃいで駆け回る子供
獣の耳を生やした人が、普通の人のお店で笑いあって買い物をしている
美しい羽を持った鳥達が、青い空を背に優美に翼を羽ばたかせる
綺麗な鹿に似た獣の群れが、木々の合間を群れで駆け抜ける
元の世界で見たよりも大きな赤い太陽が、ゆっくりと水平線に沈む光景
そして大きな銀色の月が照らす大樹の下
闇に青く浮かび上がったのは、鮮烈な『銀』……!!
月光を浴びて立っているその人を見た瞬間、私の心臓は大きく跳ね上がったのです。
気がつくと、私は鏡を前にぼんやりと立っていました。
未だに夢の中にいるような、そんなふわふわした気分のまま、出した声は微かに震えていました。
「……フリージア様」
『綺麗でしょう? 私の宝物ですもの』
「はい、とても綺麗でした……最後が特に」
『……最後、というと……あの子ですか?』
「あの子?」
気がついたら、私は一瞬で女神様の前に立っていました。
「あの方を御存知なんですか、フリージア様!?」
『え、ええはいまあ知っています……』
「一体何処の! どのような! 御方なんですか!?」
『えーと、彼はその……これって言ってしまっても良いのかしら…?』
何やら視線を泳がせる女神様に、私は必死で喰らいつきました。
そうせずにはいられませんでした。
ああ、何故こんなにも胸が高鳴るのでしょう……?
『彼は、今回の崩壊の切っ掛けとなった当代魔王……シリウス・ロード・ベルテッセンです』
「あの方が、魔王……?」
『はい……』
何故か申し訳無さそうに、悲しそうに俯くフリージア様。
そんな様子は気になりましたが、私は再度映し出された「魔王」という存在に釘付けでした。
モデル以上に均整の取れた長身。
腰より長い銀色の髪を、銀糸を編み込んだ黒い髪紐で無造作に結び、表情こそ浮かんではいないけれど怜悧に整った美しいとしか言いようの無い顔立ち。
でも、切れ長の金の瞳はどこか空ろで……何処か、迷い子の様な印象を受けました。
『……あの子はこのままでは、孤独の中に独りで佇むしかない定めなのです』
「独り……?」
『心を寄せてくれる相手がいても、その心に……気持ちに、気付けない』
悲しそうに呟くフリージア様。
その様子はまさに自分の子供を心配する親のようで、フリージア様がこの世界の『母』といった意味が、先程よりも強く感じられました。
月下に佇む、銀色の人。
あの人は、このまま
滅び行く世界で、ずっと、独り……?
「フリージア様」
気がついたら、口が勝手に動いていました。
『サクラ?』
「私、出来るだけのことをしてみようと思います」
フリージア様が大きく眼を見開く。
「………私、あの人が独りで消えてしまうのが、どうやら何よりも嫌みたいです」
さっきまで無かった『覚悟』。
そのイメージに近いものが、私の中にあるのがわかります。
視線を「魔王」へと向ける。
救いたい。
あの人が、『独り』ではない世界を。
どうしても「魔王」から視線を逸らせない私を、フリージア様が驚いたように見ていて……そして本当に嬉しそうに、優しく微笑んでから目を伏せたのを、私は最後まで気付きませんでした。
それから色々と説明を受けて、女神様と一生懸命計画を練って。
考えた作戦を言ったらフリージア様はなんだかとても驚いていましたが、優しく笑って『そうね、それは良いかもしれないわ!』と賛成してくれました。
最後に現われた召喚陣の上に立った時、フリージア様が小さく何か呟いたみたいでしたが、私はその意味を読み取ることは出来ませんでした。
多分応援の言葉だろうと思って、力一杯「頑張ります!」と叫ぶのと同時に、私はその空間から消えてしまいました。
………フリージア様が最後になんと言ったのか、後に知った私が吃驚仰天したのは、それからだいぶ後のことでした。
『……サクラ、私の「息子」を……どうか、お願いします』
あと一話で「始まり」も一段落!
頑張ります!