世界全部が予想外
続けて二話目です。
「……くっ……!!」
ガラン、と音をたてて、地に膝をついた魔王の右手から、半ば切り落とされた杖が転がる。
苦しそうに呻いて俯いた魔王の首筋には、満身創痍で肩で息をする勇者の構えた聖剣がピタリと添えられていた。
二人の周りで戦っていた魔王の側近が動きを止めて勇者を睨みつけ、勇者と共に力を合わせて此処まで来た仲間達が、勇者に負けず劣らずボロボロの姿で歓声をあげる。
ついに戦いの決着はついた。
異世界から召喚されし勇者は、見事魔王に勝利したのだ。
敗北を認めた魔王は静かに息を吐き、己を負かした少女を静かに見上げた。
「……殺せ」
それで終わりだ、と目を閉じた魔王の耳に、思いも寄らない言葉が飛び込んできた。
「いいえ、殺しません」
肩を落とした魔王の側近も、大喜びしていた勇者の仲間達も、驚いて信じられない言葉を発した勇者を見た。
『魔王を消滅させ、世界に平和をもたらす勇者』であるはずの少女が、魔王を殺さない―消滅させない、と言ったのだ。
そんなことは有り得ない。
あってはならない。
一瞬にして騒然となった空間で、魔王はただひたすら静かに勇者を見つめていた。
何故か勇者は魔王を見ようとしない。
首筋の聖剣はピクリとも動かないが、隙も無いので逃げられない。
「……ならば」
不意に、魔王が口を開いた。
低く威厳があるが、思いの外若さを感じさせる声が、喧騒を裂いて響く。
魔王が口を開いたことにより、その場に居る全員が沈黙してその後の展開を見守っていた。
「……ならば、勇者よ……殺さぬのならば、我を如何にして消滅させるというのだ?」
勇者と魔王の視線がひた、と合わさり……
次の瞬間、勇者の首から上がボンッと湯気を立てて真っ赤に茹で上がった。
…………あれ?
その場の全員が現状を飲み込めずに固まる中、ただ一人だけ魔王と視線を合わせたまま、真っ赤になって唸っていた勇者は。
魔王の首筋に聖剣を添えたまま、聞き間違いなどしようもない声量で叫んだ。
「まままま魔王さんっ、わっわっ私とっけけけけ結婚、してくださいっ!!」
『……えええええええっ!?』
おおよそ一拍の間を置き、その場に魔王と勇者以外の盛大な絶叫が響き渡った。
魔王は首筋に煌く聖剣を宛がわれたまま、「もしかするとこれは結婚しないと殺すという意味なのだろうか」と考えつつ、涙目で返事を待っているらしい勇者を見上げたのだった。
☆☆☆☆☆
「……確かに、当代魔王様に妃はいらっしゃいません」
正妃はおろか妾すら、と嘆息した魔王の側近……宰相であるアーシア・スカビオーサは聖剣を鞘に納め、地面に座した魔王の隣にちょこんと座って魔王のマントの端を指先で掴んで真っ赤になっているサクラ・カミシマと名乗った勇者を眺めた。
その姿は正に恋する乙女。
普段無表情で何を考えているのかわからない魔王シリウス・ロード・ベルテッセンはそんな勇者サクラを無表情ながらも興味深そうに眺め、サクラの仲間の剣士デュランがその光景に今にも切りかかりそうなのを、魔王軍魔術師団長ブラン・リューココリーネとこれまた勇者の仲間の元盗賊ケイリーが必死になって抑え込んでいる。
その向こうでは頭を抱えてどんよりとした空気を纏った勇者の仲間の魔術師シレーネを、同じく疲れ切った様子の魔王軍騎士団長コンフリー・ステルンベルギアが肩を叩いて慰めている。
そんな光景を視界に納めつつ、アーシアは思わず呟いた。
何このカオス。
「あ、あのつまり、シリウスさんと結婚するのに何の問題も無いって事ですねっ!?」
遠い目になったアーシアに、詰め寄る勢いでサクラが身を乗り出す。ちなみにシリウスのマントはその手の中にしっかりと握り込まれている。
マントを強烈に引っ張られた状態のシリウスはやはり勇者を眺めている。
無表情ながらもその瞳が輝いているのを見て取り、アーシアは臣としての垣根を越えてシリウスに一撃入れたくなった。面白がってる場合じゃないです魔王様。
「……まあ妃の一人や二人や三人居た所で、貴女一人娶るぐらいの甲斐性は魔王様にだってあると思いますけどね……」
「え、それじゃ駄目ですっ!!」
もう結婚でもなんでも好きにしたらいいじゃない。
そんな気持ちで投槍に答えたアーシアに、更にずずいとサクラが詰め寄った。
そしてシリウスがマントの引っ張られ過ぎで前につんのめった。
座った状態のまま地面に手をつき、ズリズリとマントが苦しくない範囲内まで移動してくる魔王シリウスを視界に納めつつ、アーシアは勇者サクラの抗議を聞いた。
「シリウスさんには魔王を廃業して、私の婿養子に来てもらうんですからっ!!」
そしてそのまま崩れ落ちた。
「……む、婿養子って……」
震える声で呟くアーシアに、勇者サクラはシリウスのマントを握り締めたまま胸を張る。
「シリウスさんには私と同じ職業に転職してもらいたいんです!!」
「……同じ……って……はああ!?」
酸いも甘いも噛み分けた優秀な宰相であるアーシアも、流石に素っ頓狂な声を上げた。
ほらそこで「何の話だ?」って顔できょとんとしてるアンタの今後の話ですよ魔王様!!
このままじゃうっかり結婚&転職&廃業ですよ魔王様!!
勇者ばっかり見てないで話もちゃんと聞いててくださいよ魔王様!!
荒れ狂うアーシアの内心には全く気付かず、勇者サクラは胸を張って続ける。
握り過ぎたマントは最早しわくちゃであろう。
「物凄く強いシリウスさんがその凄い力を人間も魔族も幸せになれるように使えば、それはもう魔族と人間の垣根を越えて立派な勇者だと思うんです!! ひたすら戦い続けて全世界の半分に嫌われる魔王より、全世界の為に働く架け橋としての勇者の役目の方がやりがいもあると思います!!」
どうしようこの娘。
アーシア・スカビオーサは途方に暮れた。
目が心の底から本気である。
勇者サクラは一通り力強く語った後、首から上をまた真っ赤に染めて「そ、それに夫婦で同じお仕事に就くのが、私の夢だったんです……」ともじもじしながら呟いた。
魔王様のマント揉んでる揉んでる。
暫くもじもじした後、勇者である少女は後方で「やってられるかちくしょぉおおおおお!!」と男泣きしているデュランと、それを肩を叩いて必死に慰めるケイリー&ブランを眺めていた魔王シリウスに向き直った。
「シ、シリウスさん!」
振り返ったシリウスはきょとりと首を傾げる。
魔王なのになんでそんなに動作が無邪気なんですか魔王様。
成人男性の外見なのに無駄に良い容姿のおかげかなんだか可愛らしく見える。
例えるならば首傾げた黒竜か、はたまたグランドキマイラか。
頭の上には「?」がふよふよ乱舞中である。
一瞬撃ち抜かれたかのように胸に手を当てて蹲ったサクラだったが数秒の後に復活し、ずずいと今度はシリウスに詰め寄った。
「シリウスさんは、魔王というお仕事に未練はありますか!?」
あ、嫌な予感。
んー、と考え込む魔王様を見ながら、アーシアは今すぐ耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
そして実際に塞いだのだが、実の所その行動は全く持って無駄だった。
耳を塞いで無音となったアーシアの視界に映ったのは、フルフルと首を横に振る当代魔王様の姿だった。
未練……無いんですか、魔王様……?
「今のお仕事にはどのような理由で?」
「魔王は元々世襲制で、先代が引退して押し付けられた……元々戦いは好きではない」
一体何処の面接だ、という会話を聞きながら、がっくりと大地に両手両膝をついたアーシアはちょっぴり泣きそうだった。
だから人間への攻撃とかあんまり乗り気じゃなかったんですね魔王様。
寧ろ魔族の統治に力を注いでおられたのですね魔王様。
確かに内政は見事でしたけど……!!
ポン、と肩に手を置かれ、顔を上げるとそこにはさっきまで男泣きしていた剣士の顔があった。
視線が重なり、何もかもをお互いに一瞬で理解した。
やってらんないよな……
ええ全く……
わかりあった二人は頷き合い、グッと力強く同士としての握手を交わした。種族の壁を越えた友情が築かれた瞬間だった。今夜はとことん飲もう。
★★★★★
実はこの勇者サクラ、女神の力で召喚された時に通った時空の狭間で好みのタイプドンピシャリな魔王シリウス様を目にして以来、想いを募らせていたんだとか。
人間界で暴れていた魔族も、戦った時の言動から察するにどうやら魔王があまり人間を襲うのに乗り気じゃないから焦れて暴走した類みたいだし、魔王当人を直接説得したらもしかしたらイケるんじゃないかと目星をつけて、後は強い者に従う魔族の性質を知ってからは魔王に勝つべくひたすら己を鍛え続け、先程遂に本懐を遂げた、というわけである。
思わず先走って求婚してしまったけれど、とりあえずお付き合いから……ともじもじしながら申し込んだ勇者サクラの言葉に元魔王シリウスはこっくり頷いた。だって負けたし。
この世界から『魔王という存在』が消滅した瞬間だった。
かくして『勇者によって魔王は消滅』し、魔族最強の『勇者』と異世界から召喚された『勇者』二人の尽力と働きかけによって、世界は為す術もなく平和へと雪崩れ込んでいくのであった。
ちなみに元魔王の側近達と異世界の勇者の仲間達は何故だか物凄く打ち解けてしまい、それもまた世界平和の一因となるのだが……それはまた、別の話なのである。
ご意見を頂いて再編集しました!
読み応えも出た……かな?