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とあるファンタジーの顛末  作者: 近衛
とあるファンタジーの日常
16/17

ある自由国家の片隅で







 ケイリー・ヤトロファの家に居候が一人増え、使っていなかった部屋が何時の間にやらブラン用に勝手に改装された日から既に数週間。






「ケーイリーくーん!! あーさでーすよー!!」






 ……今日も朝から騒がしいブランの声を聞きつつ、ケイリーは眉間に思いっきり皺を寄せた。

 この無駄に爽やかな声に起こされるのにも慣れてきている。




 ……だが正直な話、素直に起き上がるのも癪に障るので、ケイリーはわざと寝具の中に潜り込んで身体を丸める。




 だがしかし、最近少しだけ強かになってきたブランは容赦しなかった。






「あっさですよーーーーーーー!!」



 素早く部屋に入ってきたブランは、ケイリーが包まった掛け布を問答無用で引っぺがす。

 朝のひんやりとした空気の中にいきなり放り込まれたケイリーは一瞬身を竦ませると、寝起きの不機嫌さも手伝った凄まじい眼差しで掛け布を手にしたブランを睨み上げた。



「テメェ……最近調子乗ってんじゃねぇだろーな……?」



 しかしブランは臆する事無く胸を張る。



「朝ごはんです!!」




 寝台の上に転がったケイリーと、寝台の横で胸を張るブラン、といった珍妙な構図が展開される事暫し。

 溜息をついて動いたのはケイリーの方だった。



「あーあー全く普通に起こせよ普通に……」

「世間一般的『普通』じゃケイリー君起きないじゃないですかー」



 ブツブツ文句を言いながら寝台から下りるケイリーと、その横でちゃっちゃか掛け布を畳んでしまうブラン。

 彼等の間では最早日常となりつつある光景だった。












☆☆☆☆☆











 ブランが居候となったあの日。


 ケイリーはあのふざけた挨拶をかまされた瞬間即座に断ろうと動いた……筈だった。

 普段から良く使う舌先三寸でなんとか言い包めて追い返すなり他の宿とか紹介するなりして追い出そうと口を開きかけた正にその時、ケイリーの想定外の人物が現われたのである。



 その名を勇者サクラ。

 最近ケイリーの人生の要所要所にひょっこり顔を出す事が多くなった人物である。



 室内の異様な空気に一瞬目を丸くしたサクラであったが、素早くサクラに寄り添ったシリウスが「ケイリーの家で世間勉強をかねてブランを預かってもらう事になった(確定)」と説明すると、その黒い瞳がキラキラと輝いた。

 実はサクラ、未だ13歳のケイリーが一人暮らしであることを常々気にしていたらしく、「ブランさんが一緒に住んでくれるなら問題無いですねっ!」と大喜び。

 ブランの手を両手で握ってウチの子をお願いしますとばかりにブンブン振っていたのだった。


 うっかりその勢いに圧されて「ちょっと待て何年一人暮らししてると思ってるんだ」「大体この頼りない奴が一緒に暮らしたからって何になると言うのか」「てか誰がウチの子だ誰が」等と色々言いたい言葉を言い損ねたケイリーはがっくりと項垂れ、好きにしろとばかりに力無く肩を落とした。


 翌日からブランはかつて極めた『花嫁修業』の効果を遺憾なく発揮し、ヤトロファ家の維持と自らの技能の発展に全力を尽くしている。勿論装備は持参したフリフリエプロンだ。出先の料理屋や近所の奥様方から魔王城の料理人には習えないような家庭料理や家事の裏技等を学んだりして生き生きと暮らしている。お前本当に元軍属の魔族なのか。


 ……何より、週に一度は報告を受けに来る元魔王シリウスに自ら作った夕食を食べてもらえるのが嬉しくて仕方が無いらしく、料理の腕は天井知らずの勢いでメキメキ上達している。

 最初は「何でわざわざ報告受けに来る暇なのか元魔王!!」と全力で抗議していたケイリーだったが、何度言っても気にせず気軽に転移魔術で訪問するシリウスに最近ではすっかり諦め、今ではお互いに名前を呼び捨てにするほど慣れてしまった。



 そしてそんな食事時にほぼ毎回乱入してくるのが勇者サクラである。



 初日にうっかりブラン作の昼食を御馳走になってから度々現われ、サクラの世界の料理のレシピ等を思い出して持ち込んではブランのメニューの発展に一役買っている。

 それにつられるように魔王の側近やら勇者の仲間やらも頻繁に出入りするようになって、ケイリーが独りで暮らしていたヤトロファ家は今ではすっかり重要人物達のたまり場と化した。






 こんがり狐色のトーストを齧りつつ、ケイリー・ヤトロファは自問する。

 本当にコレで良いのか?

 だが自分で答えを出すより先に、視線が合ったブランがにっこり微笑む。



「お代わりですか? ケイリー君」



 その顔をジッと半眼で見返して、ケイリーは深い深い溜息をついた。

 首を傾げるブランを視界の隅で捕らえつつ、まあいいやと答えを保留する。




 ケイリー・ヤトロファにはもう誰も必要無いが、間の抜けたエリート魔族を一人家に置いてやるぐらい大した事ではない。

 たまたま家事が得意で、無駄に不器用で、無意味に器用なこの男があるべき場所に帰るまで、ほんの暫く預かってやるだけだ。




 そう自分に言い聞かせていると自分で気付かないまま、極自然に差し出されたお代わりの注がれたスープ皿を受け取る。

 それを口に運んだケイリーの目が幸せそうに細められるのを見て、ブランも嬉しそうに表情を綻ばせる。











 自由国家クラーキアの片隅では、今日も普通とはちょっとズレた平穏な日常が流れていた。







 これにてケイリー編は一段落です。


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