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とあるファンタジーの顛末  作者: 近衛
とあるファンタジーの日常
15/17

元盗賊少年VS元魔王様





 伏せられていた瞼がゆっくりと持ち上がり、その下に隠されていた至高の琥珀がゆっくりと視線をこちらに向けるのを、ケイリーは(コイツの外見ってやっぱり反則級だよな)と思いながら眺めていた。


 やがて完全に身体をケイリーとブランが立ち尽くす方へと向け、シリウスはゆるりと瞬く。



 ブランは、と見れば既に跪いていた。両手に持っていた皿はいつの間にか流し台に移動している。身体に染み込んだ条件反射かよと呟きつつ、ケイリーは背を向けた青年の後頭部を問答無用で引っ叩く。




 かなりイイ音がした。




「……え、と、けいりーくん?」



 膝をついたまま振り返り、キョトンと目を丸くするブランを腕組みで見下しつつ、ケイリーは机の方へと顎をしゃくった。



「空気読め。人ン家でンな大袈裟な主従のやり取りとか始めやがったら問答無用で叩きだす……さっきっからボサッと突っ立ってるお前もだってんだまず座れ!!」



 ポカンとしているブランに背を向け、椅子が二つしかないヤトロファ家の机を通り過ぎて部屋の壁に背を預ける。

 動かない二人に「早くしろ」と睨みつけると、意外な事にまずシリウスが着席した。

 ブランは家主であるケイリーを差し置いて椅子に座る事に若干の躊躇を見せていたが、シリウスが座ったのを見てケイリーを伺いつつもそろそろと座った。

 双方が着席したのを見て取ったケイリーは、まずはシリウスへと視線を向けた。



「まずは魔王シリウス。最初に聞いとく俺のボロ家に一体何の用があって現れた?」

「魔王は辞職した。この場所に用があるわけではなく、此処にいる魔王軍魔術師団長ブラン・リューココリーネに用がある」



 いきなり飛び出した『魔術師団長』という肩書きに、ブランが僅かに身を硬くする。

 その様子を横目で見て取り、更にケイリーは口を開く。



「用事ってのは一体何だ? 無断で魔王城を出たオシオキなら俺のいないトコでやれ。迷惑だ」

「罰する必要も理由も無い。自らの意思によってブランが何処へ行き何をして何を望もうと、それは我の阻むべき事ではない。それとは関わりなくブランに話がある」



 シリウスが口を開く度に緊張し、青ざめていくブランに苛立たしげに舌打ちしつつ、ケイリーはシリウスの金眼を睨みつけた。



「その話は俺が同席しても出来る話か? 魔王軍の機密に関わる事なら席を外す……と言いたい所だが此処は俺の家だ。俺に聞かせられない話をするんなら出てって他所でやれ」

「人間の国の王や衛士に聞かせれば煩いだろうがサクラの仲間であり友人であるケイリー・ヤトロファに聞かせても特に問題は無い。貴殿にもいずれ関わる話になる」

「……今さり気無くくっつけた肩書きとか俺にもいずれ関わるとか聞き捨てならない部分も多少あったがその事にに関しては後で話し合うとしてだな」



 表情を微妙に引き攣らせていたケイリーの翡翠の瞳が、真っ直ぐにシリウスを射る。

 偽りは許さぬ……そう言わんばかりの強さで向けられる視線に、だがシリウスは揺らぐ事も無くただ揺らぐ事のない湖面の様に静かにケイリーを見返した。

 暫しそのまま、睨み合いとも呼べる様な緊迫した時間が過ぎ……


 口を開いたのはケイリーの方だった。






「単刀直入に問う。その名に懸けて偽らず答えろシリウス・ロード・ベルテッセン」



「我が名に誓って偽らず、真実のみを答えようケイリー・ヤトロファ」






「……えぇと、ケイリー君……?」


「とりあえずは黙って聞いてろボケ」



 流れについていけてないらしく、混乱した表情で名を呼んだブランを一刀両断し、ケイリーはシリウスを見据える。

 そして間近で見た恐ろしいほど整った無表情に、以前パーティの仲間が言っていた『鉄面皮』という言葉がまさにその通りだと再認識した。



 こんなツラで必要最低限の通達しかされないんじゃあ、そりゃあこのボケもオロオロ泣くわ……



 微妙に納得しつつ、ケイリーは気圧されないよう目に力を込めて、気持ちの上で踏ん張りつつ、ただ一つだけの言葉を紡ぐ。






「よし、ンじゃ問うぞ。まお……じゃなかった元魔王シリウス……魔王軍魔術師団解体を考えてるってのは本当か?」


「ちょっ、ケイリー君!? いきなり何聞いてるんですかっ!?」


「黙ってろ。本当なのか? 答えろシリウス・ロード・ベルテッセン」




 いきなりのケイリーの言葉に、ブランは顔を引き攣らせて声を上げる。

 ブランにとっては本当であって欲しくない情報。


 ケイリーの問いに、シリウスは一度ブランの顔を見てから頷いた。




「本当だ」



「っ!!」




 迷いの無い返答に息を呑むブラン。

 だがケイリーは一つ頷くと、続けて二つ目の問いを口にする。






「じゃあ本題だ……シリウス・ロード・ベルテッセン、お前にブラン・リューココリーネという存在は必要か?」






「なっ!?」



 問いを聞いたブランが一気に青ざめる。

 それは今ブランが最も聞きたくて聞きたくない問いだろう。

 その場で立ち上がろうとしたブランを、だがケイリーは許さずに背後から素早く近付いてその肩を押さえ込んだ。



「っケイリー君っ!!」



 悲鳴じみた声を上げるブランに、だがケイリーは無言でその肩を強く掴んで黙らせる。


 ケイリーにはもう既に必要の無くなった問いではあるが、このエリートで泣き上戸の魔族には決定的な答えが必要なのだ。例えもっとズタボロになったとしても、得られぬ何かを求めてブランが泣く事は無くなる。



 腕の中で青ざめ、震えるブランの肩越しに、ケイリーはシリウスを睨みつける。

 その視線の先で、無言で考え込んでいたシリウスがゆっくりと口を開いた。



「……それが命脈を繋ぐのに必要か、という意味ならば、我にブラン・リューココリーネは必要ではない」



 『必要ではない』



 その言葉にブランが凍りつき、ケイリーの視線が険しくなる。

 だがそんな周囲の様子を気にも留めず、シリウスは更に口を開く。



「命脈を繋ぐ糧としてでなく、我が身を護る盾としてでもなく。ブランはブランとして望んだ場所で生き、それが我の魂を満たす。我が身の糧でなく、我が魂の糧としてブラン・リューココリーネは欠いてはならぬ存在だ」



 ハッとしたブランが顔を上げ、ケイリーがシリウスの顔を凝視する。

 その冷たいとばかり思っていた表情は、ほんの少しだが確かに綻んでいた。


 シリウスはそんな二人の反応など気にも留めず、ただただ口元に柔らかな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。



「我はブランの言葉を聞いてきたが、今まで真の望みを聞いたことは無かったのやもしれぬと最近気が付いた。ブランは我の望みを叶えようとするあまりに自らを疎かにする……長く、魔術師団という戦場に近しい場所に身を置かせてきたが、それはブラン自身が真に望むことなのだろうかと考え、今一度迷う時間と選ぶ機会を与えようと思った……それが、ブランに傷を付けるとは思わなかった。許せ」


「……シリウス様」



 二人の前で深々と頭を下げるシリウス。

 ポカンとしているブランと微妙に不機嫌そうなケイリー。



「……つまり、アンタはブランが魔術師団の解体で不安になって家出したって気付いてたんだな?」


「ああ。話を纏めてから持ちかけようと思ったら、既にいなくて少々驚いた」


「勇者に負けたから魔術師団解体すんじゃねーのかよ?」


「その理由も確かにありはするが、最も大きな理由はブランの荷を下ろす事だ」


「にっ荷物だなんてそんな!!」



 呆然としていたブランが、慌てたように叫ぶ。

 慌てて離れたケイリーを跳ね飛ばさんばかりの勢いで席を立つと、机を回り込んでシリウスの足元に再び跪いた。



「シリウス様のお役に立つ事こそが我が望み……シリウス様、僕の為を思ってくださるのならどうか、僕をシリウス様のお側より離す事だけはお許しください……!!」


「……そうは言うが、ブラン。我も考えたのだが……」


「な、何か僕に至らぬ所でも……!?」


「……不安というか、ブラン。其方、昨日一日でどれ程の事を学んだ?」


「へ?」



 きょとりと目を瞬かせるブラン。

 だがすぐに「えーとえーと」と呟きつつ思考を整理すると、昨日一日でケイリーから教えられた知識を並べ始めた。

 その一つ一つを頷きながら聞くシリウスに、ブランは街で起こった事などを事細かに、聞き手にも面白いように気遣いつつ伝えていく。

 そして全てを聞き終えたシリウスと、全身全霊で語り終えたブラン、そしてそれを一歩ひいた所から眺めるケイリーという、なんだか少し不思議な状況になった頃、シリウスがポツリと口を開いた。



「楽しんだか?」


「え、あ、はい……その、とても、楽しかった……です」



 躊躇いつつもほにゃ、と柔らかい笑みを浮かべるブラン。

 その表情を暫し眺めてから、シリウスは完全に傍観体制に移っていたケイリーへと体ごと向き直った。



 そしてそのまま、深々と頭を下げた。



 驚愕に室内の空気が凍りつく中、シリウスは静かに「礼を言う」と呟いた。



「……我は、今まで何者をも振り返らずに進んできた。それは我が拾い上げたブランについても同様。それ故に、ブランは『我にとって役立つ事』のみを求め、それ以外の知識が乏しいまま成長した」


「エライ偏った教育だな、オイ」


「ケイリー君っ、それは僕が自分で選んで勉強してたんです!!」


「我はサクラに敗北して知った。楽しむ事を知らず、ただただ生き急ぐ事は虚ろであると……そしてその虚ろを知った我には、今のブランは我と同じに見えた」


「ただのアホっぽいけどな」


「けーいーりーぃーくーんー」



 半眼で嗜めるブランを鼻で笑うケイリー。その親しげなやり取りを眩しそうに眺めていたシリウスは、ブランを見ながらゆっくりと口を開いた。



「ブラン・リューココリーネ」


「はっ」



 それまでのふざけた空気を吹き飛ばしたブランが、素早く臣下の礼をとる。



「シリウス・ロード・ベルテッセンが命ずる。此処自由国家クラーキアにて見聞を広めよ」


「シリウス様……」


「お前がお前の為に生き、それを楽しむ事を我は望む……己自身を育てよ、ブラン」


「っはい!」



 涙目で頷くブラン。

 どうやらシリウスが此処まで自分の為に考え、動いてくれた事に感涙しているらしい。

 やれやれ、と息を吐き出し……そこでケイリーは、ふと引っかかる部分を思い出した。






『此処自由国家クラーキアにて見聞を広めよ』






 ……ちょっと待てオイオイまさかだよな?






 一瞬よぎった嫌な予感を、全力で首を振って打ち消す……が。



「ケイリー君っ!!」


 明るい声に、嫌々振り返ればそこには輝く笑顔のブラン。

 御近所の奥様方を瞬殺するであろう笑顔で、ブランは深々と頭を下げた。




「不束者ですが、これからよろしくお願いしますっ!!」


「ブランを頼んだぞ、ケイリー・ヤトロファ」




 がっくりとその場に両手両膝をつき、ケイリーは心労でガンガン痛む頭を押さえつつ呟いた。






「……だからどうしてこうなった……!!」







結局叫ぶケイリー君でした。

まだもう少し続きます!

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