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風の向こう

ナナのすぐ横を、影がすり抜けた。


音もなく、ためらいもなく。

ただ、一直線。


「……え?」


振り返ると、スズメ型のそれは、もう遠くにいた。

空を飛ぶというより、世界を貫いていくみたいな速さ。


「なに、アレ」

胸の奥が、きゅっと掴まれる。


反射的に、追った。


けれど距離は、まったく縮まらない。

速度を上げれば上げるほど、スズメのような黒い鳥はさらに先へ行ってしまう。


一瞬で見えなくなる。

残るのは、遅れて届く風と、置いていかれた感覚だけ。


――速い。


それから、黒いスズメはよく現れるようになった。

それは目が無かった。鳥ではない。


しかし悪意は感じられず、近づいてきたと思ったら

一瞬で離れていく、追いかけても追いつけない。


今日はいけるかもしれない。

今日は、あと少し――


そう思うたびに、スズメは遠ざかる。


「くっそ……!」


歯を食いしばる。

くやしいけれど、やめなかった。


楽しさがあった。

速くなる感覚、風を切る音、空と一体になる瞬間。


でも、それ以上に悔しい。


「あとちょっとだったのに……!」


指先が、何度も空を掴む。

そのたびに、何もない。


ある日、ふと気づいた。

力を込めるのをやめたとき、体が軽くなる。


速さを“出す”んじゃない。

風を敵にしない。


魔力を吸い込いこむ感覚。


背中に、風が当たった。

押されるように、導かれるように。


世界が、遅れて追いついてくる。


――いける。


ナナは、スズメの背中に迫った。

一直線の影、そのすぐ後ろ。


追いついた。

そう、思った瞬間だった。


スズメが、さらに――加速した。


「……っ!」


距離が、再び開く。


「信じらんない」


スズメは振り返った。

一瞬、確かに、ナナを見た。


そして、消えた。


そこには、何も残らない。

空だけが、静かに動いている。


ナナは、その場で息を整えながら、空を見上げた。


――まだ、先がある。

スピードには、まだ“向こう側”がある。


そう思い知らされた。



次に現れたのは、ツル型だった。


今度は、直線じゃない。

大きく、ゆるやかに、そして複雑に。


空間が、ねじれるほどに。

追えば追うほど、感覚がずれていく。


体が引き伸ばされ、視界が回る。

内臓が、遅れてついてくるみたいだった。


「……まてーー……!」


叫びながら、笑っていた。

怖い。

でも、楽しい。


何度も振り切られ、何度も失速する。

回転の中で、体勢を崩し、風に叩き落とされそうになる。


それでも、やめなかった。


悔しい。

でも、楽しい、やりたい。


回転の中で、少しずつ“流れ”が見えてくる。

外じゃない。内側。


遠心力を拒まず、抱え込む。


ある瞬間、ナナは、ツルの軌道の内側へ踏み込んだ。

空間を切り裂く感覚。


ついに追い越した。


視界の端で、白い羽が解けて流れた。


ツルは、空に溶けた。



最後に現れたのは、ハヤブサに似た黒い鳥だった。


速い。とにかく早い。

でも、それだけじゃない。


飛んでいる位置が、

ナナのいる空と、わずかに噛み合っていない。


目で追えているのに、

距離が測れない。


近づいているはずなのに、遠い。

触れられる気がしなかった。


ナナは体を溶かすようにし、速度を上げる。

限界より、さらに先へ。


「えっ?、、、」



すると、空の感触が変わった。


風が、風でなくなる。

音が、音として届かなくなる。


景色は同じなのに、

水の中のような、宇宙のような、


――あ。


空の向こうに、

今まで一度も使ったことのない空間が、重なっている。


見えない。

触れない。

でも、確かにそこにある。


今いる世界と、

ほんの紙一枚ぶん、ずれた場所。


世界が一枚白い膜で覆われているような。

ハヤブサは、その向こう側にいた。


次の瞬間、

ハヤブサの輪郭が、空にキラキラ溶け始める。


羽もサラサラと流れ

きらきらとした粒子になった。


ガラス片のような光が、

ナナの知らない方向へ、吸い込まれていく。


そこには、空がなかった。

でも、**空ではない“何か”**が、確かにあった。


ナナは、そこまでだった。


速度を落とす。


すると、遅れていた世界が戻ってくる。

風が音を取り戻し、

背中に、はっきりと当たる。


さっきまで触れかけていた空間は、

最初から存在しなかったかのように、遠ざかる。


ナナは、何も言わずに空を見つめた。


知らない場所。

知らない空。


でも、確信だけが残っていた。


――この空のすぐ隣に、

 別の空がある。


修行を始めてから、長い時間が過ぎていた。

空を飛ばない日は、ほとんどなかった。


一年が、経とうとしていた。


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