時計台の大時計
街の中央にある、大きな時計台。
石造りの塔の中は薄暗く、
天井近くで巨大な歯車が、静かに沈黙していた。
「止まる直前までは、普通に動いてたんです」
管理人が言う。
「でも今は、どうしても……」
ピニオンは歯車を見上げ、目を輝かせた。
「でか……。
歯数も多いし、年代も混ざってる。
いい構造だなあ……」
コクリは肩をすくめる。
「見える範囲は問題なさそうね。
でも裏側は足場もないし、外すしか——」
るるは、歯車の奥を見つめていた。
噛み合ったまま、影になって見えない場所。
「……全部、そのまま浮かせれば」
誰に言うでもなく、ルルがつぶやく。
ピニオンが振り向く。
「そ、そんなことできる?」
るるは、小さく息を吸った。
「一分くらいなら……できると思う」
少しの沈黙。
「……じゃあ、頼む」
ピニオンは、不安そうに言った。
⸻
るるは、歯車の前に立つ。
呪文はない。
動作は小さな手の円を描くような動き。
意識を歯車に“引く”ように集中させる。
——静かに。
歯車が、ふわりと浮いた。
一枚、また一枚。
重なり合ったまま、
角度も距離も、寸分違わず。
巨大な歯車群が、
空中で凍りついたように止まる。
「……すご」
ピニオンは、思わず呟いた。
すぐに裏側へ回る。
「……あった」
軸の奥、影の中。
小さな金属片が、引っかかっていた。
「これだな。
ここ、見えないと絶対わかんない」
るるの髪がが、少し揺れる。
重い。
思っていたより、ずっと。
——あと、少し。
「……急いで」
声が、かすれる。
ピニオンは無言で手を動かす。
金属片が外れた、
「オッケー!」その瞬間。
シュン、シュン、シュン——
スススススーッ
浮かんでいた歯車が、
魔法が解けたみたいに一気に引き戻される。
音も衝撃もほとんどなく、
元の位置へ、正確に、素早く。
るるは、その場に崩れ落ちた。
「……ぷはーっ」
息が、うまく吸えない。
歯車が、再び噛み合う。
コチ……コチ……。
時計が、動き出した。
管理人が、目を見開く。
「……動いた」
何度も、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
るるは、返事をする余裕もなく、
床に座り込んだまま呼吸を整える。
ピニオンは、歯車を眺めながら言う。
「一分も持ったの、正直すごいよ、こんな重そうなやつ」
「ルル、大丈夫かい?」コクリが驚きつつ問いかける
「はい、なんとか」
⸻
外に出ると、夕方の風が冷たかった。
るるは、少し遅れて歩く。
胸の奥に残っているのは、達成感じゃなかった。
足りない。
はっきり、そう思った。
(あれが今の限界、、、)
——1分が限界だった。
自分の限界を知った。
るるは、空を見上げる。
大時計台の針が、確かに進んでいる。
「……非力すぎる」
小さな声で、そう言った。
歯車の重さが、まだ、腕の奥に残っている気がした。




