ねぼすけ龍、布団から出る
ボクを象る、桃と青と白で構成された画面。背景はテンポよく動き、真ん中には準備中の文字が浮かぶ。
ボクを形作る、数多の人の期待の言葉。彼らはお行儀良く、あるいは悪く、画面の前に座って幕が上がるのを待つ。
最初はこんな上等な幕はなかった。最初はこんなに僕を望む声はなかった。
「こんどらー!」
ならば応えよう。
いささか気の抜ける響、しかし最高に元気の出るボクの挨拶。
準備中の幕が消え、皆の画面にボクが映る。桃色の髪、青色の目。少し贔屓目かもしれないけれど、愛嬌があって可愛いでしょう?
「こんどら」の文字列が滝のように流れていくのを視界の端でしっかり確認する。
ボクが見たくて来た人も、たまたまふらっと迷い込んだ貴方も。
みんな可愛くて強いボクを好きになるといい。
「早速だけど今日は、あの!都内に新しくできたダンジョンに先行潜入!そしたら……早速見た事のないモンスターに遭遇したから、最速討伐目指しちゃうよ緊急配信でーす!!」
チャット欄は歓喜の声と、心配の声と半々だ。
とはいえダンジョン配信なんて自己責任上等。この声の半分は本当に心配してくれていたとして。残りの半分は心配するポーズというか、これから見れるはずの出来事への前振り、無邪気な期待だ。ボクへの!
ドローンカメラを調整し、対峙した敵が映る画角へ持ってくる。
敵を既存の生き物に例えるなら、近いのは熊だ。しかし知っている熊の何倍も大きいし、分厚く黒い毛皮には稲妻が何本もビリビリと走っている。見せかけの雷でないのなら、雷属性の熊なのだろう。
雷熊、ビリビリ熊、ビリビリベアー。なんと呼ぶのがしっくり来るかな。
「ヴォオオオオ……!」
ボクに気がついた仮称:ビリビリベアーは仁王立ちしたかと思うと、空間を震えさせるほどの唸り声を上げた。同時に魔力でも発しているのか、露出している肌が痺れる心地がする。
「お、ボクと大声対決?いいよ!」
ビリビリベアーの真正面に立ち、身体中の魔力を滾らせ喉元に集中させる。
素手で、戦いの構えもしていないで敵の前に立つ。それがどんなに馬鹿馬鹿しいか、ボクは分からないわけではない。あんなに恐ろしそうな生き物の前に無防備に立てば、一瞬のうちに鋭い爪でこの可愛い顔を剥がされるか、内蔵を切り裂かれるだろう。
案の定いい餌だと言わんばかりに、こちらに突進してくるビリビリベアー。
それでもボクが全く怖くないのは、次の瞬間立っているのは熊ではなくボクという確信があるからだ。
そのまま魔力を目の前の熊にぶつけんと、ボクは口を大きく開いた。
〇
「へくちっ」
自分のくしゃみの声で、思わず目が覚めてしまった。つま先から胸元までボクを守ってくれていたはずの掛け布団は、役割を放棄して畳の上に移動している。
何か良い夢を見ていた気がしたのに、肌寒さのせいで終わってしまった。勿体ない。
掛布団を引き寄せてもう一度寝たかったが、居候の身。ロングスリーパーとしては五時起きというのは苦痛もいいところだが、家主の生活スタイルに合わせるのも務めだろう。
まだ寝ていたい気持ちを、そのまま上体を起こさずに移動することで表現する。のそのそと畳へ這い出るボクは、もし傍から見ている第三者が居れば蛇かなにかに見えただろう。
ところがどっこい。
ボクは龍である。
名前はアジサイ。無職。年齢は数えてないから分からないけど、一、二千年は確実。
今は人の形をとって、心優しい人の子たちのご厄介になっている。




