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短編集

国を救った元聖女ですが、婚約破棄され追放されたので竜の旦那様に溺愛されています。今さら王太子に戻ってこいと言われても遅いです

作者: 夢見叶

追放された元聖女ですが、今さら戻れと言われてももう遅いです


 目が覚めたら、知らない天井……なんてテンプレを心の中でつぶやきながら、私はゆっくりとまぶたを開けた。


 目に飛び込んできたのは、白い天蓋のベッドと、木目のきれいな天井。鼻をくすぐるのは、薬草と花の、ほんのり甘い香り。


「……ああ、そうだ。私、もう日本じゃないんだったっけ」


 OLとして働いていた私は、過労で倒れて、そのまま人生を終えた。

 そして気がつけば、このアストレア王国の男爵家の娘、リサとして生きている。


 この世界に転生してから、もう17年。


 私は聖女として王城に住み、国を守る光の魔法を使い、王太子クロード殿下の婚約者として、静かに、でも幸せに暮らしていた。


 ……少なくとも、昨日までは。


◆ ◆ ◆


「リサ・グランベル。貴様を聖女詐称の罪で断罪する!」


 大広間に響き渡る、クロード殿下の声。

 視線を向けると、彼は金の髪を乱暴にかき上げながら、私を冷たい目で見下ろしていた。


「……聖女、詐称?」


 何を言っているの、この人は。


 私の周りには、貴族たちと神殿関係者がずらりと並び、その前には、ひとりの黒髪の少女が立っていた。

 日本人らしい雰囲気。制服のような服装。

 私と同じ、黒髪黒目。


「ふふ、やっぱりびっくりしてる」


 少女はくすくす笑うと、少しあどけない顔で私を見上げる。


「私、星野まゆ。異世界から召喚された、本物の聖女だよ」


 ざわ、と周囲が色めき立つ。


「異世界……聖女?」


 私は眉をひそめた。

 この国には、代々、聖女が1人。

 強い光の力を持つ者が、女神に選ばれる。


 そして、今の聖女は、私のはずだ。


「殿下、どういうことでしょうか」


 できるだけ落ち着いた声でたずねると、クロード殿下はあざ笑うように鼻を鳴らした。


「決まっているだろう。おまえは偽物だったということだ。神殿の新たな御神託により、異世界から真の聖女が召喚された。つまり、最初からおまえは誤認でしかなかった」


「誤認……」


 たしかに私は、ただの男爵令嬢だった。

 偶然、神殿で祈りを捧げていた時、強い光が現れ、聖女と認定された。


 でも、それからずっと、私は光の力で瘴気を祓い、魔物を退け、何度も国を守ってきたのだ。


 それを、誤認だと言い捨てるのか。


「リサ様」


 まゆが、わざとらしく心配そうな顔を向けてくる。


「もう無理しなくていいんだよ。普通の女の子に戻ってさ。聖女の仕事って、きっと、リサ様には重荷だったんだよね?」


「いいえ」


 私は小さく首を振った。


「重荷だと思ったことはありません。それに、私は確かに、聖女の力を持っています」


 その言葉に、クロード殿下が苛立ったように声を荒らげる。


「往生際が悪いぞ、リサ! ここ最近、聖女の力が弱まったのは事実だ! だがそれも、おまえが偽物だったから当然のこと! 本物は、まゆだ!」


 殿下はまゆの方に歩み寄り、彼女の手を取って、得意げに言い放つ。


「本日をもって、リサ・グランベルとの婚約を破棄し、真の聖女である星野まゆを、新たな婚約者とする!」


 どよめきと拍手。

 まゆは頬を赤らめ、うれしそうに殿下の腕にしがみつく。


「殿下、うれしい……! 私、がんばるね。この世界のみんなを、幸せにするから!」


 ……ああ。


 これは、あれだ。

 前世で読んだ恋愛ゲームとか、乙女ゲームでよくある展開だ。


 悪役令嬢、婚約破棄イベント。


 ただひとつ違うのは。

 私は悪役なんてしていないし、誰もいじめていないし、むしろ仕事しまくりの社畜系聖女、というところだろうか。


「待ってください、殿下」


 私は一歩、前に出た。


「私が偽物だと言うのなら、その証拠を示してください」


「証拠? ふん。今さら何を」


「たとえば、浄化の儀式。私と、その……まゆ様。どちらの光が女神の祝福に近いか、神殿で確認することもできます」


「必要ない!」


 殿下は一喝する。


「御神託があった時点で、すべて証明されている! それとも女神の言葉に逆らうつもりか?」


 ……その御神託、本当に女神のものなんだろうか。


 胸の奥が、冷たくざらつく。


 だが、ここで何を言っても無駄だと、社会人経験の長い私は、すぐに理解した。


 一度決裁された無茶な案件ほど、ひっくり返らないものはない。


 そういうものだ。


「……わかりました」


 私は小さく息を吐いた。


「それでは、聖女の座は、まゆ様にお譲りします」


「リサ!」


 周りから驚きの声が上がる。

 クロード殿下も、少しだけ目を見開いた。


「ただし」


 私はまっすぐに、殿下を見据える。


「これまで私が行ってきた浄化や、国境線の守りなどが、すべて止まります。その結果、何が起きても、私は責任を取りません。それでも構いませんね?」


「おまえの中途半端な力など、そもそも欠片も期待していない!」


 即答だった。


 ……ああ、本当に、駄目だこの国のトップ。


 そう確信した瞬間だった。


「それともうひとつ」


 殿下は、冷ややかに口を開く。


「聖女詐称は重大な罪だ。本来ならば極刑に値する。だが、かつての婚約者という情を考え、国外追放で済ませてやる。感謝しろ」


「国外追放……?」


「そうだ。おまえのような不届き者を、王都に置いておけば、まゆに害が及ぶかもしれないからな」


 はいはい、完全に悪役令嬢扱い。


 まゆはわざとらしく、私を見て肩をすくめる。


「ごめんね、リサ様。でも、仕方ないよ。これも、この世界を守るためなんだよ」


 私、何かしたっけ?


◆ ◆ ◆


 こうして私は、あれよあれよと言う間に、王城の塔に閉じ込められた。


 国外追放までは数日。

 その間、ここで大人しくしていろということだ。


 牢ではないだけ、まだマシ……と言うべきだろうか。


「……前世よりはマシか」


 思わず苦笑がこぼれる。


 残業続きで終電を逃し、タクシー代も出なくて、会社のソファでそのまま倒れた日々に比べたら。

 塔の部屋のベッドはふかふかだし、食事も出るし、寝不足にもならない。


 それに、国外追放なら、まだ選択肢はある。


 この国で聖女じゃなくなっただけで、私には光の力が残っている。

 誰が何と言おうと、自分の体感は誤魔化せない。


「どこか、静かな場所で、自由に暮らそうかな」


 そんなことをぼんやり考えていた時だった。


 コツ、コツ、と、塔の石段を上ってくる足音がした。


「……こんな時間に?」


 窓の外は、もうすっかり夜の色だ。


 やがて、重い扉が、ギィ、と音を立てて開く。


「リサ」


 低く落ち着いた声。

 入ってきたのは、銀色の髪の騎士だった。


「ゼノス様……」


 私は思わず立ち上がる。


 騎士団長、ゼノス・ラグネル。

 王国最強の騎士であり、私の護衛も務めていた人だ。


 いつも無表情ぎみで、真面目そのもの。

 でも、時々、不器用に優しい。


 私にとっては、数少ない味方のひとりだった。


「……無事でよかった」


 ゼノス様は部屋を見回し、私に視線を戻した。


「食事は? 何か不便はないか」


「大丈夫です。牢屋じゃないだけ、ありがたいですから」


 私が肩をすくめると、彼はわずかに眉をひそめた。


「笑い事ではない」


「すみません。でも、正直、こうなるだろうなって、どこかで思っていました」


「なぜだ」


「殿下の様子、ここ最近おかしかったですし。まゆ様が現れてからは、私の話なんて、ほとんど聞いてくれませんでしたし」


 そう。

 実はここ数か月、浄化の儀式の時に、妙な違和感があったのだ。


 光の流れが、どこかで不自然に曲げられているような感覚。

 女神に捧げたはずの祈りが、別の何かに吸われているような。


 そのことを、私は何度か殿下にも、神殿にも伝えていた。

 だが、誰も真剣に取り合ってくれなかった。


「それでも、ここまで露骨に排除してくるとは、さすがに想定外でしたけどね」


「……怒っているのか」


「怒り……というより、呆れが大きいです」


 私はふっと笑う。


「仕事押し付けてきた上司が、急に『おまえいらない』って言ってきた時の気持ちに似てます。ああ、やっぱり私、道具扱いだったんだなって」


 ゼノス様の瞳が、ぐっと暗くなる。


「リサ。おまえは、そんな扱いを受けていい人間ではない」


「ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで、十分ですよ」


 少なくとも、この人は、私をちゃんと人間だと思ってくれている。


「……で、本題は?」


 私は首をかしげる。


「こんな時間に、わざわざ私に会いに来るなんて。『見回り中についでに』ってタイプでもないですよね、ゼノス様」


「……ついでなどではない」


 彼は短くそう言うと、静かに続けた。


「リサ。おまえをここから連れ出す」


「……え?」


「国外追放など、くだらない。おまえは、王家ではなく、女神に選ばれた存在だ。ここに縛られている必要はない」


 ゼノス様は、真っ直ぐに私の手を取った。


「俺と一緒に来い」


「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 思わず声が裏返る。


「ゼノス様、それって、つまり、反逆じゃ……」


「構わない」


 即答だった。


「この国は、すでに腐り始めている。女神の加護を軽んじ、偽物の御神託にすがり、目の前の真実を捨てた。ならば、やがて、相応の罰を受けるだろう」


「偽物の御神託……?」


 私は目を見開いた。


「確信があるんですか?」


「ある」


 ゼノス様は、ゆっくりと目を閉じる。


「俺は、女神の声を直接聞いた」


「えっ」


「そして、今この瞬間も――」


 彼の背に、淡い光の羽のようなものが広がる。


 部屋の空気が震え、小さな光の粒が、舞い散った。


「え、え、なにこれ」


「……すまない。ずっと黙っていた」


 ゼノス様は、少しだけ気まずそうに視線をそらす。


「俺の正体は、人間ではない」


「は?」


「正確には、人の姿を取っているだけの存在だ。俺は、この国よりも古くから生きる守護竜だ」


「しゅ、ご……え、ドラゴン!?」


 予想の斜め上どころか、空の彼方までぶっ飛んでいった。


「ドラゴンって、あの、山を一撃で吹き飛ばすとか、世界を焼き尽くすとかいう、あのドラゴンですか?」


「そこまで乱暴ではない」


「そういう問題ではないですよね!?」


 私が思わずツッコむと、ゼノス様――いや、守護竜さんは、小さく肩を揺らした。

 笑った、のだと思う。


「おまえが初めて神殿で祈った日。小さな身体で、必死に国のことを案じていた。その姿を見て、女神はおまえを気に入った。俺も、おまえに興味を持った」


「そんな前から……?」


「おまえの光は、確かに女神の光だ。偽物などではない」


 静かに告げられた言葉に、胸の奥が熱くなる。


 誰かに、はっきりとそう言い切られるのは、初めてだ。


「ゼノス様……」


「それなのに、おまえを道具扱いし、いらなくなったから捨てる。そんな王家を見ているのは、もう限界だ」


 彼はすっと膝をつき、私の手の甲に唇を寄せた。


「俺の領地へ来い、リサ。俺の山で、おまえを守りたい」


「山、って……」


 守護竜の山。

 そこは、王国の地図でも「危険地帯」とされている、未踏の地。


 でも、逆に言えば。

 王家の手だって、そう簡単に届かない。


 自由を手に入れるチャンスだ。


「……いいんですか。本当に、私なんかで」


「俺は、おまえがいい」


 即答だった。


「おまえは、自分を安く見積もりすぎる。女神に選ばれた聖女であることも、誰よりも国のために働いてきたことも、自分でわかっていない」


 ゼノス様は、真摯な瞳で私を見つめる。


「だから俺は、おまえが自分を大事にできる場所を用意したい」


「……ずるいです」


 そんな目で、そんなことを言われたら。


 心が、揺れるに決まっている。


「ゼノス様、私、殿下のこと、好きでしたよ?」


「ああ」


「でも、私を信じてくれませんでした。簡単に捨てました。そんな人を、これ以上追いかけるのは、もう疲れました」


 私は大きく息を吸い込む。


「……わかりました。連れて行ってください。あなたの山へ」


 ゼノス様の表情が、ほんの少しだけ、ほどけた気がした。


「ああ。任せろ」


◆ ◆ ◆


 それから数か月。


 私は、王国最北端の「竜の山」で、新しい生活を始めていた。


「リサ、ご飯できたよー!」


 山小屋のキッチンから、元気な声が聞こえる。


「はーい、ありがと、ティナ」


 振り返ると、金色の髪の少女が、両手に大きなお皿を持って走ってきた。


 ティナは、この山に住む竜のひとりだ。

 普段は人型で、私のことを「お姉ちゃん」と呼んで慕ってくれている。


「今日のスープ、リサが教えてくれたレシピで作ったんだよ! 人間の料理、おいしい!」


「それは楽しみだね」


 私はテーブルを拭きながら笑う。


 ここに来てから、私は竜たちの治療をしたり、山の瘴気を浄化したり、たまに里に降りて怪我人を癒したり。

 自分のペースで、できることだけをやっていた。


 誰も「もっとやれ」とは言わない。

 「無理しないで」と言ってくれる。


 それが、こんなに幸せなことだなんて。


「リサ」


 ふいに、背後から声がして、私は振り向いた。


「ゼノス様」


 彼は鎧ではなく、ラフなシャツ姿で、いつものように静かに立っていた。


「今日も、山の調子はいい。おまえの浄化のおかげだ」


「竜のみんなが、ちゃんと光を循環させてくれてるからですよ。私は少し手伝ってるだけです」


「それでもだ」


 ゼノス様は、ゆっくりと歩み寄ってきて、私の髪に手を伸ばした。


 指先が、さらりと髪をすく。


「おまえがここに来てから、山は、前よりもずっと穏やかになった。竜たちも、笑うことが増えた」


「それはゼノス様が、ちゃんとみんなのこと見てるからですよ」


「……そうかもしれないな」


 彼は、わずかに口元を緩める。


 こんな顔を見たことがなかった。

 王城にいた頃の彼は、いつも、鎧のように無表情だったから。


 その時。


 山の麓の方から、微かな魔力の波が届いた。


「……?」


 私は反射的に顔を上げる。


「今の、感じました?」


「ああ」


 ゼノス様の表情が、すっと引き締まる。


「人間の軍だ。かなりの数が、こちらに向かっている」


「軍……?」


 胸の鼓動が少し早くなる。


「まさか、私を捕まえに?」


「いや、違う」


 ゼノス様は目を閉じ、気配を探るように静かに言った。


「先頭にいるのは……クロード王太子と、異世界の聖女。それと、神殿の司祭たちか」


「…………」


 ああ、来たか。


 心のどこかで。

 いつか、こうなるような気がしていた。


「ゼノス様」


「ああ。迎えよう」


 彼は静かに頷いた。


◆ ◆ ◆


 山の中腹にある広い石の広場。

 そこに、王国軍の旗を掲げた一団が、慎重に足を踏み入れてきた。


「ここが……竜の山」


 前に立つクロード殿下が、険しい顔であたりを見回す。

 その隣には、すっかり派手なドレスに身を包んだまゆが、怯えたふりをしながら腕を絡ませていた。


「クロード様、怖い……」


「大丈夫だ、まゆ。俺がいる」


 うん。

 私は、遠目からその様子を見ながら、内心で思い切りため息をついた。


 相変わらずだな、この人たち。


「よく来たな、人間ども」


 ゼノス様が、一歩前に出る。


 その身体から溢れた魔力に、兵士たちが震え上がった。


「あ、あれは……!」


「魔力が、人じゃないレベルだ……!」


 ざわめきの中、クロード殿下は必死に声を張り上げる。


「お、おれはアストレア王国の王太子、クロード・アストレアだ! 竜の王よ! 急ぎ話がある!」


「おまえと話すことなど、特にないが」


 ゼノス様が冷たく言い放つと、殿下の顔が引きつった。


「だ、だが、これはこの大陸の一大事なのだ! 最近、魔物の出現が急増し、各地の瘴気があふれ出している! このままでは、国が滅びる!」


 ……あれ。


 やっぱり、そうなったか。


「聖女の力も、なぜか弱まり続けているの! 女神様の加護が、どんどん遠くなって……!」


 まゆが泣きそうな顔で叫ぶ。


「だからお願い! 竜の王様! どうか力を貸して! 私、もう……」


「まゆ」


 ゼノス様の声が、彼女の言葉を遮った。


「おまえは、聖女ではない」


「え……?」


「おまえに流れている光は、女神のものではない。何者かに与えられた、偽物の力だ」


「そ、そんな……!」


 まゆの顔が真っ青になる。


 殿下も、信じられないといった顔で叫んだ。


「何を言う! 御神託が……!」


「その御神託を与えた存在は、女神ではない」


 ゼノス様の視線が、殿下の後ろにいる司祭たちに向く。


「おまえたち。数年前から、妙な儀式を始めたな。女神とは別の何かに、祈りを捧げていたはずだ」


「そ、それは……」


 司祭のひとりが、顔をこわばらせる。


「た、確かに、新たな神の声が……。世界を豊かにすると言う声が……」


「その代わりに、女神の光を奪っていった。愚かだな」


 ゼノス様が吐き捨てる。


「そして、女神に選ばれていた本物の聖女を捨て、偽物を祭り上げた。今、おまえたちの国が苦しんでいるのは、その報いだ」


「そ、そんな……」


 クロード殿下の顔から、血の気が引いていく。


「じゃあ、俺たちは……」


「はい、そこまで」


 私は、ゼノス様の隣に歩み出た。


 殿下とまゆ、司祭たちの視線が、一斉に私に集まる。


「……リサ?」


 殿下の声が震える。


「おまえ、なぜここに……」


「ここ、私の家なので」


 私は軽く肩をすくめた。


「竜の山で暮らしてるんです、今は」


 動揺が、波のように一団を走る。


「ど、どういうことだ、リサ。おまえは国外追放に……」


「だから、国外に近い山に住んでるじゃないですか。ちゃんと守りましたよ、殿下の命令」


 皮肉を込めて笑ってみせると、殿下は言葉を失った。


「リサ様、よかった……!」


 まゆがぱっと顔を輝かせる。


「本当に聖女だったのね! お願い、一緒に国を救いましょう? 私、力が弱くなっちゃって……やっぱり、ふたりで聖女やった方がいいのかなって……」


「まゆ様」


 私は穏やかに、しかしはっきりと首を振った。


「すみません。お断りします」


「え……?」


「私はもう、アストレア王国の聖女ではありません。ここで、私なりにできることをして、静かに暮らしています。それを、今さら引きずり戻すのは、やめてください」


 まゆの顔から、さっと笑みが消えた。


「で、でも、世界が大変なのよ!? そんなワガママ言ってる場合じゃ……」


「世界は広いですよ、まゆ様」


 私は淡々と続ける。


「アストレア王国ひとつの危機が、世界のすべてだとは限りません。それに、あなたたちは、自分たちで選んだんです。私を偽物扱いして、捨てると」


 その瞬間。

 クロード殿下の肩が、びくりと震えた。


「リサ、あれは……その……」


「『偽物のくせに』『おまえはいらない』『国外追放で済ませてやるだけ感謝しろ』」


 私は、殿下の言葉を、ひとつひとつ、丁寧になぞる。


「ちゃんと覚えていますよ。私、記憶力だけはいいので」


 殿下の顔が、みるみるうちに赤くなった。


「そ、それは……当時は、そう思っていたが……!」


「じゃあ、今はどう思ってるんですか?」


 私は首をかしげる。


「力が足りなくなって困ってるから、本物だったかもしれないって、慌ててるんですか?」


「…………」


 返ってくるのは、沈黙だけだ。


「リサ様、そんな言い方……!」


 耐えきれなくなったように、まゆが叫ぶ。


「私だって、被害者なのよ!? 変な声が聞こえてきて、『君は特別だ、聖女になれる』って言われて、この世界に召喚されて、がんばってきたの! それなのに、今さら偽物だって言われて……私だって、つらいのよ!」


「つらいでしょうね」


 私は素直にうなずいた。


「前世から急に連れてこられて、役目を押し付けられて、ちやほやされて。でも、その立場も、今はぐらぐらで。不安になりますよね」


「だったら……!」


「でも、その不安を埋めるために、他人を踏み台にしていいわけじゃないです」


 まゆがはっとして、口をつぐむ。


「あなた、私のこと、何度も見下しましたよね。『普通の令嬢あがりのくせに』『クロード様の隣には似合わない』って」


「あ、あれは……」


「私が『浄化がうまくいかない』って相談した時、『自信がないなら聖女なんてやめれば』って笑ったのも覚えてます」


 まゆの顔から、血の気が引いていく。


「そ、それは……」


「正直に言いますね、まゆ様」


 私は微笑んだ。


「あなたがどれだけつらかったとしても、私に謝る気がないなら、助ける理由もありません」


「……っ」


 まゆは悔しそうに唇を噛んだが、結局、何も言い返せなかった。


 その沈黙を破ったのは、クロード殿下の声だった。


「……リサ」


 彼は、ぎこちなく、しかしはっきりと口を開いた。


「悪かった」


 広場の空気が、一瞬止まる。


「おまえを、偽物呼ばわりし、捨てたことを……今は、本当に、後悔している」


「殿下……」


「だが、国が本当に危ないんだ。だから、その……もう一度、戻ってきてくれないか。おまえが必要だ」


 震える声で、それでも絞り出すように告げる殿下。


 昔の私なら。

 もしかしたら、泣いていたかもしれない。


 でも、今の私は。


「……殿下」


 静かに首を振る。


「遅すぎます」


 その言葉に、殿下は愕然と目を見開いた。


「おまえ、今なんと言った……?」


「遅すぎると、言いました」


 私はゆっくりと続ける。


「言葉って、不思議ですよね。一度口に出したら、もう元には戻せません。私を偽物だと言い、いらないと言い、捨てた。それは、殿下が選んだ言葉です」


「だが……!」


「私だって、最初から完璧だったわけじゃありません。至らないところも、失敗もあった。でも、だからこそ、一緒に支え合って、進んでいける人がよかった」


 私は息を吐き、優しく、しかしはっきりと告げた。


「殿下は、私とそういう関係を築く気がなかった。それだけの話です」


「リサ……」


「それに」


 私はそっと、自分の手を握った。


 すぐそこに、ゼノス様の気配がある。


「私はもう、ここで生きる場所を見つけました」


「…………」


「竜たちと一緒に、ゼノス様と一緒に、自分のペースで生きていきたい。だから、ごめんなさい。私は、戻りません」


 その瞬間。


 殿下の肩から、力が抜け落ちた。


 それはきっと。

 初めて、自分の選択の結果を、真正面から浴びた瞬間だったのだろう。


「女神の加護が戻らない限り、アストレア王国の苦難は続くだろう」


 ゼノス様が、淡々と告げる。


「だが、それはおまえたちが選んだ道だ。他者に押し付けるな」


「……わかっている」


 殿下は、かすれた声で答えた。


「それでも……せめて、国民だけは、守らなければ……」


 その言葉に、私は少しだけ、心が揺れた。


 たぶん、この人は、この人なりに、国を守ろうとはしてきたのだろう。

 方法も、優先順位も、全部間違っていたけれど。


 私はゼノス様を見上げる。


「ねえ、ゼノス様」


「ああ」


「この山から、遠くの大地に、少しだけ光を流すことって、できますか?」


「できる。おまえの光なら、なおさらな」


「じゃあ、アストレア王国へ、ほんの少しだけ。人々が飢え死にしない程度の恵みを届けることは、できますか」


 ゼノス様は、少しだけ目を細めた。


「優しいな、おまえは」


「別に優しくなんかないですよ」


 私は首を振る。


「殿下たちに、楽をさせるつもりはありません。ただ、罪のない人たちまで巻き込まれるのは、見たくないだけです」


「……リサ」


 クロード殿下が、驚いたように私を見る。


「安心してください」


 私ははっきりと言った。


「あなたたちの苦労は、これからが本番ですから」


「え?」


「女神の加護は、多分、戻りません。少なくとも、私が女神様だったら、簡単には許しません」


 女神様、聞いてたらごめんなさい。

 でも多分、笑っている気がする。


「だから、あなたたちは、自分たちの力で、必死に国を立て直してください。間違えた分だけ、努力してください」


「…………」


「その上で。民が飢えないように、最低限の土台だけ、ここから流します。それ以上は、自分たちでなんとかしてください」


 それが、私なりの、最大限の譲歩だ。


 殿下は、しばらく何も言えずにいたが、やがて、深く頭を垂れた。


「……わかった」


 その姿を見ながら、私はようやく、胸のつかえが落ちていくのを感じた。


 ああ、これで、本当に終わったのだ。


 私と、王太子クロードの物語は。


◆ ◆ ◆


 王国軍が去った後。


 山の空気は、いつもの静けさを取り戻していた。


私は、石の上に腰を下ろし、遠くの空を見上げる。


「疲れた……」


「よく頑張ったな」


 隣に腰を下ろしたゼノス様が、私の髪をそっと撫でる。


「途中で、殴りかかるかと思ったぞ」


「殴りませんよ。仕事だからって、理不尽な客先にも、笑顔で対応してきた社会人をなめないでください」


「そのスキルは、もっと別の場所で活かすべきだな」


 ふっと笑い合う。


「……後悔、していないか」


 ゼノス様の問いかけに、私は首を振った。


「してないですよ」


「本当に?」


「本当に」


 私は、少しだけ間を置いてから、続けた。


「クロード殿下を好きだったことも、聖女として必死に働いてきたことも、全部、私の人生の一部です。それを否定したら、今の私まで否定することになりますから」


 それに、と、私は小さく笑う。


「捨てられたから、ここに来られましたし」


「……ああ」


「追放されなかったら、あなたの正体も知らないまま、一生、仕事に追われてたかもしれません」


 それって、かなりもったいない。


「だから、私にとっては、あの日が、人生の分岐点だったんです」


 クロード殿下に「いらない」と言われた日。


 あの日のおかげで、私は、私を必要としてくれる人のところにたどり着けたのだから。


「ゼノス様」


「なんだ」


「これからも、ここにいていいですか?」


 問いというより、確認に近い。


 彼は、少しだけ驚いたように目を見開き、それから穏やかに目を細めた。


「当たり前だ」


 大きな手が、そっと私の頬を包む。


「ここは、おまえの家だ。俺の隣は、おまえの場所だ」


「……ずるい」


「またずるいと言われたな」


「だって……そんなこと言われたら、もう、離れられないじゃないですか」


「離す気はない」


 静かに、でも力強く返されて、私は笑うしかなくなった。


「ゼノス様」


「なんだ」


「好きです」


 簡単な言葉。

 でも、今の私にとっては、世界でいちばん重い言葉。


 彼は、少しだけ固まってから、ゆっくりと口元を緩めた。


「ああ」


 そして、短く、しかしはっきりと答える。


「俺も、おまえが好きだ。俺の聖女」


 ああ。


 やっぱり、あの日、追放されてよかった。


 何度だって、そう思えるくらいに。


 私は今、とても、幸せだ。

あとがきまで読んでくださって、ありがとうございます。作者です。


元聖女リサがきっぱり「遅すぎます」と言い切る場面と、最後にゼノス様に「ここが自分の居場所だ」と思えるところが書きたくて、この短編を書きました。


少しでも

・追放ざまぁ気持ちいい

・リサが幸せになれてよかった

・ゼノス様いい男すぎる

と思っていただけましたら、ぜひ

•ブックマーク

•評価

•感想や一言コメント


を入れていただけるとうれしいです。


特にブックマークと評価は、この作品がどれくらい読まれているかの目安になっていて、次の作品を書く時の大きな励みになります。


反応をいただけたら

・ゼノス様視点の番外編

・追放後のまゆとクロードのその後

・竜の山でののんびり新婚(予定)生活編


なんかも書いてみたいな、と考えています。


誤字脱字の報告も大歓迎です。

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

また別の作品でお会いできたら、とても嬉しいです。

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