第8話
冠雪も見慣れ始めたころ、走る。偶然通りかかった公園のブランコに見知った顔があった。頭と肩に雪を積もらせじっとしている佐藤だった。ここしばらく会ってなかったし、会ってた時期もどちらとも極端に沈んだ空気といった感じではなかった。今なら見なかったことにもできる。逃げることもできる。逡巡としている中、逆に佐藤に気付かれてしまったようだ、こちらに小さく手を振っている。
「佐藤、こんなところで何してるんだ?風邪ひきたいのか?」
佐藤は軽く否定しながら答えた。
「いや、ただ社会人になるのが不安なだけだよ。」
佐藤は続けた
「ここ暫くさ、自分がいかに有能か、いかに使えるかだけ考えてたんだ。就職先決まってるのに」
「でもさ、新卒なら別に気にすることないんじゃないか?会社も最初から仕事出来ると思ってないでしょ」
すぐに間違いに気付いた。能力について悩んでる人間に能力の必要性を否定することを言ってしまったら
「じゃあさ、なんで俺が採られたと思うんだ?新卒採用で最初から能力に期待してないなら、俺みたいな頭の悪い大学出身者採る意味はなんだよ、それなら有名大学の学生だけ入れた方が良いだろ」
そりゃこうなる。しかしなるほど、佐藤がずっとスーツを着ていたのは不安の裏返しだったのか、しかし根本的な部分で勘違いをしていそうだ。
「新卒採用って元々実務能力じゃなくてポテンシャルで選ぶものだろ?お前が有名大学のやつらよりポテンシャルがあるって見られただけだろ」
頭の雪が落ちた。
「でもさ、もし俺が新人の中で一番無能だったらどうするんだよ。お前同期とのレースがどれだけ怖いか分かってんのかよ...」
お前もまだ知らないだろと言いそうになったが今回は口を滑らせなかった。冬の乾燥に感謝したい。佐藤が話してる間に自販機でココアを買って佐藤に渡した
「あ、ありがとう」
少しは冷静さを取り戻せたようだ。
「同期とのレースは知らんが、俺は24時間常にだれかとレースしている。エンジンを止めた瞬間ドロップアウトするんだよ」
佐藤は発言に少し後悔したようで顔を背けた。
「なぁ佐藤。別に卑屈なのは構わないし、自分に自信がないってのも良くわかる。でも、あの大学から大手に行ける奴は本当に少ないだろ、大学内でそれやったら嫌味だと思われるぞ」
佐藤は肩の雪を払いながらブランコから立った。もう大丈夫そうだ。
「それじゃ俺は残り走ってくるわ」
雪は止んでいた。




