第7話 うーん、まあ仕方ないですねー。
夜の帳が降り、街の灯りが温かくきらめく中、四人はゆっくりと石畳の通りを歩いていた。さっきまで食堂で笑い合っていた余韻も、今はどこかに消え、タローを除く三人の表情には疲労の色が滲んでいた。
「うーん……また満室かぁ……」
ミラが重い足取りで宿屋の前から戻ってくる。すでに三軒ほど回ったが、どこも「本日は満室です」と丁寧な断りを受けていた。
「祭りか何かでもあったんでしょうか……」
エリアが呟くが、誰も答えない。静かに、ため息だけが漏れる。
「はぁ……仕方ないよね。街の外で野宿しよう。」
肩を落とし、ミラがつぶやいた。無理に笑おうとしたが、目元ににじむ疲労は隠せない。
「これも冒険者の運命ね。前向きに考えましょう。」
リネットが静かに声をかけるも、彼女自身も若干の眠気と倦怠を隠せず、気休めの言葉にしか聞こえなかった。
結局、四人は街を出て、街道沿いにある木々の少ない平原を歩いていた。月明かりは十分で、視界こそ確保されているが、風は肌寒く、夜の静けさが余計に心細さを引き立てる。
そんな中、タローがふいに立ち止まった。
「この辺りなら平坦ですし、風の通りも少ない……うん、ちょうどいいですねー。」
「え? こんな場所で?」
エリアが戸惑いながら辺りを見回す。草は短く、木もない。地面は硬そうで、寝るにはあまりにも心もとない場所だった。
「寄りかかる木もないし、風除けもないですよ?」
しかし、タローはにっこりと微笑んだまま、三人に背を向けると両手を不規則に動かし始めた。複雑で柔らかい動きが空気を撫でるように続いたかと思うと、空間の一点に淡い光が集まり始める。
それはまるで夜空の星が凝縮されたかのような光で、徐々に形を持ち始め、やがて――そこに、木造の立派な家が忽然と現れた。
「……えっ……!?」
ミラの目が限界まで見開かれる。
「え、これ……タローさんが……?」
エリアは思わず声を震わせる。
「今まで見た魔法の中で、一番信じられないんだけど……」
リネットが呆然と呟いた。
目の前の建物は二階建てで、窓からは温かい灯りが漏れている。まるでどこかの高級旅館のように整えられた外観に、三人は言葉を失うしかなかった。
「まあまあ、こういうこともできるんですよー。」
タローは振り返り、やや得意げな笑みを浮かべながら言った。「皆さん用のお風呂付き三人部屋と、私用の一人部屋は分けてありますから、ご安心くださいな。」
「……いやいや、安心っていうか、それ以前の問題でしょ!?」
ミラがようやく声を取り戻して叫ぶ。
「宿屋探してたのは何だったの……?」
エリアはその場にへたり込んでつぶやく。
「……まさか、最初からこうするつもりだったんじゃないでしょうね?」
リネットがジト目でタローを見る。
「いえいえ、それは偶然ですよー。宿が空いてるなら普通に泊まってましたし。まあ、こういうことも想定して一応用意はしてるってだけでー。」
全く悪びれる様子のないタローに、三人は呆れを通り越して、もはや苦笑しか出てこなかった。
中に入ると、広々としたリビングルームが彼女たちを迎えた。柔らかな照明、温かな木の香り、ふかふかのソファ……どこからか、ほんのりと焼きたてパンのような香りも漂ってきていた。
「これ……絶対野宿じゃないよね……」
ミラがぽつりとつぶやく。
「お風呂……本当にある! しかも、広い……!」
エリアはドアを開けた瞬間に歓声を上げ、思わずスリッパを脱いで中に駆け込もうとする。
「本当に、なんでもできるのね……」
リネットも小さくつぶやいた。もはや呆れすら混じっていない。純粋な感心だった。
「夜食も用意しますので、皆さんはゆっくりしててくださいねー。」
そう言ってタローはキッチンへと向かった。
ソファに腰を下ろした三人は、顔を見合わせ、そして自然と笑っていた。
「もう……驚くのにも疲れてきたわね……」
リネットがぼやく。
「でも……感謝しなきゃいけませんね。」
エリアが微笑みながら答える。
「タローさんの料理も楽しみだしね。」
ミラも、ようやく柔らかい笑みを見せた。
こうして四人は、まさかの豪華“野宿”を満喫することとなった。
タローの規格外ぶりを改めて実感する、そんな夜の出来事だった。