第3話 とりあえずお供しましょうかねー。
洞窟の暗がりの中、タローと三人の新米冒険者たちは慎重な足取りで進んでいた。空気は相変わらず湿ってひんやりとしており、背後には先ほどまでの激戦の余韻がまだ色濃く漂っていた。
しかしそんな中でも、自然と会話が生まれていた。タローの気さくで飄々とした態度は、戦いで張り詰めていた空気を和らげ、三人の緊張を少しずつ溶かしていく。まるで、長く一緒に旅をしてきたかのような錯覚すら覚えるほどだった。
やがて、リネットが口を開く。目は鋭く、それでいてどこか探るような色がある。
「……タローさんだったかしら? あなた、本当に“ただの旅人”なの? 私が今まで見てきたどの冒険者よりも遥かに強かったんだけど。」
その問いには警戒だけでなく、純粋な興味も混じっていた。先ほどの戦闘を思い出すたびに、タローの動きの異常さ――いや、“規格外さ”が頭から離れなかったのだ。
タローは軽く笑って、少しだけ首を傾げた。考えているというより、思い出そうとしているようにも見える。
「うーん……まあ、いろんな世界を渡り歩いて旅をしているうちに、自然と力が身についていった……って感じですかねー。細かいことは、あんまり覚えてないんですよー。」
「……いろんな世界?」と、今度はエリアが目を丸くして訊ねる。
「そうそう。この世界だけじゃなくて、剣も魔法も存在しない世界とか、文明が崩壊した世界とか……機械が自我を持ってたりする世界ですねー。まぁ、気が向いたら行ってるって感じですよー。旅の目的も特にないですし。」
あまりにも現実離れした話に、ミラが思わず眉をひそめる。
「そんなこと……本当にできるの? いや、嘘をついてるようには見えないけど……」
タローは肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「信じなくても大丈夫ですよー。そもそも、信じられなくて当然ですし。私の話なんて重要じゃないです。今は皆さんが無事に外に出るのが一番ですからねー。」
そのあまりにも軽い物言いに、三人は言葉を失った。しかし不思議なことに、どこか安心感も同時に覚えていた。まるで、目の前のタローという存在が、この混沌とした世界で唯一“ぶれない重心”のように感じられるのだった。
少し間を置いて、リネットがまた質問を重ねる。
「……それにしても、どうしてそんな力を持ってるのに、こんな洞窟に一人で入ったの? 何か特別な目的でもあったの?」
「いやー、特にないですねー。ただ、入り口のあの感じ、良かったじゃないですかー? 暗くて怪しくて、『モンスター多数』って注意書き。まさに冒険っぽい香りがぷんぷんしてて。楽しいことがありそうだなーって思ったんですよねー。」
タローはあっけらかんと言ったが、その言葉に三人は一斉に肩を落とした。
「……適当すぎる……」と、リネットがぽつりと呟いた。
それでも、そんな会話を交わすうちに、遠くにぼんやりと光が見え始める。洞窟の外――出口がもう間近なのだ。湿った空気が徐々に新鮮な風に変わり、微かに草の匂いが鼻をかすめる。
「さて、これで一安心ですねー。皆さん、お疲れ様でしたー。」
タローは片手を軽く振りながら、ふらりと出口へと歩み出した。
しかし、その背中にミラの声が飛んだ。
「待って! タローさん、ちょっといい?」
足を止めて振り返ったタローの目に映ったのは、どこか決意を秘めた三人の顔だった。先ほどまでの頼りなさはそこになく、今この瞬間だけは冒険者としての意志が宿っている。
リネットが一歩前に出て、真剣な声で告げる。
「お願い。私たちと一緒に冒険してくれない? あなたがいれば、どんな危険な旅も、きっと越えていける気がする。」
エリアもその隣で頷き、祈るように言葉を続けた。
「まだまだ未熟な私たちだけど……あなたが仲間にいてくれたら、本当に心強いんです。」
そして、ミラが一歩前に出る。瞳に真っ直ぐな情熱を宿して。
「正直、あなたみたいな人にはもう二度と会えない気がする。だから……お願い。力を貸して!」
しばしの沈黙のあと、タローはふっと口元を緩めた。
「いいですよー。」
その言葉に、三人の顔がぱっと明るくなる。
「本当!?」 「やった……!」 「ありがとう……!」
「ちょうど王道ファンタジーが恋しくなってたとこですしねー。ちょっとばかり、お世話になりますかー。」
気まぐれで、でもどこか誠実な旅人。その出会いは、三人の冒険者にとってただの救助ではなく、人生の転機となる出会いだった。
こうして、タローと三人の少女たちは一つのパーティとなり、まだ見ぬ広大な冒険の扉を共に開くのだった。