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第2話 んー。ぼちぼちですねー。

 洞窟の中は、冷たい湿気と重苦しい闇に支配されていた。足元は所々ぬかるみ、天井からは時折、水滴がぽたりと落ちてくる。空気の流れはほとんどなく、閉ざされた空間特有の息苦しさが肌を這うように広がっていた。


 そんな不気味な静寂を切り裂くように、突如として響く悲鳴と金属の衝突音。


「リネット! もっと強い魔法をお願い! もう限界だよ!」


 必死の形相で叫ぶのは、やや筋肉質な体をした若き戦士・ミラ。大振りの盾を両腕で抱え、迫りくる魔物の鋭い爪を辛うじて受け止めていた。盾の表面はすでに無数の傷で歪み、ミラの額からは冷たい汗が滲み出ている。動きにキレがなく、体力の限界が目前であることは明白だった。


「分かってるわよ! でも、魔力が尽きかけてるの!」


 背後で声を上げたのは、漆黒のローブに身を包んだダークエルフの魔導士・リネット。険しい顔つきで手をかざし、辛うじて雷撃魔法を放つと、青白い閃光が魔物の一体を吹き飛ばす。しかし、その隙間を縫うようにして、別の魔物がすぐさま間合いを詰めてくる。


「お願い、もう少しだけ耐えて! 今、治癒魔法を……!」


 祈るように声を震わせたのは、エルフのヒーラー・エリア。額には疲労の色が濃く、必死に詠唱を続けながらも、その指先はかすかに震えていた。治癒の光がミラの傷口をかすかに癒すが、癒しの力は明らかに弱々しく、魔力切れが迫っていることを物語っていた。


 三人の周囲を囲むのは、黒い毛並みを持つ狼型の魔物たち。鋭い牙を剥き、唸り声を上げながら、じりじりと包囲網を狭めてくる。彼女たちの武器も盾も、すでに限界を迎えつつあった。体勢は崩れ、陣形も維持できていない。


「……これで終わりなの……?」


 ミラが無意識のうちに膝を折りかける。その瞳に宿るのは、戦士として最も忌むべき“諦め”の色だった。


 ──そのとき。


「おやおや、こんなところで何をしてるんですかねー?」


 洞窟内に、場違いとも言える軽快な声が響き渡った。


 三人が驚いて振り向くと、そこには、一人の男が立っていた。くすんだ旅装に身を包み、背に荷物も武器も背負わず、まるで散歩でもしているかのような呑気な表情で、のんびりと歩いてくる。


「だ、誰……?」


 リネットが思わず警戒の視線を向けた。油断はできない。ここは命のやり取りが行われている危険地帯。こんな状況で笑っている人物など、普通ではあり得ない。


「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでくださいな。ちょっと通りかかっただけの旅人ですよー。」


 男──タローは面倒くさそうに肩を回しながら、狼型の魔物たちへと視線を移した。


「ふむふむ、なるほどなるほど。なかなか強そうですねー。ですが……」


 タローが地面を軽く蹴った、その瞬間。


 彼の姿が、ふっとかき消えた。


 目にも留まらぬ速さで魔物たちの中へと突進し、気だるげな手つきで平手を一閃。


 ばちーん!


 乾いた音と共に、魔物の一体が吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられて気絶する。さらに詠唱すらせずに魔法を放ち、残る魔物たちも瞬く間に沈黙した。


 何が起きたのか理解できないまま、三人の冒険者はただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。


「うーん。上出来ですねー。」


 タローは衣服についた埃を軽く払うと、のほほんとした笑みを浮かべながら振り返る。


「さて、無事なようで何より。こんな場所でやられちゃったら、せっかくの冒険も台無しですからねー。」


 その声にようやく我を取り戻したミラが、震える声で尋ねた。


「……あ、あなた、一体……?」


「んー、ただの旅人ですよ。そっちこそ、こんな深い洞窟で何してるんですかねー? 随分ギリギリな戦いでしたよー。」


 図星を突かれ、リネットが悔しそうに唇を噛んだ。実力不足、準備不足──その両方を思い知らされた瞬間だった。


「……助けてくれてありがとう。でも、どうして、あんなに簡単に魔物を……?」


 エリアが恐る恐る問いかける。


「まぁ、慣れってやつですかねー。それに、こういう“王道感”のある冒険、最近してなかったので。ちょっと懐かしくて、つい手を出しちゃいましたー。」


 どこか楽しげにそう答えるタロー。その言葉に、三人は困惑しながらも、命を救ってくれた感謝が勝り、素直に頭を下げた。


「とりあえず、出口まで送りましょうかー? この先、もっと強いのが出てくるかもしれませんしねー。」


 その提案に、新米冒険者たちは何も言わず、ただ静かに頷いた。


 こうして、タローの気まぐれな冒険は、三人にとって忘れがたい出会いとなった。そして、それはまだほんの序章に過ぎなかった。

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