のちに子供に言い聞かせるための言葉になった
別作品で光魔法の使い手を連れて帰ったご令嬢の話。
「アディナ。辺境に光魔法の使い手を連れて帰ると聞いたが」
馬に括り付けようとしたが一応相手が女性だと思ったので仕方なく馬車に閉じ込めることにして部下に指示していたら婚約者のサリオンが声を掛けてきた。
「ああ。光魔法の使い手が居れば少しは楽になるだろうしな」
身動きしやすい軍服に身を包んで、動きの邪魔になるからと貴族令嬢らしくないといわれるが短く切った髪を揺らして告げると、
「そうか。なら、お土産を渡そうと思ったがやめた方がいいだろうか」
持って帰るのも大変だろうかと尋ねてくる宰相子息の後ろには拘束されている貴族令息が数人。
「何やらかしていたんだ。そこの奴らは」
「光魔法の使い手と王族が結婚した方が国のためになるのではないかという噂を広めようとした輩とそれに便乗して国の情報を他国に売りさばこうとした奴ら……の子供。親の罪に子どもは関わっていないのは調査済み」
縄を引っ張り青ざめて怯えている輩の顔がますます青ざめていく。
数人いるのに文官であるはずの宰相の子息のサリオンによって連れてこられた事実が恐ろしかったのだろう。
「それくらいの人数なら構わない。食費ぐらいかな。心配なのは」
「ああ。――辺境の防衛費を中抜きしていた貴族の子息もいるから実地でその体験させてやればいい。まあ、息子可愛さに慌てて中抜きした分を返却してくれるだろうし」
縄で縛ってあった貴族令息の一人の頭に手を置いてサリオンが告げると、
「ああ。それならいいか」
と乱暴に縄を引っ張って馬車に乗せる。
「馬車は辺境に向かって高速で進んでいく。途中で逃げようと思って馬車の扉を開ける勇気があれば引き止めないが、ずっと移動続きで落ちたら大怪我で済まないし、下手をしたら死ぬ。それより前に高速移動中で舌を噛んでもおかしくないのにそんなことを実行できるのなら勇者と言えるだろうな」
しっかり恐怖体験を教え込んでそれでも逃げようとする心をへし折っていく。
「辺境は悪くないところだぞ。私も経験済みだし。肉壁で終わるか心を入れ替えて中央に戻ってこれるか。それとも、その地に染まって国のために戦う覚悟を身に付けた戦士になるかはお前たち次第だからな」
サリオンもさらに脅して……いや、こいつなら本音で言っているのだろう。貴族子息の心をへし折って、きちんと調教するのがこいつのやり方だ。
何でこんな腹黒になったのかと確か数年前はこうじゃなかったのになと過去に想いを馳せてみた。
もともと文官の一派の宰相家グラジオン家と軍関係の一派の辺境伯フランク家は報連相をするが特に親しい関係ではなかった。
没交渉だったのが急に接近するきっかけは父の代理としてアディナが王城に上がったことだった。
「なんだこれ……」
来年度の防衛予算が大幅に削られていた。まだ本決まりではなく仮案だが、それにしてもこれが予算。
ぐしゃっ
書類を握り潰して、
「これはどういう事だっ!!」
怒りを必死に抑えようとしたものの完全に押し殺せなかったので殺気に似た何かを放っていて気の弱い文官が気を失いそうになっている。
「はいいいいっ!! 王太子殿下方が公務の勉強を兼ねて作成された書類だそうで……」
「決めたのは殿下か……?」
事と次第によっては最悪な事態を起こすぞと軽く脅すと、
「いっ、いえっ!! 宰相閣下のご子息ですっ!!」
宰相子息か。怒りに身を任せて、早歩きで王太子殿下の執務室に向かって行く。
「失礼しますっ!!」
返事を待たずに中に入り、宰相子息をすぐに見つけるとそいつの顔に書類を突き付ける。
「これはいったいどういうことだっ⁉」
大幅に削られた軍事予算が書かれた書類をそいつに突き付ける。
細身の自分よりも背が低い青年は面倒そうにこちらを見て、
「当然ですよ。今は戦争もしていないのにこんなに資金など必要としていないでしょう。それなのにどうしてこれだけの資金を請求するんですか」
意味が分からないとこちらを見てくる。
「軍を維持するために資金は必要だ」
「そんなもの必要ないだろう」
一刀両断してくる様に怒りが湧いてくる。
ぐいっ
首根っこを掴んで持ち上げる。思ったよりも軽く運びやすいと思ったので有無を言わさず連れて帰ることにする。
「離せっ!!」
抵抗しようとするが、抵抗らしい抵抗にも思えない。
「どうせ書類でしか認識していないんだろう。現実を見せてやろう」
そんな宣言と共に辺境まで連れてきたが、やはり書類でしか知らなかったのだろう。
確かに戦争はしていない。だけど、魔獣が何度も国を襲ってくるのを討伐して、盗賊の報告を聞いて軍を動かして、その盗賊が元他国の軍人だと判断されると尋問……拷問も視野に入れる。
「えっ…………魔獣って、ただそんなのがいるといって予算を請求しているだけじゃなかったのか」
「そんな訳ないだろう。戦争が無いのも今の時期が魔獣の繁殖期にあたるのが理由だ。繁殖期は防衛に徹していて人間同士で争う暇などないからな」
実際にはそんな存在がいると思っていなかったのだろう。車中で悲鳴を上げるだけで使い物にならないのを庇いつつ退治して、城砦に辿り着く。
「ここには魔獣が来ないから安心しろ」
魔獣除けの道具を使用しているのでよほどのことが無い限り襲ってこない。もし来ることがあるのなら魔獣除けの道具が壊れているか無くした時だけだろう。
……その場合辺境、または国に危害を加えたいものが侵入していると判断される。
「報告書と……全然違うじゃないかっ!!」
怒鳴ってくるが、それはこっちが聞きたい。何で戦争しないから安全だと軍事費を削っていいなんて反応されるのか理解できない。
「表向きは戦争はしていない。だけど、水面下では情報戦が普通にあるし、互いに魔獣の被害を最小限にしたい」
「魔獣の被害が何でここに出てくるんだ……?」
「察しろ。――他国に魔獣が押し寄せてくれれば自国の被害が少ないだろう。そのために防衛線を破壊したいと思うのは当然だろう」
「…………我が国も同じことをしているのか?」
「さあ?」
性善説を唱える王ならしないだろうし、そんな事をする輩のいる国では結果的に魔獣の繁殖を妨害しないので魔獣を増やす要因にしかならないだろうからしていないと思いたい。
「だから、魔獣を間引く必要があるから軍は必要だ」
それなのに削るなんて馬鹿なことしようとするから怒りが湧いた。
「そっか………………すまない」
叱りつけたら心から申し訳なさそうに頭を下げる。
「さっきまでの勢いはどうしたんだ?」
大人しくなりすぎて別人かと思った。
「私だって反省はする!! それに…………」
少しだけ困ったように。
「たっ、助けてもらったのにあの態度はいけないだろう」
少しは反省しているんだといい返してくる態度に、
(なんだこいつ。可愛いな~)
毛を逆立てた猫みたいだな。
魔獣が良く出る辺境でもそんなの関係ないとばかりに塀の上で我が物顔で歩いて魔獣にすら爪を立ててくるさまが可愛かったのだ。
「そうか。良い心がけだ」
褒めて頭を撫でると、
「人を物分かりの悪い子供扱いしていないか……」
「いや。小動物扱いをしているだけだ」
「もっと悪い!!」
「いや、子供扱いとか年下扱いはないだろう。年齢は同じはずだから」
貴族図鑑を見て覚えたから確かだと思って告げたら、
「同じ年齢……いや、それはいいのか……悪いのか……」
何かぶつぶつ文句を言っていた。
ちなみに、屋敷に戻ったら執事とメイド長に、
「「お嬢さまが未来の結婚相手を見付けてきた……」」
と泣かれたのが理解できなかった。
「武器もいちいち修理しないといけないのか……」
辺境の生活にサリオンは少しずつ慣れてきて、何かできることが無いかと尋ねてきたので、
「資金運用が少しは楽になるかもしれない」
と内政を手伝ってもらった。
「婿を拾ってきたのか?」
「姉さま。跡を継ぐための旦那様見つけたんですか?」
そんな様を見て、領地の見回りでなかなか帰ってこなかった父と年の離れた弟がそんな反応をするが、
「なんで執事とメイド長のような反応をするんだ? それに跡継ぎはお前だろうロイ」
「いえ……戦闘ではあまり役に立たない僕よりも姉さまの方が」
「戦闘ではなく。自分の手持ちの札で何が辺境の役に立つのかを考える方が辺境伯として必要なスキルだろう。第一、サリオンは未来の宰相だ。辺境にはもったいない」
自分で言って残念に思ってしまった。最初こそ印象が悪かったが、今は彼が居てくれて助かっているから。
後、宰相の息子を使えるうちに重宝して使い続けろと言われていたのでついこき使ったが、実際には誘拐だなと気にはなった。だがサリオンが居てくれて助かるのでそのままいろんなことをさせ続ける。もちろん賃金も払うが。
でも、宰相子息をここまでこき使って賃金が少ないかもしれないと悩んでいたら。
「んっ?」
何かに気付いたようにサリオンの声が漏れている。
「どうした?」
一枚の書類を見て首を傾げているサリオンに声を掛けると、
「数がおかしい……」
いきなり計算を始めるとともに、
「やはりだ」
と呟く。
「なんだ?」
「この金額が軍資金の額として政府から払われた金額だが、殿下と共に内政を勉強していたらこの年の金額はこれの四倍あったんだ」
「はあぁぁぁぁぁぁっ⁉」
何を言っているんだ。この四倍だったらどれだけ楽だったか。武器を騙し騙し使って、食料をまず必要な者たちに渡して後は少ないのを我慢してもらっていたのに。
「そして、この関税……。なんで辺境伯の荷物だけ関税が多くかかっているんだ」
いくつかの書類を見ていき、サリオンの目が鋭くなった。
「――気に食わないな」
「サリオン?」
「どうやら、中央の目が行き届かないからという理由で辺境に不利な条件を叩き付けた領主がいるようだな」
そこまで呟くと。
「アディナ。辺境伯はロイ殿が継ぐんだよね」
「そうだけど……?」
何当たり前のことを。
「アディナは成人したらどうする?」
「結婚が決まれば領地から出るな。領内だったらそのまま前線で戦うつもりだが」
肝心の婿が見つからないのが問題だが、領地や家に有利であるのならどんな結婚でも受け入れる気はあるのだが。
「そうか。………手段と目的が逆になったのが個人的に気になるが、個人の考えはこの際置いておこう」
「サリオン?」
何か考え込むように呟くと、
「アディナ。婚約しないか」
「はあぁぁ!?」
何でいきなりそんなことを言いだすのかと思わず叫んでしまうと、
「辺境を舐めているというか馬鹿にしている。この件に深く関わるためには今のところ証拠がない。だけど、ここで私とアディナが婚約をすれば我が家から突ける場所があるからね」
それからの展開は予想外だった。
サリオンの家と婚約したことで今まで辺境を田舎者扱いして足元を見ていた貴族の後ろ暗いやばい罪状が次々に表に出てきて、その罪状の一つに辺境に対しての法外な関税もあったのだ。
国の資金を横流し。中抜きしていたという事実で次々と家が取り潰し……しなくても爵位が下げられる始末。
「さすがにやり過ぎだと言われたから。そろそろ手を緩めるつもりだけど――辺境の状況を知らないからそんな愚かな考えが浮かぶんだと思うんだ。私もそうだったし」
そんな話と共に気が付くと貴族令息は数年軍に所属することが決定した。しかも、此度の騒動で罪状が分かった者たちはそれからまた数年延びるとか。
しかもお飾りではなく魔獣退治などと言う実戦を行う方向で。
「無事に生きて帰りたいのなら肉壁以外に役に立つというところを見せるといい」
「「「「「「はいぃぃぃぃぃぃぃ!!」」」」」」
最初に会った時のひ弱な青年はどこ行ったのかと言うかのような鬼軍曹ぶりを発揮している様に、驚くよりも先に好みの男だなと見とれてしまう。
そんなことを告げたらサリオンは顔を赤らめて、
「好きな女性に好きになってもらうために努力したから当然だ」
と言ってくる様に、ならばわたくしも努力しないとなと決めてグラジオンに輿入れをするために目下勉強中だ。
だけど、結婚する前だからこそ。フランク家というか国の仇になる輩の再教育という名の辺境送りに今日も精を出すのだった。
悪いことをしたら辺境送りになるよと子供に言聞かせる言葉になるのは複雑だが。
出会った時は小柄で頭でっかちだったけど、好きな女性のために鍛えてそこそこの体格になったサリオン。