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第一話 騒乱の前

 (れき)王国(おうこく)アルピアは、あまたの大国がひしめくゼノア大陸において、海に突き出た半島に王都を構えている。

 その領土は広く、半島を出て大陸に食い込む形で湖や山岳地帯、そして内陸に広がる砂漠の一部までも有していた。

 巨大な港湾としても機能する王都は、船と陸路で大陸内外から様々な物資や文化が運び込まれる繁栄の地でもあった。


 隆盛し続ける歴王国アルピアだが、かつては領土の大半が魔物の巣窟であり、とても都市を築けるような場所ではなかった。そんな暗黒時代は五百年前に一人の英雄が現れたことで一変。

 建国の祖である人物、聖アルピアスは大陸の外にある異国より追放され、この地にたどり着いた、とある貴族の末裔。

 荒れ果てた大陸で魔物に苦しむ人々と出会い、聖アルピアスは多くの仲間と他大陸より集まった賢者、英雄と協力し魔物を追い払うと、自らが最初に降り立った地に歴王国アルピアを建国した。

 その後、王国は海路と陸路を活用して大陸中に物資を効率的に運び、驚異的なスピードで成長を遂げ、ものの百年で大陸中に都市を持つほどの大国家となった。

 現在の人口は王都だけで十万人。各都市部にもそれぞれ数万人を超える規模の民が住んでいる。


 戦いと繁栄の歴史を持つ歴王国アルピアの物語。けれど、領土の端っこの山に住む田舎者のエールにしてみれば、そんな昔話は寓話と区別がつかない。

 一年を通し村人以外とはほとんど顔を合わせないエールにとって、数百年前から発展を続ける王都の賑やかさは、むしろ異質なものに感じられた。


「すっごい人だな……これ、全員参加する騎乗者(きじょうしゃ)なんだ」


 王都のメインストリート。

 石畳が敷かれ、背の高い建物に囲まれるそこは『黄金(おうごん)(どお)り』と呼ばれる商店がひしめくにぎやかな場所。金貨が行きかうことから付けられた、何とも景気の良い名前の通りだ。

 そして今、黄金通りは前が見えないほどの人だかりで埋め尽くされていた。

 歩く度に、誰かと肩が触れる。かといって立ち止まれば、ぎゅうぎゅうと人と人とが押し合うような状況だ。


 みな、レースの参加者。騎乗者である。

 王国領内を一周する大レースは、国民にとって最高の娯楽。

 開始直前の王都には、じりじりと焙るような熱が籠っていた。

 そんな中、エールは先ほどからしっかりとヒポグリフ――クックの手綱を握り、通りの端っこにちょこん、と陣取っている。


 王城で参加受付を行い、簡単なルール説明を受けてここでスタートの合図を待つよう案内されたのだが――どうも、人込みは苦手だ。

 もう、開始時間まで裏路地にでも逃げ込もうかと思って人込みから一歩引くと、その背が何かにぶつかった。

 振り返れば……大柄の男が「うーむ」と唸ってエールを睨みつけていた。


「わっ、ご、ごめんなさい!」


 慌てて謝ると、すぐに体を引き離す。

 大男の表情を伺い知ることはできない。頭にフードをかぶり、口元を頭巾で隠しているから。

 鋭い眼光だけが顔に浮きあがり、ジッとエールを見つめていた。

 感情のない瞳に、エールはぞっと背筋を凍りつかせてその場を離れる。

 王国最大のイベントには、ああいう物騒な人も参加するのかと今更ながら後悔してしまう。


「大丈夫かな、こんな調子で……もう不安になってきちゃった」


 都市部にも慣れていないのに、これから今のヤバそうな雰囲気の男とレースを行うのだ。何をされるか……今から不安で仕方がなかった。

 エールは気持ちを落ち着かせるため、今回の出場目的を思い返す。

 ポキラから騎乗旅参加を勧められた翌日、すぐに長老へと掛け合った。

 騎乗旅に参加し、上位入賞という立派な結果を出すことが出来たら、クックを食肉として出荷する計画を取り消してほしいと。

 長老は驚きながらも、けれど参加費用の出所も聞かず、「出来るものならやってみろ」とエールの出場をあっさりと認めてくれた。

 折角、手に入れた挽回のチャンス――それを無駄にしないためにも、旅が始まってもいないのに、怖がっている場合ではない。

 騎乗旅で上位入賞……三位以内に入らなくてはいけないのだから。


「クルルゥ!」


 と、エールが手に汗を握りしめて緊張していると。

 クックが手綱をぐいぐいひっぱって、勝手に人込みへと進み入ってしまった。


「えっ、ちょ! クック、急に動いちゃダメだよ!」


 静止も聞かず、クックはずんずんと人をかき分けて前進。黄金通りの端っこで縮こまるエールとは逆に、クックは器用に人と騎乗(きじょう)(じゅう)を避け、小走りに進んでいく。


「クルっ!」


 やっと止まった。と、思えば。

 クックはご機嫌で鳴くと、一匹の馬に頭をすりすりと擦りつけ、友愛行動。

 それは誰かの騎乗獣だろう、銀の清流を思わせるたてがみを持った、白馬だった。

 ヒポグリフは、グリフォンと馬の混血。人間でごった返す王都において、半分でも自分と同じ生物を見つけて気になったのかもしれない。


「ああ、馬に挨拶したかったのか……お前の遠い親戚みたいなものだからね」


 と、クックの背を撫でていると。


「ちょっと、馬とは失礼じゃない」


 背後から声を掛けられ、エールが慌てて振り返る。

 エールよりも少しだけ身長が高く、腕を組んで立っていたのは、一人の女性。

 年齢は、たぶん自分とあまり変わらないくらい。

 けれど、エールは。


(わぁ、綺麗な人だな……)


 思わず、少女の姿に見とれて挨拶すら忘れてしまっていた。

 人込みの中で、彼女の姿だけが鮮明に掘り出したかのように、その場にはっきりと存在した。

 最初に目についたのは、真っ赤な長髪。

 風に踊る朱色は、上質な染物を思わせる艶やかさと気高い輝き。

 眉を吊り上げてこちらを睨む瞳は、薄い琥珀色。そして、ちょっと目つきが鋭い。

 けれど、所々。桃色の唇や丸みの残した頬など、隠れた可愛らしさも垣間見える。

 堂々とした迫力の中に、幼さと可愛さを残る――けれど、彼女を形作るのはそんな単純な要素だけではない。

 エールには無い、どこか慄然とした人としての存在感を纏っている。それが、世間でいうところの“気品”であることに気が付いたのは、彼女が身に着ける高級そうな服装から。

 薄い桃色の騎乗服には、汚れ一つ見当たらない。トレードマークのように、赤い剣を模した刺繍が肩と胸元に施されていた。

 手袋やブーツに至っては、皴の少ない新品。上質な革の匂いが漂ってきそうだった。


「あ、えっと……すみません、あなたの馬ですか?」


 エールが頭を下げると、少女はむっと頬を膨らませる。


「だから、馬じゃないってば。ほら、グリン。あなたの翼を見せてあげなさい」


 言って、少女が馬の背を叩くと。

 クックが頬ずりしていた白馬。その背中からドッと燐光があふれ出す。

 白馬の背に、二対の純白翼が出現。神々しい輝きを放つ翼に、エールは目を丸くした。


「こ、これは……天馬だ!」

「そうよ。そこら辺の農耕馬なんかと一緒にしないでちょうだい」


 少女は腕を組み、ふん、と鼻で笑った。

 天馬。

 美しい見た目に比例するようにプライドは高く、天馬のほうが騎乗者を選ぶともいわれるくらい気位の高い騎乗獣だ。よくよく見れば、大きさも普通の騎馬よりも一回り大きい。

 きっとヒポグリフと同じくらい、飼育が難しくて数の少ない珍しい騎乗獣。

 そんな貴重な騎乗獣を有するということは、主である少女は間違いなく一般人ではない。


「し、失礼しました……もしかして、貴族の方――ですか?」

「そう。貴族の方」

「あ、そ、それは、重ね重ね、失礼を」


 エールがぺっこりと深く頭を下げると、つられてクックも「クルクル」と楽しそうに鳴いて頭を下げる。どうやら、こういう遊びだと思われているらしい。

 低姿勢なエールと、無邪気なクック。

 そんな一人と一頭に毒気を抜かれたのか、少女は眉根を下げ、小さく笑って首を横に振った。


「顔を上げなさい。騎乗旅に参加する以上、そこに身分の差なんて無いんだから」

「そ、そういうものでしょうか?」

「それはそうでしょ。あなたも私も同じ参加費を払い、同じ条件で騎乗旅に臨むんだもの。貴族、平民、なんなら奴隷や犯罪者だって、ここでは同列よ。みんな一人の騎乗者と、その騎乗獣でしかないんだから」


 言い終えると、少女は頭を下げるエールに手を差し出す。


「と、言うわけで、ちゃんと挨拶しましょ。リネーリア・ゴウザガレスよ、よろしく」

「エール・ロドワウです。こっちはヒポグリフのクック。大変、失礼しました。リネーリア様」

「だから、気にしないでって。それに、『様』は無しで行きましょう。気を使われているようで、全力で戦えないもの」

「は、はぁ」


 聞けば、リネ―リアの年齢は、エールより二つ上の十七歳。彼女はゴウザガレス男爵家の令嬢だという。

 男爵は多くの騎兵を抱える“(せき)(てつ)騎士団(きしだん)”の団長も務めており、豪壮として知られる貴族。その役割は小領主のそれに留まらず、国内で一揆や謀反が起これば真っ先に飛んでいき、優れた騎馬術と武芸を持って鎮圧する、生粋の戦闘集団だという。

 そんな荒々しい男爵家の娘、リネ―リアも自ら語る家柄に違わず、大きなアーモンド形の瞳には爛々と力強い輝きを浮かべていた。


「私のことはリアでいいから。親しい者は、皆そう呼んでくれるし」

「そんな、恐れ多いですよ、呼び捨てなんて……」

「そう? でも、今のうちに慣れたほうがいいと思うわよ。私ごときに委縮するのなら、今すぐレースを辞退したほうがいいわ」

「私、ごとき?」


 貴族の一人娘。

 それはきっと、このレースに集まる者たちの中でも屈指の身分の高さ。

 しかし、リアが視線で示す先。同じく目を向けたエールは、今度こそ言葉に詰まった。


「あ、あれは……」


 エールの肩が震える。

 視線の先――そこに文字通り、『住む世界の違う人』が立っていたから。

 彼女の周囲だけ、明らかに空気が違うのが分かった。

 そこには長身にして壮美な人物が佇み、周囲の騎乗者と気さくに会話を楽しんでいる。

 白を基調とした騎乗用のジャケットには豪華な金の装飾がなされている。それは王族が身に着ける、勝負服。

 金の髪をドキッとするくらい短く切りそろえ、長くて細い足でブーツを履きこなす姿は細身の男性のように見えるが、その人はれっきとした女性である。

 男装の麗人を思わせる格好の人物は、歴王国アルピアに住まう者なら誰もが知る人物。


「歴王国アルピアの第三王女、エスワード・アルピアス様ね。確か先月、二十歳を迎えられたとかで、お父様も式典に呼ばれていたわ。あんな王族からしたら、私なんて平民と大差ないでしょうね」


 嘆息するリアに合わせ、エールもゆっくりと頷いた。

 貴族のリアがため息を漏らすような大物は、エールにとっては言葉を交わすことすら憚られる高貴な人物でもある。

 さらにエールの言葉を失わせたのは、エスワードの隣に並ぶ彼女の騎乗獣。

 付き従うように控えるのは、青白い体毛を持つ大型の肉食獣である。

 狼――では、無い。もっと大柄。体長は馬よりも少し小さいくらい。

 それは、“(しん)(ろう)”と呼ばれる王家の血筋にだけ忠誠を示す希少な生物。

王族のみが所有し、忠誠を得ることの出来る神の獣である。

 自ら繁殖は行わず、寿命もない。

 高貴な血筋の者の魔力を糧とし、半永久的に存在することが出来る魔法生命体である。


 歴王国アルピアの国旗には、遠吠えする狼の紋様があしらわれている。

 元は流浪の民であった建国の祖、聖アルピアスは孤高の狼をシンボルとした軍旗を掲げ、多くの仲間を率いて大陸解放の戦いに臨んだ。

 自由と気高さを併せ持ち、純粋な野性をむき出しにする狼は歴王国アルピアにとって象徴的な生き物だった。

 そして、それがエスワード第三王女の騎乗獣でもある。


「神狼……あんな騎乗獣も参加するなんて、いよいよ場違いな気がしてきたな」


 ヒポグリフも世間的に見ればかなり珍しい騎乗獣だが、神狼はもはや伝説クラス。目の前に鎮座しているのが、信じられない心境だった。


「ビックリするわよね、こんな間近で王族と神狼を見られるなんて。でも、心配する必要はないわ。ああいう高貴な方も、このレースでは参加者の一人。忖度する必要も、手を抜く必要もないってこと」

「そ、そういうものですか?」

「そうよ。っていうか、逆に委縮して手を抜こうものなら、騎乗者として侮辱されたと思われるかもね。そうなったら不敬罪で牢屋に直行よ」

「……ですよね」

「だから、エールも肩の力を抜きなさい。全力で戦うことこそ、私たちに対する最大の礼儀なんだから」

「はい……覚えておきます」


 リアの笑顔。けれど、その目は笑っていない。好戦的な色が混じるのは、きっと彼女の性格なのだろう。

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