ニクシー
太陽が遮られた曇天の放課後、薄暗い教室で三人の男子生徒が恋バナに花を咲かせていた。
「それで、徹は誰なんだよ」
バスケ部に所属している大地が徹の態度に焦れて語尾を強める。
「そんな人いないって……」
徹は相変わらず愛想笑いを浮かべて頬をかく。
「健全な男子高校生なら、ちょっと気になってる。って人いるだろ?例えばアンナ先生とか」
適当に乗り切ろうとしていたところ、眼鏡をかけた秀才の直之が追い打ちをかけてきた。
アンナ先生。
アンナ・シュルツはドイツから日本へやってきて、今期から外部講師として女子の体育を担当している。学生の頃は水泳をやっていたらしく、水泳部のコーチとして女子に泳ぎを教えていたりもする。
同じく水泳部に所属している徹も何度か泳ぎを教えてもらったことがある。
「あー、今年うちに来た、あのボンキュッボンのスタイルのいい外人か」
大地はアンナ先生の体をなぞるように両手を動かし、いやらしい笑みを浮かべて言った。
若くて綺麗な女性教師は男子の間で人気があり、徹も例に漏れず上の空になっていると「そういえば」と直之が眼鏡を片手で持ち上げ、口を開く。
「ニクシーっていう妖精を知っているか」
「いきなりなんだよ、知るわけねえだろ」
夢から起こされたとばかりに大地が苛立たし気に舌打ちし、背もたれにもたれかかる。
徹はとりえあず先を促した。
「ドイツで伝わっている妖精の名前で、特徴としては金髪の美しい女性の姿をしており、常に衣服の裾が濡れていると伝えられている。男性を誘い込んでは水中に引きずり込むらしいんだが」
直之はその先を言うのをためらう様に語尾が徐々に小さくなっていく。
何を言いたいのか察した徹は補足するように問いかけた。
「それが最近で二度も起きた、男子生徒の溺死事件と関係しているってこと?」
「いや、ばかげた話だと思っているがアンナ先生がこの学校に来てから溺死事件が二件も起きたからな。関係ないと思いたいが」
溺死事件。
アンナ先生がこの学校に来てから、男子生徒が学校の裏側にある湖で溺れる事件が二件起こった。
警察が捜査した結果、湖で遊んでいる最中の不幸な事故ということで処理された。
それがニクシーという妖精。つまりアンナ先生の仕業じゃないかと直之は主張しているのだろう。
曇天の中、薄暗い教室が沈黙に包まれていた時だった。
「GutenTag。君達まだ残っていたの?」
突然、教室のドアが開き、綺麗な金髪をした背の高い女性であるアンナ先生が入ってきた。
急な訪問に三人は「わっ」と短く悲鳴を上げる。
その様子に首をかしげるアンナ先生に徹は頬をかき、気まずい笑みを浮かべた。
「あはは、僕ら今から帰るところなんです」
「あらそう、学生の本分は勉強ですから、テスト期間中は早く帰らないといけませんよ」
そう言って片目を閉じる。
陽気なアンナ先生の登場によって空気が和み、三人は憑き物が落ちたような顔になった。
「はいっ!ただちに帰宅し、勉強してまいります!ほら、徹、直之。さっさと準備をしろ」
大地が立ち上がり二人を急かす。
突然リーダー風を吹かし始めた大地に徹と直之は顔を見合わせて呆れたように首を振った。
「そうだ、徹君には手伝ってほしいことがあるから私と一緒に来てくれる?」
「えっ?あっ、はい。分かりました」
徹はためらいながらも返事をすると、大地が二人の会話に割って入ってきた。
「待ってくれ、それなら俺が手伝うぜ。力自慢ならこいつに負けねえぞ」
半そでの制服を捲って筋肉を見せつけるもアンナは申し訳なさそうに両手を前で合わせ合掌する。
「気持ちは嬉しいけど、水泳部の徹君にお願いがあるの。ごめんね」
「そ、そんなぁ」
情けない声を出して、とぼとぼと直之を連れて大地は教室から出て行く。
水泳部という言葉を強調されては、自分の出る幕はないと悟ったのだろう。
二人っきりになった徹にアンナ先生は「付いてきて」と声をかけ一緒に廊下へと出た。
ぽつぽつ。
ぽつぽつ。
アンナ先生が歩くたび、ぽつぽつとワイシャツの裾から水滴が床に落ちる。
(飲み物でもこぼしたか、手を洗う時にでも濡らしたのかな)
特に深く考えずに徹はそのまま後をついて行った。
学校を出て、裏側にある林を通り抜けると大きな湖が視界に広がった。
学校裏にある大きな湖は直近で溺死事件のあった場所だ。
(そういえば、直之はアンナ先生が犯人じゃないかと言っていたな)
徹の鼓動が早くなる。
「あの、ここで……何をするんですか?」
恐る恐る尋ねるとアンナ先生は振り返って小さく笑った。
「秘密」
頭上から、ぽつっと水が落ちてきて見上げると黒い雨雲が空を覆っていた。
(男性を水中に引きずり込む妖精。まさかね……)
そんなことを考えていると、カチャっとベルトを外す音が聞こえてくる。
徹が前方に視線を戻すと、アンナ先生がちょうどズボンを脱いだ所だった。
「な、な、なんで脱いでるんですか!」
筋肉の付いたむっちりな太ももがあらわになり、ワイシャツがお尻を隠すように揺れている。
慌てた徹の声を無視して上着も脱いでしまう。
「ん?心配しないで。これ水着だから」
「そういう問題じゃありません!」
大事なところだけを隠した下着のような白い水着だった。
部活で見る競泳水着よりも露出が多い。
大きく膨らんだ胸が窮屈そうに存在を主張している。
「ほら、徹君も早く脱いで」
予想外の要求に徹は顔を赤くして叫ぶ。
「な、なんでですか!」
「ほら、は~や~く。先生にだけこんな格好させるの?」
アンナ先生は大きな胸を強調するように両腕を交差さえ、上目遣いで唇を尖らせる。
そんな風にお願いされて断れる男はいない。
徹は慌てて制服を脱ぎパンツ一枚になった。
それを確認すると、アンナ先生は湖の中へと入っていく。
「徹君もおいで」
両手を広げて煽情的な表情で誘うアンナ先生に抗えずに徹も湖へと足を踏み入れた。
徐々に深くなる水深。
体の半分ほどが浸かったところで、アンナ先生は立ち止まり徹と向かい合った。
「ねぇ、気持ちいいね」
「ええ、だけど、そろそろ戻らないと雨が……」
徹は頭上の雨雲を見上げた。
先ほどよりも水滴の落ちる間隔が短い。
それを知ってか知らずがアンナ先生は気にするそぶりを見せずに徹の目を見つめ続けている。
「あの、だから雨が……」
ふふと微笑み、水中で徹のパンツに両手をかける。
「アンナ先生?」
そのままパンツを脱がされてしまった。
「ひゃっい」
思わず甲高い裏声を上げる徹に微笑み、自らの水着にも手をかけて水中で器用に片足ずつ脱いでいった。
アンナ先生の右手にはさっきまで穿いていた白い水着が握られている。そして、脱いだ水着ごしに徹の手を掴み湖の奥へと誘導した。
「こっち」
「う、うん……」
もはや雨のことなど忘れて導かれるまま付いていく。
何かを期待したように徹の顔は真っ赤に染まっている。
足のつかない深い場所までくると、二人は抱き合う様にして水中の中へと沈んでいった。
しばらくして、水面から顔を出したのはアンナだけだった。
唇をペロリと舐めて妖艶につぶやく。
「Es war sehr lecker。ごちそうさまでした」