死の女神と死者の主 上
ニールティー女神から死の宣告を受けたとき、すでに自分の罪がなにかわかっていた。自分でいうのはどうかとは思うが、私はずっと法の守護者と言われるほどに清廉潔白に生きてきた。
そう、私の罪はたった一つしかない。
そして、その咎を最愛の妹にも負わせてしまっていた。
ヤミーは優しい子だから、私が死んだあと責任を感じてしまうだろう。
私はそれが嫌だった。
私は息を切らしながら家に向かって走って行った。
家に着いたその時、内から扉が開いた。
「兄さん!遅かったわね。大丈夫だった?」
ヤミーは家から飛び出し、私に抱きついてきた。
私は彼女を剥がしながら言った。
「ヤミー、こういうことはあまりしないほうがいいよ。」
「わたしと兄さんの仲じゃない」
「それでもだ。僕もいなくなるのだから」
ヤミーの頬から、赤みがさあっと引いていった。
顔面蒼白となり、声を振るわせながら、ヤミーは私に聞いた。
「…どういうこと?」
「そのままの意味だよ。僕は、これからここからいなくなる。」
「じゃあ、何処に行くの?わたしもついてくわ」
「それは、…今は言えない。だけど」
私はそこで少し言い淀んた。もしかしたら、余計な期待を持たせてしまうかもしれない。それでも、言わない訳にはいかなかった。
私のかわいい妹が、私がいなくなってもちゃんと生きていくために、何かすがるものを作ってあげようと思った。たとえそれが、いずれ絵空事になり得る物だとしても。
「…向こうが良いところだと分かったら、きっと迎えにいくよ。僕はすぐ行かなきゃいけないけど、今はヤミーをそこに連れて行けない。」
「どうしても?」
「どうしてもだ。もし、向こうがあまり良くないところだったら、僕がちゃんといいところにしてから迎えにいく。だから、ここでいい子で待っていなさい。」
それを聞くと、ついにヤミーはポロポロと涙を流し始めた。
「いやよ。わたしの居場所は兄さんの隣で、兄さんの居場所はわたしの隣、そうでしょう?
生まれてからずっと、…いいえ、生まれる前からそうやって一緒に過ごしてきたじゃない。
今となって自分の半身と別れようなんて、そんなこと、できると思うの。兄さんだって同じじゃないの」
そんなの当然だった。天界でも、地上でも支え合って来た、私の自慢の世界一かわいい妹。
別れるなんて、私だって考えたくもなかった。
それでも、この身が死に近づいて行くのを私ははっきりと感じていた。そして、それから逃れようのないことも身にしみて分かっている。
この別れがもはや避けようがないということを私は受け入れなくてはならなかった。
だから、このときの私はヤミーのことだけを考えた。置いて行く彼女のために私ができることをするのが、死ぬ私の義務だと思った。
私はヤミーを抱きしめた。
「兄さんはね、おまえが元気で過ごしてくれたなら、それだけでいいんだ。僕のことは心配しないで。さよならだね、ヤミー。愛してるよ。」
そう言い終わったその時、ふっと意識が遠のいた。
頭の中にニールティー女神の声が響く。
「ヤマさま、猶予は終わりです。」
意識が消える直前、ヤミーが私を呼ぶ声を聴いたような気がした。