太陽神の息子と娘
ここで、私の生い立ちの話をさせてほしい。私の罪と深い関わりがあることだ。
私の父は太陽神スーリヤ、母は雲の女神サンジュナーだ。私は二人の長男として生まれた。
私には双子の妹が一人、弟が三人いる。
妹はヤミーといって、私は誰よりも彼女をかわいがった。双子なのでよく似ていると言われていたが、彼女のほうが格段に美しいし、可愛い。
一番上の弟はシャニで、彼はスーリヤと母の侍女・チャヤの間の子供だ。私とは異母兄弟ということになる。しかし、詳細は省くが父に不貞をする意思はなかったので、私達との境遇の違いはあまりなかった。
下の弟二人は双子だった。生まれたときはそれぞれ別の名前がついていたが、あまりに見分けがつかない上、いつも一緒にいるので、まとめてアシュヴィンと呼ばれていた。
はじめに言ったように、その頃私は妹・ヤミーと共に地上に住んでいた。
私たち二人が父の家を出て、地上で暮らしているのには理由があった。
私たちが権能を持たなかったからだ。
神は権能を持たなくては一人前とはいえない。シャニやアシュヴィンたちがそれぞれ権能を得てからも、兄姉である私たち双子はいつまで経っても権能を得ることができなかった。
我が父スーリヤは、天界で神々の王に次ぐ地位を持つ。その長子である私達には生まれた時から大きな期待が寄せられていた。しかし、権能を得られない事が分かると、その期待は落胆に変わり、やがて落胆は侮蔑へと変わっていった。
とうとう私と妹は、天界にいることが耐え難くなってしまった。特に妹は精神的にずいぶん参ってしまっていたようだ。私は父上に頼み込み、妹と共に地上に降ろしていただいた。
それからは、妹も安定してきていたはずだ。少なくとも、私の目にはそう見えた。
ここからが私の罪の話だ。
始まりは妹の思いつきだった。いや、世迷い言と言ったほうがいいかもしれない。
ある日藪から棒に、ヤミーは言った。
「ねぇ兄さん、わたし達に権能がないのは、わたし達が人類の祖になるためなのかも。」
「ヤミーはいつも想像力豊かだね。そういうとこ好きだよ。」
「えへへ。だからさ、地上の未来のためにもわたし達で子供を作ろうよ。」
私は啜っていた飲み物を噴き出し、咳き込んだ。
「大丈夫!?焦って飲むからよ。」
「あ、ああ、いやそうじゃなくて、子供を作るって?、僕と?」
「そうよ。さあ、兄さん。私と結婚しましょ?」
思えば、これが私達の…いや、私の罪の始まりだった。
わたしは慌てて止めようとした。
「ヤミー。知らなかったのかもしれないけど、兄妹は結婚できないよ。司法神と友愛神がそう天則を定められたんだ。」
「そうなの?初耳ね。」
「うん、だから僕らも結婚できないんだよ。」
しかし、ヤミーは引き下がらなかった。
「でもわたし達はお母さまのお腹の中で許婚として創られたのよ。」
「誰が言ったのさ、そんなこと。」
「技巧神のお祖父様。」
「そっかー、僕は聞いてないけどね。」
私が必死にどう説得しようか考えている間に、ヤミーは畳み掛けてきた。
「兄さん、わたし兄さんのことが好きなの」
「僕もヤミーのことが大好きだよ。」
「知ってるわ。」
なぜか私にはヤミーが泣き出す寸前のように見えた。
「だから、同じ寝床でともに寝ましょう?たとえ夫婦とはなれなくても、そのように兄さんに身を委ねたいの。さあ、私と愛欲に耽りましょうよ。」
「司法神ヴァルナ様は水底にいながら全てを見通す。隠し事は通じない。おまえは僕以外の他の恋人を作りなさい。」
「兄さんのいじわる。わたしは、太陽神の目すらしばらく欺くつもりよ。兄妹で交わるのが罪だというのなら、その責任もわたしだけで背負うわ。」
「ヤミーは美人でかわいいから、きっと探せばすぐ恋人ができるよ。それこそ僕よりもずっと素敵な人が。」
「ごまかさないで!わたし兄さんが、…ヤマが好きなの。もう一度言うわ。わたしと交わりましょう、兄さん。」
「姉妹を抱くのは、法と天則に背く事だ。」
「でも愛と実利は得られるわよ。人類の祖となるのだから。」
「それが得られても、法を犯したらしょうがないだろう。僕以外にしなさい。」
「いくじなし。どうせ兄さんはわたし以外の女を抱くんでしょ。」
「そういうものだよ。ヤミーも僕もいづれ他の人を見つけて、その人と結婚するんだ。」
そう言われて、やっとヤミーは少し納得したように見えた。しかし、それは私の勘違いに過ぎなかった。
「でも、わたしは権能を持たないのよ。そんなわたしと結婚してくれる人がどこにいるというの。わたしは天界でされた仕打ちを忘れたわけではないわ。」
「それは…。」
「ねえ、兄さん。一度だけでいいの。わたしを抱いて頂戴。わたし、権能の代わりに何か役目が欲しいの。兄さんも一緒でしょう。」
そう言われて、とうとう私は折れてしまった。無論、妹の強情さや、彼女への愛しさもあった。しかし、きっと思った以上に、私自身も自分が権能を得られないことに疲れて果てていたのだろう。
私達は家に入る太陽《父上》の光を全て遮って、同じ寝床に入り込んだ。
これが私の罪だ。わたしは実の妹と愛欲に耽っていたのだ。
しかし、その後しばらくして神々《デーヴァ》は人類の祖を選んだ。選ばれたのは私達ではない。
梵神ブラフマーと、彼の妃にして娘である河の女神サラスヴァティの間の息子、マヌだった。
どうやら彼はその少し前に父の養子になっていたようで、父の別名から太陽神の息子のマヌと呼ばれだした。
私達が望んでいた『人類の祖』の役割を、彼は完璧に担った。
マヌが地上に降りると、あっという間に大地は人間で満ちた。
マヌは彼らの王となり、法を作り、国を治めた。
ヤミーと私の仕事はそこにはなかった。
私達が彼の役目を奪えるわけもなかった。奪おうと思ったことすらない。
やがて、私達は人間の手伝いをして暮らすようになった。
しかし、私達はまだあの行為をやめていなかった。
理由を幾つか挙げることもできる。しかし、そんなものはただの言い訳に過ぎないのだ。
罪に変わりはないのだから。
私はただ同じ寝床に横たわる妹をみて、ため息を付くだけだった。
私が言えるのはそれだけだ。