第三話:旅立ち―前編
前回書いてなかった回想シーンになります。
――時は今朝までさかのぼる。
どんよりとした空模様で例年よりも肌寒い日が続いていたが、今日はカラッした青空になっていた。
俺が14歳になった日である。
天気までも俺を祝福している気がしてならない。
だって何日も続いた曇り空が、誕生日に晴天なるなんて偶然にしては完璧過ぎないか。天に愛される男なんて人には言えないが、内心では悪い気はしない。
おかげで眠気もすっかり吹き飛んだ。なんせ昨夜は興奮してなかなか寝付けなかったのだが、そんな事実など無かったように体調ばっちりである。
例え眠気があろうと今日だけは関係ないと言いきれる。
だって念願の冒険者に登録出来るのだから。
「父さん、母さん。今まで育ててくれてありがとう。今日から冒険者として誇れる息子になってくるよ。暫くは帰らないつもりだから」
自宅の前で見送ってくれる両親に今まで育ててくれた感謝を述べた。
俺は自立するために家を出る。実家から通っているようでは冒険者として一人前になれないと思っているからな。
俺の挨拶に感化されたのか、両目を潤ませた母さんからハグされた。
なんだかむず痒くてこっちまで涙腺がゆるんでしまうよ。
「シエちゃん、母さんはあなたが無事ならそれでいいの。辛かったら直ぐに帰ってきてね。愛してるわ」
さっきより強く抱き締めてくる母に愛情を感じて嬉しくなる。この人の息子で良かった。
そうそう、シエというのは愛称で名前はシエルだ。
「ああ、母さん。俺も愛してるよ」
暫く感動のシーンが続くと思われたが、それを邪魔する人物が現れる。
父さんだ。
「こらシエ! 母さんを世界一愛してるのは俺だからな。いくら息子とはいえそれだけは譲らんぞ」
母さんにハグしてたらヤキモチを妬いた父さんが茶々を入れてきた。
「ったく父さんは相変わらずなんだから。俺が居なくなったら久しぶりに二人でイチャイチャするといいさ」
「もうシエちゃんたら恥ずかしいわ」
母さんは両頬に手を当てて照れている。お互い大好き夫婦なのは息子の俺が一番分かっているけどね。
「父さん、時間かかるかもしれないけど大豪邸に住まわせて親孝行するから待っててくれよな」
「お前は昔からそう言ってたが、無茶だけはするなよ。父さんに似て楽観的なとこあるから心配になる。約束などどうでもいいから無事に帰って来てくれ。シエ、愛してる」
「ああ、父さん。俺も愛してるよ」
父さんとハグしてたら感情が高ぶった母さんが後ろから抱きついてきた。嬉しいけどさ、なんか恥ずかしい。
「それじゃあ、行ってくるよ」
両親に挨拶をすませた俺は、14年暮らした実家を後にして冒険者ギルドを目指して歩きだすと、後ろから両親の声が聞こえたので振り返らずに片手を振って応えてあげた。
暫く歩いていたけど、ついに我慢出来ずに声が漏れてしまう。
「くぅぅ~~っ!!」
いつかやってやろうと思っていた憧れのシチュエーションをいきなり披露してしまったが仕方ない。
本当だったら女の子を助けた後に去りながら使いたがったが諦めるか。何回もやると価値が下がるから悩む。でももうやらないのは勿体ない気もするな。その時になったらどうするか改めて考えるか。
しかし、俺が有名になった時に両親から息子の旅立ちシーンを誰かに語っちゃうんだろうな。口止めなんかしてないし。それが演劇とか伝記に利用されるのは仕方がないことだ。うん、仕方ない。
周りから見ると気持ち悪いかもしれないが、ニヤケが止まらない俺は、やや小走りで冒険者ギルドを目指した。
★★★
この日のために1年前から通い詰めた冒険者ギルドには迷うことなく直ぐにたどり着いた。
扉を開けて中に入るなり知り合いの声が聞こえてくる。
「おっ噂の人物の登場じゃねぇか。今日はシエルのルーキー祝いでもやるか」
野太い声の人物はベテラン冒険者のアンガスさんだ。知らない人間には露骨な態度で口が悪いが仲良くなると気のいいおっさんなんだよね。屋台で人気の肉串を奢ってもらったこともある。
「アンガスさん、こんにちは。やっぱり期待のルーキーの噂してたのかよ。気持ちは分かるぜ」
「がっはっは。何度もしつこく今日登録しに来るって言ってたじゃねぇか。それを知らん奴はここのギルドに誰もおらんじゃろ」
「そうよね。最初は冒険者でないのに毎日やってきては質問してくるウザイ子供だったけどね」
「ギルドの弟分であるシエのデビューを見るためにいる私たちも大概なんだけどさ」
美人姉妹で冒険者しているミオ、リオ姉妹。見た目に騙されて手をだそうものなら恐ろしい目に合う実力者だ。俺にとっては優しい姉ちゃんだけど。
部屋を見渡すと見慣れた連中がたくさんいる。いつもならクエストに出ている時間帯に来たんだけど、待っててくれたんだと分かる。
「シエル、気持ちは分かるがルーキーの時くらいは謙虚でいろ。期待のルーキーなど聞いた事ないわい。誰がそんな事を言ってたんだ?」
「ギルマスだって師匠として弟子に期待してるくせに」
受付カウンターの奥から声をかけてきたのはギルドマスターで、おれの師匠であるイルガドーラさんだ。一年前に必死に頼み込んで弟子にしてもらった。
ギルマスは大柄で立派な体躯してるためか、自身のサイズくらいある特大剣を使うスタイルなんだ。有り余る力があるので可能だけど俺にはムリだ。
なので子供の俺に扱えるショートソードの使い方を教えてもらった。魔獣相手には試したことないけど、一年も修行したからそれなりに戦えるはず。
「誰が噂してたか個人名は言えないけど、俺調べでは期待のルーキーって認識だけどな」
「またシエルの俺調べが出たわい」
「もうアンガスさんは子供の言うことは受け流してあげるのが大人の優しさでしょ」
俺の発言に対してアンガスさんとミオ姉ちゃんから直ぐにつっこまれた。ちょっとくらいは信じてくれてもいいのに軽く流されたよ。
それから暫くみんなと談笑してたら急に寒気がした。
「うふふ。そろそろお喋りやめて、冒険者登録してくれるとお姉さんは嬉しいな」
「ミ、ミリアさん。今から登録しようと思ってたんだ。マジだぜ?」
ヤバい。みんなと談笑してたから受付嬢のミリアさんを待たせていたよ。いつもより声のトーンが低い、ちょっと怒らせたか。
痩せたらめっちゃ美人なのに仕事のストレスなのか食べ過ぎてしまうらしい。そのせいでふくよか体型をしている残念美人さんだ。一部の人からは爆食女王と呼ばれている。気安くご馳走するとえらい目に合うらしい。
急いでミリアさんの前まで行き、記入済みの冒険者用紙をカバンから取り出し、軽く謝罪してから渡した。
「昨日、受理出来なかったけど記載内容は確認済みだから直ぐに渡して欲しかったな。お姉さんは悲しいです。罰として晩御飯ご馳走してもらおうかな」
「ミリアさん、ご、ごめんなさい。し、新人なんでお金に余裕が無いんだ」
「うふふ、冗談よ。内容に問題ないから冒険者プレートの作成に入るね。この箱の穴に手を入れて頂戴」
言われるままに手を入れると箱が一瞬淡く光る。
そして暫く待つとミリアさんがミントグリーン色の金属製のプレートを渡してくれた。プレートには俺の名前のシエルと冒険者ランクが記載してある。新人なんで初心者の証である黄緑級だ。
【冒険者ランク】
黄緑級 : 見習い
鉄級 : 半人前
銅級 : 下級者
銀級 : 中級者
金級 : 上級者
白金級 : 超人者
黒級 : 人外者
冒険者は14歳以上なら誰でもなれるが、見習い時は三ヶ月以内にクエストを三つクリアしないと冒険者剥奪となる。
とはいえ、これで俺も冒険者の仲間入りだ。
後半に続きます。
投稿は少々お待ち下さい