【 やさぐれ少女とどぎついメイク 】
キーンコーンカーンコーン
「では今日はここまで。来週までに課題レポート提出するのを忘れずに」
その後滞りなく進んだ授業は延長することもなく終わりを迎えた。
「よっしゃ、終わったー!」
待ってましたと伸びる井上。
「いのさん今日も麻雀?たまには俺のギターの練習見に来てよぉ~」
「お前のギター? 嫌だよ。ただでさえ寮で嫌ってほどお前のへったくそなギター聞かされてるってのに」
最近賢治は寮の先輩の影響でギターを始めたのだがなかなか上手くならないらしい。
「賢治、軽音の部室使わせてもらってんだろ? お前寮でも練習してんのか?」
「翔、いい迷惑だろ? ロックンロールだかなんだか知んねーけど夜とかマジでうるせーんだよ」
「えぇ~?ちゃんと音抑えて練習してるよぉ。部室での練習だけじゃ足りないんだもん」
「音量の問題じゃねーんだよ。フォークギターならまだしもギャンギャン鳴らしてるだけで雑音にしか聞こえねーんだよ」
「ひっどいなぁ~」
「まあまあ賢ちゃん、まだ始めたばっかりだし頑張って練習しようよ」
頬を膨らませてすねる賢治を優しい三田さんが慰める。
「確かに寮の壁は薄いからなぁ‥‥‥」
ここにいる井上、賢治、三田さん、春花の4人はみな大学の学生寮の住人。
僕も何度も賢治と井上の部屋にお邪魔したことがあるのだ。
見た目よりも年季の入った寮はリフォームこそされているが防音には適さない造り。
生活音がだだ洩れで、プライベートもへったくれもない。
ま、共同生活という意味ではよい経験になりそうだがさすがにあの寮でギータ―を毎晩ギターを弾くのはなしだろう。
井上が言うようにフォークギターならまだしもへたくそなロック‥‥‥
想像しただけでも頭が痛くなりそうだ。
「賢治君この前寮長さんに注意されてたでしょ。また怒られないようにね」
男女の寮は棟が分かれているがどうやら春花も賢治のギターを耳にしているようだ。
クスクスと可愛く笑いながら春花は優しくそう言った。
「じゃ、私は水泳部あるから行くね。賢ちゃんも練習頑張ってね」
「あかねちゃーん♡ あかねちゃんも部活頑張ってね♡ 俺も頑張ってくる!!」
近く大会があるらしく、三田さんはここのところ授業が終わればプールに直行なのだ。
三田さんが相手をしてくれない分、賢治の人恋しさが僕たちにまで降りかかってきてているというわけだ。
「じゃ、俺も頭の体操クラブ行ってくるわ。賢治、とにかく迷惑かけんなよ!」
「迷惑なんてかけてないよぉ!いのさんの意地悪ぅ~!!!!」
「毎日毎日、お前もホント飽きないね」
「俺の麻雀は日課だ。翔のフェルマ通いと同じだよ。じゃあな!」
そう言って井上と賢治、三田さんの3人は足早に教室を出ていった。
残されたのは僕と春花。
「翔君はこの後どうするの? すぐフェルマ?」
「バイトにはまだ早いか‥‥‥。春花はどうすんの? 図書館?」
「私は須藤先生のところに届けるものがあるから内科の医局に顔出す予定」
「須藤先生のところか‥‥‥」
「どうかしたの?」
不思議そうに僕の顔を覗き込む春花。
「実はさ、昨日の夜先生に差し入れに行ったらさ‥‥‥」
昨夜起こった騒動を春花に話した僕。
夜中に病室を抜け出した中学生の女の子。
見つかったという連絡を受け僕はそのまま帰宅したわけだがちょっと気になっていたのだ。
「あぁ、空ちゃんね。自由奔放っていうか、時々いなくなっちゃうんだよね」
どうやら空ちゃんは入退院を繰り返してて春花も何度かあったことがあるようだ。
何も言わずに病室を抜け出しては看護師さんや先生たちに迷惑をかけているんだとか。
つまりは常習犯ということだ。
「春花、俺も須藤先生のところついて行ってもいい?」
常習犯ということはまた探すことになるかもしれないということ。
気になるついでに空ちゃんの顔くらい見ておいて損はない。
「もちろん」
春花はそう言うと優しくにっこりとほほ笑んだ。
僕と春花は講義棟を出ると、裏の桜並木を通って病棟のある建物の方へと進んでいった。
桜並木は青々ときれいな葉を茂らせ、ザワザワと気持ちよさそうに揺れていた。
「ご神木もだいぶ大きくなったよね」
「ああ、しっかりこの場所に根を下ろした証拠だな」
春花と僕が出会った桜並木。
毎日毎日このご神木の前でたたずむ春花の姿を、僕は何も知らずフェルマの2階から眺めていたのだった。
大学に入学してから本当に色々なことがあった。
いいことも悪いことも、全てをひっくるめて僕らにとってここは特別な場所。
僕と春花は日々このご神木の成長をつつましく見守っているのだ。
「あれ、あの人‥‥‥」
ご神木から少し遠くに目をやった僕。
それは昨夜、暗がりの中でタバコを吸っていた女性がいた場所だった。
切れた電球のせいでお化けかと驚いた僕だったが、同じ場所に昨日と同じフードを被った人が座り込んでいたのだ。
病棟の方へ向かいながら、ゆっくりとその人に近づく僕と春花。
僕らに気付くと気まずそうにその人は僕らにすっと背中を向けた。
昨日と違いまだ日のある明るい時間。
昨日と同じ服。同じ座り方。
あの暗がりにいた化粧の濃い女性で間違いない。
よく見ると、その人はフードの下に病院着を着ていた。
間違いなく入院患者ということだ。
たばこは吸っていないが、こんな桜並木のこんな道端で一体何をしてるのやら。
例えタバコを吸っていたとしても僕では注意するのも微妙なところ。
あまり関わり合いにならない方が得策か‥‥‥。
そう思ってその女性の横をスッと通り抜けようと思ったその時だった。
「あれ‥‥‥? 空ちゃん?」
座り込んだ女性を振り返るように足を止めた春花。
え?
慌てて辺りを見回した僕。
でもどこにも中学生の女の子は見当たらない。
「空ちゃん、こんなところで何してるの? そろそろ夕飯の時間じゃないの?」
そう言ってなぜかしゃがみこんだ女性を覗き込みながら声をかける春花。
「別に‥‥‥」
返ってきたのはボソっと張りのない短い返事。
まさか…。
まさか……???
僕の位置からは春花の言う "空ちゃん" の顔は見えない。
混乱のせいか嫌にドキドキと鼓動をならす僕の胸。
明らかにたばこを吸っていた昨日の化粧お化けと同じ服。
僕は意を決して空ちゃんの顔を覗き込んだ。
ん‥‥‥?
純日本風の切れ長のきれいな目。
色白なきめの細かい肌に薄く細い小さな唇。
そこにいたのは化粧っけなどまるでない、あどけなさのある普通の中学生の女の子。
じっと僕の顔を凝視する空ちゃん。
「な、なんだ。やっぱ俺の勘違いか‥‥‥」
空ちゃんの顔を見て妙にホッとした僕。
そりゃそうだ。
昨夜の女性はたばこを吸っていたんだ。
いくら何でも14歳の女子がたばこを吸っていたなんてありえるはずがない。
たまたま同じ服を着ていたんだろう。
もしかしたら今流行りの服なのかもしれない。
僕はそう思って一人心の中で大きくうなずくように納得したのだ。
ところが次の瞬間だった。
僕のホッとした気持ちをこの子はその一言でグルンとズバッとひっくり返したのだ。
「あ‥‥‥、あんた昨日の‥‥‥怪しい変な自転車男‥‥‥」
次話 【 コンビニのコピー機と彼女の写真 】
12月4日更新予定
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隔週水曜日 お昼更新予定です




