【 病室から消えた少女 】2.5章(未公開)
「あービックリした……」
暗闇の中うずくまっていたのは女の人。
20代前半くらいか、見覚えのない顔だった。
上着で入院着は見えなかったが入院患者だろうか。
「タバコかぁ〜?」
すれ違いざまに僕の鼻をかすめた煙たいニオイ。
病院の喫煙室は病棟から距離がある。
もしかしたら隠れてコソコソ吸っていたのかもしれない。
病棟は夕食も終わり今は就寝準備に入る時間帯。
自由時間とはいえこんな時間にこんな場所。
入院患者だったとしたら決して褒められた行動ではなさそうだ。
大きく脈打った鼓動が落ちついてくるのを感じながら僕はそのままゆっくりと自転車を走らせた。
病院の裏口から守衛の前を通りエレベーターで内科の医局階へ。
さすがに夜の院内は人気がなく物静かだ。
医局前に着くと僕は扉の横の年季の入ったホワイトボードに目をやった。
上から下に医局員の名前がずらり。
名前から横に視線をずらし青色のマグネットを確認する。
「須藤先生は病棟か……」
ジョージからの差し入れはまだ温かい。
デスクにおいてサクッと帰りますか……、そう思った時だった。
「お、糸倉じゃないか。こんな時間にどうした? 須藤先生なら不在だぞ」
常時開きっぱなしの医局のドア。
そこから顔を出したのは入局4年目の斉田先生だった。
短髪で黒髪のちょいマッチョ。
つんつん頭の斉田先生はにじみ出る初々しさを隠すために最近ダテ眼鏡をかけ始めたらしい。
「これを叔父から届けるよう言われまして。須藤先生のデスクに置いていっていいですか?」
「ああ、差し入れか。入っていいぞ」
そう言って先生は僕に手招きした。
「お疲れ様です。失礼しまーす」
慣れた感じで医局の奥へ進む僕。
何人かの先生がデスクにかじりつき仕事をしていた。
いつも整理整頓されている須藤先生のデスクも学会の準備で今日は資料が山積みだ。
(それにしてもいつもながら混沌としているなぁ‥)
医局でまず目を引くのが山積みの栄養ドリンクやカップラーメン。
そしてその横にはなぜかマリリンモンローに似せたポーズを決める派手なメイクのマネキンが。
医局員のデスクからもそれぞれの個性がにじみ出る。
中にはきれいに整頓されたデスクもあるがどちらかというと煩雑なデスクの方が多い。
骨格模型や臓器の模型の他に医学書はもちろん。
大切な家族やペット、患者さんとの写真を飾っているのは一般的な医局のイメージ通りだろう。
だが、その中に交じってアニメやアーティストなどのイラストや写真なども多数。
無造作に置かれた安眠グッズに、枕替わりの柔らかそうな大きくて可愛いらしいぬいぐるみたちが存在感を醸し出す。
筋トレグッズや美顔器もチラホラ。
隅の方には異質に炭のにおいを纏った年季の入った書道道具が一式鎮座していたり。
野球のバットやテニスラケットに大量の宴会グッズなんかも置いてある。
何十年もの歴代の医局員たちの置き土産もあるというのだが、これが医局と言われても誰もが戸惑う光景だろう。
まさにカオスだ。
「はは、相変わらずすごいでしょ。歴代の先輩たちの置き土産も多くてね。なかなか勝手に処分できないものが多いんだよ」
つい顔に出てしまっていのだろう。
僕の顔を見ながらそう言って斉田先生は頭をかいた。
制服効果とでもいうのだろうか。
先生たちは普段、みな同じスクラブとパンツの上に白い長白衣を羽織っている。
胸元にはネームプレートを付け、皆一様にきりっとした医師の顔をしている先生たち。
でも医局のこの光景を見るとそのイメージは大きく覆る。
「いえ、先生たちも普通に人間なんだな‥‥と思って‥‥」
「あはは~、だよねぇ~」
僕の返答に苦笑いする斉田先生。
「お忙しいところお邪魔してすみませんでした」
何とも言えない微妙な空気。
そんな気まずくなった僕が足早に医局を出ようとした時だった。
廊下の方からバタバタと慌てた様子で近づいてくる足音が。
「斉田先生っ、ヘルプヘルプっ!」
そう言って駆け込んできたのは須藤先生だった。
「空ちゃんがいなくなっちゃったんだ。夕飯片付けた時はいたみたいなんだけど
夜の薬も飲んでなくて、洋服もなくなってるみたいなんだ」
「え? じゃぁこんな夜に外に出てったってことですか?」
「空ちゃんらしき人が外に出ていくのを見た人がいるんだよ」
「マジですか。それはちょっとマズイですよ」
どうやら内科の病棟に入院している中学生の女の子が病室からいなくなってしまったらしい。
未成年がこんな夜遅く、しかも病院から抜け出して何かあったら大問題だ。
「そうなんだよ。だから探すの手伝ってほしくてっ」
焦った様子の須藤先生。
病気のことはもちろんだが、この辺りは夜人気があまりない。
14歳の女の子が一人でうろついていて危ないのは目に見えている。
「須藤先生、僕も手伝いますっ」
「あれ、翔君!?」
斉田先生の後ろからヒョコっと顔を出した僕に驚く須藤先生。
「人手は多い方がいいし‥‥。また迷惑かけるけど一緒に探してもらっていいかい?」
「迷惑だなんて。もちろんですよ」
「ありがとう、助かるよ!」
僕は空ちゃんとの面識はない。
だから先生にその子の特徴を聞き、それらしい人がいたら先生に連絡することにした。
身長は155センチ前後。
髪は肩より少し長いくらいで、黒髪にとても目立つ金のメッシュが入っているらしい。
先生たちの説明からイメージするに顔つきはどうやら純日本風といったところだろう。
「僕、自転車なんでフェルマの方回って外の大通りらへんをグルっと探してきます」
「じゃぁ、僕と斉田先生は病院の敷地内を」
「わかりました。とにかく急いで探しましょう」
空ちゃんがいなくなってからおそらく1時間から長くて2時間といったところか。
財布もなくなっていたようだからどこか遠くへ行こうと思ったらそれこそアウトだ。
「頼むからこの辺にいてくれよ~」
そう呟きながら僕は自転車に飛び乗った。
次話 【 タバコの煙と病院のボヤ 】
11月6日更新予定
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隔週水曜日 お昼更新予定です




