【 夜の差し入れ 】2.5章(未公開)
その日、僕はみんなが帰った後もいつものように夜までフェルマでジョージのことを手伝っていた。
「ジョーちゃん、今日もご馳走様。美味かったよ!」
「こちらこそ、いつもありがとさんです!」
「吉野さん、桜並木暗いところあるから足元気をつけてください」
数日前から桜並木の街灯の電球がいくつか切れていた。
最近足がいうことをきかないという常連の吉野さん。転んでけがでもしたらそれこそ大変だ。
「翔ちゃん、ありがとう。ここにきて続々と電球切れ。こりゃこの並木道もいよいよLED化かねぇ」
「そうなったら夜桜の色もずいぶん違って見えるんだろうな。でも時代の流れには逆らえない。今はなんでもかんでもECO(エコの時代)だからな」
「いつの間にか慣れてしまうんだろうね。だか、ちと寂しい気もするね。では、今宵は見慣れた優しい光の下で満開の桜を想像しながら帰るとするよ」
吉野さんはそう言うと僕ににこりと微笑んだ。
閉店間際。
急にテイクアウト用に何か料理を作り始めたジョージ。
店に客もいなければ電話注文もとうに時間外。自分用というわけでもなさそうだ。
「こんな遅くに何作ってんだよ。誰かの注文?」
お人好しのジョージのことだ。
常連客に無理に頼まれでもしたのだろうと僕は思った。
「あぁ、これか?これは俺のちょっとした心遣いだ」
そう言ってニカっと笑うジョージ。
「心遣い?」
「翔、片付けはいいから帰りにこいつを須藤先生のデスクに届けてやってくれないか?」
なるほど。
学会の準備で連日夜遅くまで医局に残っているという須藤先生への差し入れというわけだ。
須藤先生は僕の通う大学の附属病院に勤務する内科の先生。
先生には年の離れた“そうた”という弟がいて、抗NMDA 受容体脳症という病気でこの病院にしばらく前まで入院していたのだ。
あれはそう、僕たちが大学に入学した年の4月のことだった。
その年の春は桜咲く暖かな陽気が訪れたと思った矢先に真冬に逆戻り。
そうたは雪が降り積もる極寒の川へ転落、溺れて意識不明の状態で発見されたのだ。
当初偶発的な事故か自殺かと思われたのだが病気の影響だったことが判明。
一命はとりとめたものの、川への転落が病気のせいだとが分かったのはだいぶ後になってからだった。
須藤先生は自分の弟と同じような境遇の患者を出さないために日々奮闘しているのだ。
「そういうことなら喜んで」
茄子にパプリカ、ズッキーニ。ニンジン、じゃが芋にキノコまで。
素材のうまみ詰まった野菜のソテーと一口大に切ったさっぱりとしたハーブ鶏。
夜食らしくハーフサイズの差し入れにはスッキリとした味のトマトのスープも添えられていた。
「小さめのパンを添えて……。これなら夜食に食べそこねても朝ごはんでいけるだろう!」
満足げにほほ笑むジョージ。
きっとジョージの目には喜ぶ須藤先生の顔が浮かんでいたのだろう。
医局にはレンジも冷蔵庫もある。
突然の差し入れも時間がたってもおいしく食べられるこの内容なら迷惑になることはない。
「じゃぁジョージ、須藤先生んとこ行ってくる!」
「おぅ、お疲れさん!頼んだぞ~!」
僕はジョージを店に残し、熱の籠った差し入れを抱えるとフェルマを足早に後にした。
かごに差し入れを乗せ慎重に自転車をこぎ出した僕。
桜並木を通り大学の裏から病院棟を目指していく。
空を仰ぐと夜空には星が瞬くのが見えていた。
「昨日よりだいぶ暗くなったな……」
さらに電球が切れたのだろう。
いつもの並木道とは大違いだ。
明かりのついている街灯を眺めながら急に暗い場所に入った僕の目は一瞬で暗闇の中へ。
目が暗いところになれる " 暗順応 " 。
本格的な順応は30分以上かかるというが、数秒もすれば多少暗闇の中にも慣れは生じるもの。
この時、僕は人気のない見通しの良い通りで完全に油断していたのだ。
通い慣れたいつもの道。
車の通りもなければ人もいない。
" 我が虹彩よ、こと速やかに順応せよ "
呪文を発動するようにわざと深めの瞬きをした僕。
そう、目を開ければ見通しのよい道が目の前に戻ってくるはずだった。
僕の認識では誰もいない……そのはずだったんだ。
「 えっ!? うわっっっ……!」
突然の出来事に思わず飛び出だした声。
その瞬間、僕の心臓も飛び跳ねた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!
心臓が大きく鼓動する。
人だ!
誰もいないと思っていたのに自転車の脇、電球の切れた街灯の脇に人が座り込んでいたのだ。
こんな暗がりに人がうずくまっているなんて誰が思う?
一瞬だったがしっかりと目が合った。
ちゃんと足も……あったと思う。
具合が悪くて困っているようにも見えなかった。
暗めの上着に身を包み、なぜかその人は暗闇の中にしゃがみ見込んでいたんだ。
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次話 10月23日更新予定
【 病室から消えた少女 】
隔週水曜日 お昼更新予定です




