【 賢治のイメチェン大作戦 】
「はぁーー。まったく、なんなんだよ」
僕は大きなため息とともにジョ―ジを睨んだ。
ずっと気になっていた桜並木の女の子。
いつも遠くから見ていた彼女のそばを、そっと通り抜けてみようとしていた僕。
でも突然飛び出してきたジョージのせいで僕の計画は台無しとなったんだ。
「まぁそう言うなって。とにかく店に入れよ」
僕の気も知らずジョ―ジは僕の背中をグイグイ押した。
カランカランカランッ。
「おう兄ちゃん! 翔帰ってきたぞ!」
店に入るとカウンタ―の一番奥に誰か座っていた。
よれよれの白いTシャツにボサボサの頭。
頬杖をついて顔は見えないが、明らかに賢治だった。
「授業サボんなよな。またノート貸さなきゃいけないだろ」
賢治はこっちを見ようともしない。子供のようなふてくされ方に、僕は頭を掻いた。
「ジョ―ジ、俺にもアイスコ―ヒ―」
シュ――ッという音と共冷たい風が通り抜けた。
僕の照った体にエアコンの冷気がしみ入るよう。
生き返るとはこのことだ。
カウンターに腰かけた僕。
隣りには相変わらず僕のことを無視し続ける賢治。
「昨日は俺も悪かったよ。ちょっときつく言いすぎた」
昨日の喧嘩を根に持つ賢治は口を尖がらせ、まだふてくされていた。
「無視かよ‥‥」
しばらくして賢治がようやく口を開いた。
「だってさ―。せっかく翔ちゃんのためにって、思ったのにぃ……」
「だから俺はいいからさ。賢治こそ彼女作れよ、な?」
僕はなだめるように賢治の肩を軽く叩いた。
儚く散った僕の高校時代の初恋の思い出。
その話を聞いて、失恋には新たな恋だと強引に僕に彼女を作ろうと迫る賢治。
それが原因で僕らは昨日喧嘩をしたんだ。
賢治のお節介は僕にとっては迷惑でしかなかった。
でも賢治なりに僕を励まそうとしてくれていたんだろう。
「で、お前らちゃんと仲直りしたか? 彼女欲しいのか? なんだよ、翔、昨日は興味ないとか言ってたくせにぃ」
ジョ―ジはニヤついた顔で僕らをからかおうとしていた。
「俺はいいんだよ。賢治にいい子いないかな、って話し」
「でも俺、翔ちゃんみたいにモテないから……」
落ち込む背中。
賢治は本気で悩んでいた。
「賢ちゃん、何言ってんだよ。 このイケメンマスターが、賢ちゃんをモテ男にしてやるよぉ!」
調子に乗ったジョ―ジは張り切ってそう言うと、いつものように自分の胸をドンッと叩いた。
出た…。
ジョージの必殺、大船ドーン!
大船に乗ったつもりで ドンと俺についてこい!
いつもそういう顔で自信満々に言うのだ。
いい歳してなんでもしゃしゃり出ようとするのがジョ―ジの悪い癖。
これで本気だから困ったもんだ。
「本当ですか!?」
いつになく真剣な賢治。
「賢治、とりあえずそのしわくちゃでダボダボな服とクシャクシャな頭どうにかしろ! 授業も寝るな。いつもクチャクチャ食ってるガム! あれも絶対止めた方がいい!」
僕はここぞとばかりに言い放った。
「え―、翔ちゃんそんなに一気に言わないでよぉ」
容赦ない僕の言葉に顔を歪める賢治。
「で、賢ちゃん。髪はいつもどこでカットしてるんだ?」
「バーバー賢ちゃんです!」
自慢げにニカっと笑う賢治。
まさかとは思ったが、賢治は自分で髪を切っていた。
賢治はいわゆる苦学生。
医学部だったらお金持ちの家だと思われがちだ。
でもそうとは限らない。
賢治は普段からかなり切り詰めた節約生活をしていたんだ。
「オシャレには金もかかるよな。だったら俺がやってみようか? 自分で切るよりはいくらかマシだろう?」
「え!? ジョージが切るの‥?」
僕と賢治は思わず目を見合わせた。
「クククッ……」
背後から急に聞こえたかすかな笑い声。
僕らが振り返ると、そこには店の常連客の裕二さんが立っていた。
「なんか楽しそうな話をしてるじゃないですか」
そう言って裕二さんはニコッと笑った。
裕二さんは大学病院の薬局で働くオシャレでカッコイイ薬剤師さんなんだ。
患者さんにも大人気。
白衣を着ていても隠し切れないその魅力に女子学生の間では隠れファンまでいるくらいだ。
仕事をしながら大学院に通う大学院生でもあって実験に行き詰まるとよくフェルマにやってくる。
「もしよかったらカットとイメチェンお手伝いしようか?」
「え? 裕二さんがカットしてくれるんですか?」
ジョージと僕は首を傾げた。
「実はね、俺元美容師なんですよ。異色な経歴でしょ?」
驚きだった。
美容師から薬剤師への転職とは確かに異色。
何かよほどの理由があったのだろうか?
「ま、そんなだから35歳になってもまだ学生なんだけどね」
そう言って裕二さんは頭を掻いた。
裕二さんは楽しそうだからと気分転換にタダで賢治のカットをしてくれると言ってくれたんだ。
「本当にいいんですか!? やったぁ~!!!」
大喜びする賢治。
裕二さんもなんだか嬉しそうだった。
その後、賢治と僕はカウンターで裕二さんの実験の愚痴を聞いていた。
「研究って大変なんですね」
「大変だよ。データを揃えて分析しても思ったような結果が出ないこともしょっちゅうでさ」
裕二さんのため息の深さが研究の難しさを物語る。
「へぇ――」
僕らは他人事のようにその苦労話を聞いていた。
「でももしかしたら二人もいつか論文を書く日が来るかもしれないよ? 研究職や大学院に進まなくても臨床研究もあるからね」
医療の現場では日々の診療の中からもたくさんのデータをとっているのだという。
その地道に集めたデータから、病気の傾向や薬の効果、治療方法や手術の術式など、たくさんの臨床研究論文というものが発表されているらしい。
「ふぅ~ん、論文かぁ……」
僕と賢治はピンとこず、ぼんやりと話しを聞いていた。
閉店時間を迎えたフェルマ。
僕とジョージは片づけをしながら賢治のイメチェンが終わるのを待っていた。
「なぁ、翔。賢ちゃんのイメチェンどうなったかなぁ?」
ワクワクしながら待つジョージ。
「俺としてはこれで悩みが一つ消えたからラッキーだよ」
思わずニヤッと笑みがこぼれた僕。
「お前の悩み? 賢ちゃんがか?」
僕の言葉に首をかしげるジョージ。
「学年が上がって院内自習に入ると身だしなみでペアの俺まで減点になったりするんだよ。急に直せって言っても無理があるだろ? だから助かったってわけ」
「なんだよ。珍しく熱心だと思ったら賢ちゃんのためじゃないのかい」
薄情者と言わんばかりの視線を送ってくるジョージ。
「もちろん友達として賢治に彼女ができたらいいと思ってるさ。一石二鳥ってことだよ」
賢治にはいつも迷惑をかけられているんだ。
降りかかってくる火の粉を払いのけるのはもちろんだが、前もって火種を消しておくことも大事なこと。
決して薄情ではない。
しばらくして恐る恐る階段を下りてきた賢治。
「お、おお―っ」
その様子を見て僕とジョージは驚いた。
印象がまるで違う。
髪はサイドを短くカットされとても爽やかだ!
服装も細身のパンツ、細身のTシャツの上にチェックのシャツを羽織りブカブカでヨレヨレだった賢治はもうそこにはいなかった。
賢治のちょっと遅めの大学デビュ―だ!
「賢ちゃん見違えたよ!カッコいいじゃない!」
大興奮するジョージ。
その隣で僕は感心するばかりだった。
「裕二さ―んっ! ありがとうございます! 賢ちゃんリニュ―アル―!!」
賢治はその喜びを全面に押し出しながら裕二さんに飛びついた。
次の日、賢治の姿を見て一番驚いていたのは井上だった。
「賢治? お前本当に賢治か? お前頭でも打ったのか?」
目の前のオシャレな賢治が信じられないようで、井上は何度も賢治の頭をさすった。
ファッションに目覚めた賢治。
相乗効果か驚くことに何より授業中も寝なくなった。
教科書に雑誌をはさんでいたり、必ずしも授業に集中しているとは限らないがすごい変化だった。
最初は‶ 僕のための賢治のイメチェン ″だったんだ。
でもイキイキ楽しそうにする賢治の姿にちょっと嬉しくなったりする僕がそこにはいた。
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次話 【 桜の想い出 】
毎週水曜日 12時更新予定です。