【 転院 】
サキさんがきてから一か月。
強烈なキャラクターに当てられたのか、時間が過ぎるのがとてもとても早かった。
そして大きなトラブルもなく、あっという間にそうたの転院の日がやってきた。
退院にあたり大勢の病院スタッフがそうたを激励した。
「そうた君、転院先でも頑張ってね」
中には涙ぐむ人や握手にギュッとその想いを込める人もいた。
それだけ必死にみんながそうたのことを支えてくれていたという証だった。
「いつも支えていただきありがとうございました。本当に感謝しています。そうたも寂しがると思いますが、たまには連れてくるのでその時はまた遊んでやってください」
そう言って須藤先生とそうたの両親は、みんなに深々と頭を下げた。
そうたのお父さんは長年勤めてきた会社を辞めたという。
それはそうたの将来のことも考えての大きな決断。
新たに開業することでそうたに寄り添える環境を準備していたんだ。
そうたの実家まではここから車で一時間ほどの距離だった。
「向こうに帰っても頑張れよ!」
「すぐに会いに行くからね」
そう約束し、僕らはみんなでそうたのことを見送った。
「イエ~ィ!」
そうたは状況がわかっているのかいないのか。
終始車イスの上でバタバタしながら楽しそうに騒いでいた。
自分を中心に回っているそうたの世界。
周りの状況を把握し相手のことを考える、そういったことが今のそうたにはできなかった。
どこまで回復するのか、それは誰にもわからない。
目覚めてから1年以上が経過した今、それは厳しい現実だった。
そうたの転院後も僕らは頻繁にそうたに会っていた。
時々サキさんやご両親に連れられてフェルマに遊びきていた。
みんなでそうたに会いに行くこともよくあった。
まぁ、そうたとは会話というよりはみんなで変顔ばっかりし合っていたのだけどね。
そうたが転院してからというもの、僕らの日常はそうたに出会う一年前の夏休み直後のスタイルに自然と戻っていった。
僕と春花も関係も相変わらず。
授業が終われば二人で図書館に行ったし、みんなでよくフェルマの二階に集まった。
転院してからさらに数か月、リハビリ病院を退院し実家での生活をスタートしたそうた。
回復傾向はみられるものの退院してからもそうたには、常に誰かが傍についている必要があった。
春花も毎週末、そうたに会いに地元に帰るのが習慣になっていた。
家族やまわりの献身的なサポートがあってこその生活。
いつも笑顔が絶えない須藤家だったが見えないところでの大変な苦労がそれはそれはたくさんあったに違いなかった。
刻一刻と流れていく時間。
僕の日常はさほど変わっていない。
朝起きてご飯を食べ、大学へ行く。
いつものように授業に臨み、フェルマに集まってはみんなでワイワイと課題をこなす。
当たり前のように繰り返されるいつもの日常。
でもかわったことが一つだけあった。
そうたは今何をしているだろうか。
離れていても、前にもまして僕は頻繁にそうたのことを考えるようになっていったのだ。
たとえ治療が終わって退院しても、患者さんはその後も自分の身体の状態と向き合っていく。
当たり前のことかもしれないが僕はそのことを強く強く意識するようになっていったんだ。
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