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【 帰ってきた幼馴染 】

月日は流れ、そうたが目覚めて約一年が経過しようとしていた。


以前に比べそうた喜怒哀楽がはっきりとし、スムーズとは言えないが少しずつ言葉のキャッチボールもできるようになっていた。

そして治療が進んだことからそうたは実家の近くのリハビリ病院に転院することが決まっていた。



それは転院まで一か月を切った頃だった。


「そうちゃん、聞いて聞いて! サキねぇが帰ってくるよ!もうすぐ日本に帰ってくるんだって!」

嬉しそうにはしゃぐ春花。


「うえぇぇ~」

一方のそうたはベッドの上でなぜか全力で嫌そうな顔をしていた。


春花とそうたの幼馴染のお姉さんが会いに来ることになったのだ。


どうやらそのサキさんという人はここ数年ずっと海外にいたようで、日本へ久しぶりに帰国することになったらしい。

今までも二人の地元の友達が来ることはあったが、今日の春花はいつもに増して張り切っているように僕の目には映って見えた。




「そうちゃん、楽しみだね!」

「ゔゔゔゔゔ……っ、おに、ばば……」


どうやらそうたはサキさんのことは強烈に覚えているようだった。


イタズラ好きでお調子者のそうたは小さい頃からサキさんにイタズラを仕掛けては見つかってボコボコにされたりしていたらしい。

つまり昔からそうたはサキさんに頭が上がらなかったといことだ。


「話を聞くに、決しておしとやかなタイプではなさそうだな」

「俺、大丈夫かなぁ。そうちゃんと一緒にボコボコにされないかちょっと心配になってきた……」


「確かに賢ちゃんならありうるよね」

賢治の言葉にクスクスと笑う三田さん。


「えぇ~、あかねちゃん不安になること言わないでよぉ~」


井上の言葉をきっかけに僕らの ”サキさん” への想像は膨らんでいった。


「さすがに初対面でいきなりそれはまずないだろ。でも海外生活が長いみたいだし意思表示ハッキリしてそうだよな」


幼き日の思い出を話す春花の嬉しそうな表情からもサキさんとの仲の良さが伺える。

きっと信頼のおける頼もしい人なのだろうと僕は思った。






そしてその日はやってきた。


コココンッ! 

それは勢いのいい軽快なノックだった。


「こ――んにっちはっ!」

元気にヒョコっと顔を出した女性。


「サキねぇ、久しぶり!」

声を張り上げ、溢れんばかりの笑顔でサキさんを出迎えた春花。




きれいな切れ長の目、健康的に日に焼けた肌と細く引き締まった体。

すらっとした細身に黒髪のショートヘア。

春花や三田さんとはまた違う、とてもボーイッシュな人だった。


「ハ――イ! 春花も元気そうでなによりね!」



何とも元気で歯切れのいい口調。


「あ、みんなが例の友達? よろしくね!」

スパーアップテンポ。


「ど、ども、よろしくお願いします」

僕らはサキさんのその勢いに圧倒されていた。


「でぇ? 肝心のちび助はどうなの?どこにいるのよっ!」

サキさんの勢いは止まらない。


「ち、 ちび助っ!?」

一瞬ハモった僕と三田さんの声。 


「クククっ……」

サキさんのその強烈なキャラに思わず吹き出しそうになる井上と賢治。


「よっ、ちび助! なんだ、思ったより元気そうじゃない!」

そうたを見つけるや否やズバッとそう言い放つと、サキさんはそうたのそばに歩み寄った。



どうやら昔そうたは相当チビだったらしく、サキさんは面白がって未だにそうたを〝ちび助〟と呼んでいるのだ。

サキさんは病気ですっかり変わってしまったそうたを見ても特に驚くこともなかった。


「ぉ、ぉ、おに……、ばば……」

まだあまり自分で自由には動くことができないそうた。


サキさんにビビっているのか、えらく逃げ腰だ。


「あぁ~ん? おにばば? ばばぁとはなによ!」

サキさんはそうた前に仁王立ち。


「あんたと大して変わらないでしょ? まだまだ私はピチピチよ!」 

声を張って言い返したサキさん。


「ゔぁぁ~~~!」

そうたはひどく慌てて騒いでいた。


「そうた、せっかく私が来てあげたんだからもっと喜びなさいよね!」

サキさんはニヤッと笑ってそう言うと、そうたのこめかみをグリグリグリ――っと両手でこねくった。


「いでいでいでいでいで――――っ!」

必死に逃げようとするそうた。


「あははははははっ!」

その光景を見ながら隣にはのん気に声高く笑う春花の姿が。


「ちょ、ちょっと、春花、止めなくていいのっ!???」

サキさんのあまりの傍若無人な行動に慌てた僕ら。


「大丈夫、大丈夫!」

慌てる僕らを尻目に春花はお腹を抱えて笑っていた。


「で、でもそうた君病人だし、あれはさすがにまずいんじゃないの???」

今は回復してきているとはいえ、脳炎を起こして半年以上も昏睡状態だった人に、頭を容赦なくグリグリしていたんだ。


「大丈夫、大丈夫。あれフリだけだから。それにサキねぇは、あれで結構腕のいい看護師さんなんだから!」


「へ!? 看護師さん!?」

確かによく見るとサキさんの手はそうたの頭に軽く触れている程度だった。


でもそこにいたみんなが驚いていた。



正直どっからどう見たって看護師さんには見えない。

そうたとじゃれ合うサキさんは、まるでそうたをいじめるガキ大将のようだったんだ。


でもサキさんは正看護師の資格を持つれっきとした看護師さんだったのだ。


二人はまだ子供の喧嘩みたいなやり取りを続けていた。


「そうた、ちょっと大げさになったんじゃない?」

サキさんは今度はうたのほっぺを引っ張っていた。


「ハキ(サキ)のアホ―――っ。うぇうぇうぇうぇうぇ――――っ!」

これでもかと変な顔をするそうた。



「ビックリしたでしょ? あの二人は昔っからあんな感じなの」

春花はそう言ってとても優しい顔で二人のことを見守っていた。




「まったくみんな水臭いわよね。もっと早くに連絡してくれればよかったのに」


どうやらサキさんはそうたのことをつい最近になって知らされたらしい。

病状がはっきりしない中連絡するのを躊躇したのだろうがサキさんはそのことにだいぶ不満を持っていたようだ。


「ま、これからはずっと日本こっちにいる予定だからみんなもよろしくね! そうたは覚悟しておきなさいよ~!」

そう言ってそうたのほっぺを引っ張りながらサキさんは豪快に笑ったんだ。


「あぁ―――っ! う―――っ! やめお(ろ)ぉ――――っ!」

それの光景は本当に子供の喧嘩のようだった。


後で知ったことがだが、驚くべきことにサキさんは日本に帰国するのを機にそうたのことをサポートしたいとそうたの転院先の病院に就職することを決めていたんだ。



パワフルすぎて少々心配にもなるが、サキさんがいれば転院先でそうたが寂しがることはなさそうだと僕は思った。

その話を聞いた時の春花の嬉しそうな表情に僕はとても安堵したんだ。

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