【 心のフィルター 】
真冬に咲いたご神木の桜。
それを聞きつけた一さんは一目散に駆けつけた。
「あぁ、これはまさに奇跡の桜だね……」
そう言って家から持ってきたカメラで熱心に桜の写真を撮り始めた一さん。
コトンっ!
独特のシャッター音が鳴り響く。
それは時代を感じるいかにも古めかしいカメラ。
それはデジタルカメラ遣いの僕にはあまり縁のないフィルムカメラだった。
足元に置かれたカバンの中には他にもたくさんの使い込まれた古いレンズやカメラがこれでもかと詰め込まれていた。
レンズを変えたりカメラを変えたり。
一さんは何かの儀式のように一枚一枚丁寧に桜をカメラにおさめていった。
「翔ちゃん、この前の写真現像できたけど見に来るかい?」
一さんは後日、僕と春花にこの時の桜の写真を見せてくれた。
「うわぁ!」
見た瞬間、その写真にくぎ付けになった僕と春花。
薄紅色の桜がふんわりとした光の中で優しく咲き誇る。
写真に焼き付いていたのは優しく浮き出るような幻想的な美しい桜だったんだ。
「とっても素敵……」
頬を染め、引き込まれるようにうっとりと写真に見入る春花。
まさに奇跡、そんな一枚だった。
「一さん、これ……、どうやって撮ったの?」
どうしたらこんな写真が撮れるんだ?
フィルムだから?
古いレンズだから?
僕のカメラでは設定を変えたってこんな写真は到底撮れない。
僕の経験と知識の中にその答えは見つからなかった。
心奪われるように写真に見入る春花。
その横顔にドキドキと音を立てる僕の胸。
春花にあんな幸せそうな表情をさせた一さんのことがきっと僕は羨ましかったんだ。
「翔ちゃんもこういう桜が撮りたいのかい?僕が使っているのは古い機材が多いからね。でも僕はこういう写真が好きなんだ。そう言ってくれると嬉しいよ」
そう言って一さんは僕に色々なことを教えてくれたんだ。
はじめさんが席を外した時に春花は僕に言った。
「一さんの写真ってとても不思議だね。心の中がなんだか温かくなる」
「うん。それになぜか懐かしい感じがするよ」
「ねぇ翔君、この写真って、サクラさんの描いた桜に似てると思わない?」
夏休みに僕らみんなで行った一さんの別荘を大掃除するというバイト旅行。
それはその伊豆の別荘で見つけた一さんの亡くなった奥さん、サクラさんの描いた桜の絵のことだった。
「確かに、そっくりだな」
春花が譲り受けたその絵にも同じような素敵な桜が描かれていたんだ。
「きっとサクラさんの目にも、一さんと一緒に見た桜はこんな風に見えていたのかもしれないね……」
桜はきっと二人の幸せの象徴だったのだと思う。
一さんの撮った奇跡の桜。
それはまるで一さんの心のフィルターがかかっているような優しくて幸せな写真。
僕らは一さんの写真を見ながら心の片隅を覗き見たような、そんな気持ちになったんだ。
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次話【 目覚め 】
※更新変更について
出版した内容を大幅に変更、構想を練り直しながらリニューアルしていくんため今後は隔週水曜日の更新とさせていただきます。お昼の12時更新予定です。
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