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【 気になる相手 】


「やばっ、遅刻する!」


翌日、僕は珍しく寝坊をした。


キ―ンコ―ンカ―ンコ―ン。

授業開始のベルが鳴っていた。


「セ―フ!」


遅刻ギリギリだ。

全クラス合同講義は座席が自由。

そんな時はいつもクラスメイトの井上が僕の席もとってくれていた。


「井上、おはよ」

「翔おはよ。なぁ、賢治が来てないけど寝坊かな?」

井上が小声で言った。


「え、賢治来てないの?‥‥まさか昨日のあれのせいか?」


賢治が授業を休むのは珍しい。

どれだけ授業を聞いていなかったとしてもサボることだけはなかった。


「お前ら昨日なんかあったの?」

「実は賢治とちょっと喧嘩してさ……」


「喧嘩? 翔の堪忍袋の緒もついに切れたか! お前は本当にお人好しだよ。俺だったらとっくの昔にぶちギレてるぞ」井上は笑った。


「疲れてんのに賢治が合コン行こうってうるさくてさ」

「へ!? お前に合コン?」


「こら、そこ! 講義中は静かにしなさい」

先生の鋭い視線が突き刺さる。


「すみません」

僕は先生に頭を下げた。


「バカ、声でかいよ…」

「悪い、悪い。それにしても翔に合コンって……。あいつそんなに彼女欲しいのか? どうせ翔を餌に可愛い子引っかけようとか考えてたんだろ?」


井上は呆れ気味に半笑いだ。


「そうじゃなくてさ。一緒に彼女作ろうってしつこくて…」

「お前に彼女ぉ!?」

笑いとともに井上の口から大きな声が漏れ出した。


「こらそこ! 騒ぐんだった外でやりなさい!」

苛立つ先生。


「すんませ―ん」

井上はへこっと頭を下げた。


「へぇ、女に完全無関心なお前に? この侍ク―ルボ―イに合コンで彼女? あいつの考えることはよくわからんな。ってことは賢治の奴ふて寝か? やること本当にガキだよなぁ〜」


井上はそう言うとふっと笑った。



この人、同級生の井上俊いのうえしゅん(通称いのさん)は僕や賢治の2つ年上。


ちょっとしたお兄さん風を吹かせているがとてもいい奴だ。

井上も出席番号が近いため仲が良く大学では常に一緒に行動している。


キ―ンコ―ンカ―ンコ―ン。 

午前の授業終了のチャイム。


「井上、午後の授業なくなったみたいだ」

掲示板に群がる学生たち。

突然午後の授業が休講になった。


倫理の先生が病欠で急きょ休講となったのだ。

誰かが自己免疫疾患だと言っていた。


「おい、自己免疫疾患って結構厄介なんだろ?」

井上が僕に言った。


人の体には、もともと免疫という病原体から身を守るための防御システムがある。

病原体を敵とみなし攻撃して排除、体を守るのだ。


自己免疫疾患とは免疫が異常を起こし誤って自分自身の正常な体を攻撃してしまう病気。いわば暴走のようなもの。


まだ解明されていないことも多く、なぜ暴走したかわからないことが多いという。

原因がわからないと言うことは決定的な特効薬や予防策がないということ。


しかも免疫全てが暴走するわけではない。

正常な部分では体を守る機能も働いているため、異常な攻撃は抑えたいけど免疫全体を抑えすぎてもいけない。


つまりアクセルとブレーキを同時に使うようなもの。

そのため非常に厄介な病気というわけだ。


「免疫を抑えすぎれば簡単に感染も起こる。ちょっとした感染で命が危険にさらされることもあるんだよな……」

「免疫を絶妙に抑えつつ程よく症状と付き合っていくしかないってことか……」


僕と井上は珍しく医学生らしい会話をしていた。


医療がどれだけ進歩しようとも病気がなくなることはないという。

メカニズムがわからない病気も多い。


医療の歴史は病気との追いかけっこのようなものだ、と僕らは基礎医学の講義でそんな話しを聞いたばかりだった。



「でも俺たちがここで悩んでも仕方ねーよな。よくなることを祈るばかりだ。じゃぁ俺、用事あるから帰るな!」

「用事ってどうせ麻雀だろ? 好きだね、麻雀」


まったく切り替えの早い奴だ。


井上は大の麻雀好き。

時間があるとすぐに行きつけの雀荘にいく。

この人は大学に麻雀をしに来たのではないか?

そう思うくらい毎日雀荘に入り浸りなんだ。


「頭の体操だよ。お前も行くか?」

井上は僕が絶対に断るのをわかっていながらそう言った。


「行かねぇよ」

僕は呆れながら即答した。




外に出ると太陽がギラギラと輝いていた。

外はもう夏そのもの。


アスファルトからの熱も半端ない。

ちょっとペダルを漕いだだけで一気に汗がにじみ出る。


「フェルマについたらまずアイスコーヒーだな」

僕はいつものようにフェルマに自転車を走らせた。


大通りの角を曲がると桜並木に人影が見えた。

短めのパンツに白っぽいカットソ―。

この暑さのためかポニ―テル姿だった。


いつもと同じ場所。

遠目からでもそれが彼女だと僕はすぐにわかった。


いつもはフェルマの二階から彼女を眺めるばかりの僕。


それはちょっとした好奇心だった。

店を通り越してそれとなく彼女の傍を通り抜けてみようか……、そう思った。


トキントキンと胸が高鳴った。


ただ傍を通り抜けるだけなのに、なぜか妙に緊張していた。

近づく彼女との距離感にドキドキしながら僕はペダルをこいだんだ。


数メートル。

彼女との距離はあとちょっと……。


そう思った時だった――――。



「おい、翔っ!!」

突然飛び出してきたジョ―ジ。


「うわっ!」

キキキ――――――ッ! 


ぶつかりそうになって自転車に急ブレ―キをかけた僕。


ドク、ドク、ドク、ドクッ! 

僕の心臓は驚きのあまり飛び跳ねた。


「翔、お前にお客だ! 早く入れ!」


店の前でジョ―ジに呼び止められたんだ。

僕の心臓は思った以上にやたら激しく脈打った。


「びっくりしたー! なんで外にいるんだよ! っていうか危ないだろ!」


噴き出す汗にみるみる濡れていくTシャツ。


慌てて桜並木の方を振り返ったが、さっきまでそこにあった彼女の姿はもうそこにはなくなっていた。

お読みいただきありがとうございます!

また、誤字報告をくださった皆さま、ありがとうございます。

ブックマークや評価、感想を頂けますと励みになりますので、どうぞよろしくお願いします.。.:*☆


次話 【 賢治のイメチェン大作戦 】

毎週水曜日12時更新予定です。

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