【 模索・葛藤の日々 】
入学直後に練習試合で足を怪我したそうた君。
プロを目指すレベルの高いチームメイトの中で焦りもあったのか。
彼は珍しくひどく落ち込んでいたという。
少し心配になった須藤先生。
先生はそうた君の携帯に何度か電話しものの反応はなく、二人のすれ違いは続いていった。
仕事の忙しさから会いに行くことも出来ずにいた先生。
何度か送ったメッセージにも訳の分からない返信しかなかったという。
『また変な返信だけか。いつものおふざけかぁ? まったくそうたの奴……』
本当に困っていたらすぐにでも頼ってくるだろう。
その時、須藤先生はそう思ったそうだ。
でも現実は違っていた。
もしかしたら脳炎のせいでうまくプレーができなかったのかもしれない。
落ち込んでいたのも病気の症状だったかもしれない。
携帯がうまく使えなかったのかも…。
頭の中が混乱していたのかもしれない……。
先生はその時のことをずっと後悔していたんだ。
そして先生と同じように春花もまた後悔していた。
いつもならそうた君と頻繁に連絡を取り合っていた春花。
でもタイミングの悪いことにひどく体調を崩し春花は何日間も寝込んでいたのだ。
朦朧とする意識の中、春花もまたそうた君の異変に気付くことができなかったのだ。
橋から転落し溺れた時の頭部外傷と低酸素症。
本当の病気は、そうた君の転落事故によりぶ厚いベールに隠れてしまったのだ。
入院直後、初期段階でみられた痙攣は低酸素状態からくる症状と考えられていた。
しかしすぐに回復すると思われていた意識は戻らず、その後日和見感染による単純ヘルペス脳症を起こしていたことが判明。
『痙攣や意識障害は単純ヘルペス脳炎のせい』
そう考えられたのだ。
そして衰弱によりさらに重なった重度の肺炎。
合併症を起こしてまったのだ。
喉を切開してつけられた人工呼吸器。
呼吸が弱まりやむをえず人工呼吸管理が行われたのだ。
そしてその後の治療により、肺炎も落ち着き順調にヘルペスウイルスは減少。
順調に回復していているようにみえた矢先、先生たちは違和感に襲われたという。
『おかしい。何か変だ……』
ヘルペスウイルスが減少してきているにもかかわらず続く痙攣、戻らぬ意識。
そして再び見直された検査結果。
あらゆる可能性を考慮し急遽追加で検査が行われたのだ。
そしてそれは追加検査の結果を待っていた時だった。
「須藤先生、大変です! すぐ来てください! そうた君が……」
「まさか急変……っ?」
慌てる看護師さんと共に病室に駆け付けた須藤先生は唖然とした。
意識がないのに、まるで意識があるかのように激しく動く体。
ベッドの上には跳ね上がるように異様に上体を反らし、そっくり返ったそうた君の姿があったのだ。
それは発作的な強い強い不随意運動。
ヘルペスウイルスが体内から消失してもなお、彼の脳を攻撃し続ける別の原因があるという証拠だった。
追加検査で判明したNMDA受容体抗体脳症。
胸部の画像検査ではわずか数ヶ月で大きく成長した奇形腫が確認されたのだった。
これは入院当初には見られなかったものだった。
「どういうこと? 本当の病気? 事故の前から症状があった……? なんでなのよ……。 どうしてもっと早くわからなかったのよぉぉぉ―――――っ!!!」
突然告げられた事実にパニックを起こし倒れてしまったそうた君のお母さん。
突然の事故と続いた昏睡状態。
そして紐解くように徐々に徐々に明らかになっていった病気の正体。
心身ともに疲れ切っていた家族にとってそれはさらなる追い討ちに違いなかった。
この病気の患者に腫瘍が認められるのは一部なのだという。
つまり腫瘍もなくなぜ脳炎の原因となる抗体がでるかわからないこともあるのだ。
まだまだ分かっていないことも多い病気。
「厳しいことにこの病気はたとえ腫瘍が見つかっても摘出すれば治るというような単純なものでないんだ。それでも徐々に回復はしていくだろう……」
須藤先生はそう静かに言ったんだ。
病気の診断は時に高次な方程式。
現症や既往歴や家族歴、基本的な検査結果などからどんな検査が必要なのか。
怪しいと思われる病気に的を縛っていく。
一言に検査といっても、魔法のように病名が浮かび上がってくるわけではないのだ。
必要があれば追加検査や投薬などの様々な治療をしながら経過観察をし反応を見ていくのだ。
複数の病気が絡み合っていたり、稀な病気もある。
様々な方法で病気の全容をあぶりだしていくんだ。
そうた君の場合、それは非常に高次な方程式だったのだ。
自殺を疑う橋からの転落事故。
頭部外傷と低酸素症、単純ヘルペス脳症に重度の肺炎。
それらの似通った病態が重なり合うことで、抗NMDA受容体抗体脳症の特徴的な症状を巧妙に厚いベールに包み隠してしまっていたんだ。
ただでさえ稀な病気。
不運に重なり合った状況。
それにより方程式はより難解なものになってしまっていたんだ。
「今のところ手術の経過も安定している。だから春花ちゃん、そんな顔しないで……」
「将ちゃん……っ」
優しく声をかける須藤先生の腕にしがみついた春花の目からあふれる涙は止まらなかった。
「みんなもありがとう……」
そう言って、その場にいた僕らにも頭を下げたんた須藤先生。
顔を上げた先生の頬には涙がス――っと流れていった。
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