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【 彼女の想い ①】

そうた君は須藤先生の年の離れた弟さんだった。




そうた君は春先に川で溺れ、心肺停止状態から比較的早い段階で蘇生したという。

一命はとりとめたものの、低酸素状態であった上に橋から落ちた時に頭を強打。

結果的に昏睡状態に陥ったということだった。


比較的脳への損傷は少なく、じきに意識は戻ると思われていたが入院中に抵抗力が低下。

単純ヘルペスウイルスへの日和見感染を起こしてしまったのだ。


単純ヘルペスウイルスによる脳炎の影響で未だ昏睡状態が続いているとのことだった。

体の傷自体は治っていても、もう数カ月、意識が戻らない状態なんだそうだ。




意識がないにも関わらず、痙攣を起こしたり痙攣がひどい時には意識があるかのように自分で体を動かしているようなこともあるという。

静かに眠るような彼を見て、今は鎮静が効いているのだろうと春花は言った。



ガラガラガラっ!

勢いよく開いた病室のドア。


「春花ちゃん、どこに行ってたの!」

しばらくして須藤先生が駆け付けた。


「春花ちゃん、そのままだと風邪をひくわ。体を温めに行きましょう」

凍える春花を心配し看護師さんが彼女を処置室に連れて行くと須藤先生は僕に色々話してくれた。



春花は昨日、そうた君のお母さんに〝もう病室ここには来ないでちょうだい〟そう言われたそうだ。


明らかな拒絶と鋭い言葉。

感情をむき出しにされた春花はそのことでショックを受け、須藤先生に泣きついたそうだ。


お母さんは今、そうた君のことで精神的に非常に不安定な状態だという。

春谷すのたにが見たというのはその時の二人だったのだろう。


そのことで春花を傷つけてしまい本当に申し訳なかったと須藤先生は言った。




「そうたの治療は進んではいるんだ。でも脳炎はもともとリスクが高い。意識が戻って病状が快方に向かったとしてもその先もどこまで回復するかは正直わからないんだ……」

須藤先生は何とも悲痛な顔をしていた。 

 

「そうなんですか……」

厳しい現実に胸がえぐられるようだった。


「実はね、そうたのことで春花ちゃんにも話さないといけないことがあるんだ。もしよかったら、糸倉君たちにも聞いてもらえないかな。今の春花ちゃんにはそばで支えてくれる人が必要だと思うんだ……」


先生の優しい言い方に、僕はただただうなずいた。





「みんなが心配してるね。そろそろ帰った方がよさそうだ」

春花が戻ると、先生は僕らの頭を優しく撫でた。

先生の手はとても優しくて、温かかった。


「……っ」

止まっていた涙がまた溢れそうになった。






フェルマへの帰り道。


ザっ、ザっ、ザっ、ザっ。

降り積もった雪。

僕は春花の手を引きながら桜並木をゆっくり歩いた。



静けさの中、足音だけが響いていた。

涙で腫れた目に冷たい風がしみ、二人の吐く真っ白な息が風に流れていく。






ご神木の前で足を止めた春花。

初めて僕が春花を見つけたのもこの桜の下だった。


新緑の桜。

見上げる春花の横顔に、僕は心惹かれていったんだ。


可愛くたって性格がいいとは限らない。

そんな風に思ったこともあったっけ。




桜を見上げるその訳を、あれこれ考え眠れぬ夜もあった。

まさか春花がこんな事情を背負っているとも知らないで……。




願いが叶う桜の魔法――――。


今ならわかる。

春花が桜の花をどれほど待ち望んでいたのか。

どれだけ彼のことを想い続けていたのか…………。




『ありがとう』

病室で聞いたその言葉で、僕はようやく理解した。


彼女が僕らに作った見えない壁。

それは彼女の優しさだったのだろうと。

僕らに心配をかけまいと、巻き込むまいと必死にこらえる彼女の優しさだったんだ。




おじいちゃんの言う通り思いやりの形はさまざまだ。

切ない胸の痛みの分、僕はつないだ手をギュッと握りしめた。



「春花、春花は一人じゃない……。俺も、井上も、賢治も、三田さん、ジョ―ジ、由美さんに一さんも。みんな、みんな、春花の味方だよ」  

彼女は僕を見ると、その言葉を噛みしめるようにうなずいた。


「辛いときは言って。 なんでもいいよ。なんでもいいから、……もうひとりで、悩むなよっ」

春花は涙を浮かべてうなずいた。


「傍にいるから、ずっと……、ずっと傍にいるから……」

「う……っ、うん……」


春花は静かに、僕の手をギュッと握り返したんだ。






「はるかぁっ!」

フェルマに帰るとは真っ先に春花に抱きついたのは三田さんだった。


「とにかく無事でよかった」

由美さんもジョージも井上と賢治もみんなが春花に駆け寄った。


「ごめんなさい……っ、心配かけて……、ごめんなさい……っ」

そう言うと、春花の目からはまた大粒の涙が溢れ出した。



ご覧いただきありがとうございます。

また、誤字報告をくださった皆さま、ありがとうございます。


ブックマークや評価、感想を頂けますと励みになりますので、どうぞよろしくお願いします.。.:*☆


次話【 彼女の想い ② 】 


毎週水曜日 お昼の12時更新予定です。


AR.冴羽ゆうきHPから "糸倉翔の撮った写真" としての冴羽ゆうきの写真も見られます!

HPからTwitter / Instagramへも!

ご興味のある方はぜひご覧ください☆


https://sites.google.com/view/saebayuuki/ 


コピペ願います!(AR.冴羽ゆうきHP にてHPを検索!)

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