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【揺れる想い②】

病棟の廊下。

向こうから走ってきた先生は僕らの横をすり抜けていった。



その胸元には〝内科医 須藤将太(すどうしょうた)〟と書かれたネームプレートが。

授業の時に何度か見かけた先生だった。


春谷すのたにが言っていたのはこの先生に違いない。

僕と井上は顔を見合わせ、頷いた。




この人が昨日山峰さんと抱き合っていたという人。

この人が山峰さんの好きな人かもしれない。


そう思うと胸のあたりが急に苦しくなっていった。





「す、須藤先生っ」

勢いで駆け寄った僕ら。


「あれ、君たちどうしたの?」


ふんわりとした優しい声。

朗らかな人の良さそうな先生の雰囲気に僕は一瞬戸惑った。




「君たち授業は? まだ授業中だよね?」

驚くことに先生は僕たちのことを覚えていたんだ。



そのことにひるんだ僕。


「あの、先生。先生のところに山峰さん来ませんでしたか?」

そう言って僕の代わりにぐっと前に出たのは井上だった。




「春花ちゃん?今日はまだ来てないと思うけど……」


"春花ちゃん"

その言葉に心臓が雑音を混ぜながらドクドクと脈打った。




名前で呼び合う親し気な関係。

"まだ来ていない"ということは、いつも来ているということ。




「何かあったの?」


瞬間的にピリッと変わった空気感。


何か感じとったのか、突然先生の表情は様変わりした。




本当に先生と山峰さんは春谷すのたにが言うようなこじれたの男女関係なのだろうか。

先生の真剣な表情を前に僕は違和感を感じざる負えなかった。


「何があったの?」


どこまで話したらいいのか。

問い詰めるような先生の勢いに躊躇した僕ら。


「そ、それが…」

「彼女、授業中に急に教室を飛び出してしまって……」


「そうか……、それで探してたんだね……」

そこにあったのは先生の困惑の表情だった。



2人にはどんな事情があるというのだろう。



「みんなにまで迷惑をかけてしまったみたいだ。申し訳ない…」

そう言って山峰さんのことなのになぜか須藤先生が頭を下げたんだ。


何とも言えない感情だった。

湧き上がる不安と困惑。

先生に対する嫉妬もあっただろう。


「なんで先生が謝るんですか。山峰さんとはどんな関係なんですか?山峰さんに何があったんですかっ」


傷つきボロボロになった山峰さんの姿が頭から離れない。

この先生はその理由を知っている。

そう思ったら僕は先生に詰め寄っていた。




「翔、落ち着け!ちょっと落ち着けって!」


制止する井上。

でも僕は必死だったんだ。

感情をコントロールできるはずがなかった。





「春花ちゃんは僕にとって妹みたいなものなんだ」

「いもう…と……?」


意外な返事に混乱する僕。

でも、とまどう僕に向けられたのは先生のとても優しい表情だった。



苗字も違えば似ても似つかないふたりの容姿。


妹じゃないく、妹のみたいなもの……?



「うん、妹のように思ってる」


先生のそのまっすぐな言葉に僕の高ぶった気持ちは一気に音をたてて引いていった。



「僕から君たちに今事情を話すこともできる。でも僕は春花ちゃんの気持ちを尊重したい。ずっと悩んできたことだからこそ春花ちゃんから直接聞いてあげてほしいんだ」


状況を知りたがる僕らに山峰さんから直接話しを聞くべきだ、そう先生は言ったんだ。


山峰さんは僕らに今日の放課後打ち明けることを先生に以前から相談していたようだった。





「とにかく今は春花ちゃんを探そう。あの子はとてもいい子だよ。だからどうかみんなで支えてやってくれないかな」


先生はそう言うと、なぜか僕の肩に優しくその手を乗せたんだ。



結局状況はよくわからないままだった。


でも、春谷すのたにが言っていたような関係でないことだけははっきりした。


何かよほどの事情があるのだろう。

切ない先生の表情に胸がキュッと締め付けられた。



「もし見つけたらすぐ連絡するから」

看護師さんに呼ばれ慌ただしく駆けていく先生に僕は深々と頭を下げた。



僕は自分を恥じていた。


この先生が彼女を苦しめているのかもしれない。

山峰さんが僕たちに嘘をついているのかもしれない。


少しでも疑った自分が情けなかった。




 

「おいっ、翔っ!」


バッチ――ンっ!!!


大きな音とともに突然鋭い痛みが僕の背中を貫いた。

井上が僕の背中を思いっきりぶっ叩いたんだ。


「いってぇなぁ! 何すんだよっ」

雷に打たれたような痛みに本気で井上を睨んだ僕。


「しっかりしろよな。よくわかんね―けど、とり合えず山峰はいい子だ。間違いなくあの子はいい子だよ!」


そういって僕を覗き込んだ井上は今まで見たこともないような優しい顔をしていたんだ。



ぐっと熱くなる目頭。


「ほら、早くいくぞ!」

僕は急いで溢れる涙をぬぐったんだ。


「おっ……、おうっ」


僕の声は震えていた。



泣いたのなんていつぶりだろう。

不安や期待、疑いや嫉妬、彼女に対する気持ちが大きくなればなるほど心が揺らぐ。



彼女は今も苦しんでいるのは間違いない。

今はとにかく彼女を見つけなければ、そう思った。





心あたりを探しきっても結局彼女は見つからなかった。

賢治たちと合流しフェルマの二階に場所を移した僕ら。



電話もメッセ―ジも全然反応がない。

もうすでにかなり時間がたっていた。


「事情って何?春花はどこに行っちゃったのっ? あぁぁぁ――――っ」


「あかねちゃん……」


須藤先生の話しをすると三田さんはまた泣き出した。

賢治が必死に慰めるも、三田さんはそのまましばらく泣き続けていた。





「翔、まだ連絡とれないのか?」

みんなを残して一階に下りるとジョージが僕を待っていた。


僕は途方に暮れていた。


「由美が来たら車でも探してみよう。雪もだいぶ積もってきたし日が落ちる前に見つけないとな……」


そう言うとジョ―ジは僕の頭を優しく撫でた。



「うん……」


僕は何もできない自分が悔しくて情けなかった。

外は日が傾き、薄暗くなってきていた。



ご覧いただきありがとうございます。

また、誤字報告をくださった皆さま、ありがとうございます。


ブックマークや評価、感想を頂けますと励みになりますので、どうぞよろしくお願いします.。.:*☆


次話【 止まらぬ涙 】 


毎週水曜日 お昼の12時更新予定です。


AR.冴羽ゆうきHPから "糸倉翔の撮った写真" としての冴羽ゆうきの写真も見られます!

HPからTwitter / Instagramへも!

ご興味のある方はぜひご覧ください☆


https://sites.google.com/view/saebayuuki/ 


コピペ願います!(AR.冴羽ゆうきHP にてHPを検索!)

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