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【 雪降る桜並木 】

「翔、後はいいからもう帰れ。雪降りそうだから気をつけて帰れよ」

「ジョージ、ありがとう。先に帰るよ」




フェルマの2階で帰り支度を始めた僕。


「はぁ―――っ」

深いため息ばかりが出た。



窓の外をのぞくと今にも雪が降りそうなどんよりした雲が厚く空を覆っていた。

まるで僕の心を映すようだった。






何気なくふと視線を落とすと、うす暗い桜並木にご神木の前に人影が立っていた。

 



「もしかして……、山峰…さん?」


僕はその人影にハッとした。




いや、まさか。

だって彼女は実家に帰っているはずだ。





でも水色のコートに白っぽいマフラー。

必死に目を凝らせば凝らすほど、それは山峰さんに見えたんだ。





バタバタバタバタバタっ。

僕はコ―トをひっかけると、転げ落ちるように慌てて階段を下りた。




「はあ、はあ……」


はやる気持ちに呼吸が乱れる。




目の錯覚か?


なんでここにいるんだ?

実家に帰ったはずじゃなかったのか?




ガチャガチャ、バタン。


店の裏口から外に飛び出した僕。


凍てつく空気。

なんて寒いんだ。


体が一気に縮こまる。

途端に真っ白な吐息が風とともに頬の横を流れていった。





でも僕の目に狂いはなかった。

やっぱりそこに山峰さんだったんだ。



静かに桜を見上げる彼女。


「山峰さんっ!」

僕は彼女に駆け寄った。




「翔……くん……」

振り返った彼女は驚いた顔をしていた。



「はあ、はあ……。実家に……、実家に帰ったんじゃなかったの?」


「帰ったんだけど……、戻ってきちゃった……」

そう言うと、彼女は力なく笑ったんだ。





一度帰ったのに戻ってきた?

どうして?

やっぱり何かあったのか?


疲れ切ったその表情に不安を掻き立てられる。





「おばあちゃんに何かあった? 大丈夫?」



「うん、おばあちゃんなら大丈夫。リハビリも順調だって」



「ならよかった。でもみんな心配してたんだよ。山峰さん最近元気ないし、本当にどうしたんだろうって……」



「心配かけてごめんね……。でも、私は大丈夫だから……」


力のない声。




まただ。

何度聞いてもその答えばかり。


目の前の彼女の無機質な笑顔にドクンドクンと心臓が嫌な音をたてていた。







明らかに無理をしている彼女。


とても大丈夫には見えないのに一体何が大丈夫なんだ。





「ねぇ本当? 本当に大丈夫なの!?」


僕はとっさに彼女の腕を掴んでいた。




腕を掴まれ驚く山峰さん。



聞かれたくないことだったのだろうか。

その直後、顔を背けるように彼女はうつむき黙ってしまったんだ。





どうしたら彼女は話してくれる? 

こんなに傍にいるのに僕には何もできないのか?




重なり合う寒さと静かさ。

時折キーンと耳の奥に痛みが走った。


僕ら以外他には誰もいない。

薄暗い桜並木には僕らを照らす照明だけ。







沈黙する彼女とともに静かに桜の木々がたたずんでいた。


どうして山峰さんはこの場所に戻って来たんだろう。

暑い夏の日に見かけた彼女の姿がふと脳裏に浮かんでいた。




「山峰さん。山峰さんってさ……、いつもここで桜を見てるよね……」



「…………え?」


驚いた表情。

どうして知っているのか、そんな表情だった。



いつもこの場所で桜を見上げる彼女。


きっと今日ここに来たのも何か理由があるかもしれない。

僕はそう思ったんだ。





「ごめん……。以前まえからフェルマの2階で見てたんだ。もしかして、山峰さんにとってここは何か特別な場所なんじゃない……?」



変な緊張感だった。


山峰さんのことをそっと盗み見ていた罪悪感。

一歩間違えばまるでストーカーだ。

気持ち悪いと思われても仕方ない。



ドクンドクンと心臓の鼓動がゆっくりと耳に響いていく。





「そっか、フェルマの休憩室からここは見えてたんだね」


少し驚いていた様子だったが、僕の心配をよそに彼女はそのあとゆっくりと話し出したんだ。






「翔くん、翔君は桜の魔法って……知ってる?」

「桜の魔法?」


「うん……」

彼女はゆっくりとうなずいた。





「満開の桜の花には魔法の力があるの。手の中に満開の桜から花びらが舞い降りると、その人の願いが叶う……」


桜を見上げる彼女の表情は何とも寂しそうな、とても切ないものだった。





「桜は私にとって特別なの。本当に魔法があるかなんてわからない。でも桜に願いを託す気持ちはよくわかる……」



願いが叶う魔法の花‥‥。

彼女は桜に何か願いを託そうとしていた‥‥?





「私の名前って、春の花って書いて〝春花〟でしょ? 桜を見てると元気になるし勇気が出るの。嫌なことも、悩んでたことも、桜を見てると忘れてしまう。不思議な力を持った優しい花……」


そう言うと、彼女はとても穏やかな優しい顔をしたんだ。






彼女の言うことが僕にも少しわかる気がしていた。


幼い頃のじいちゃんとの桜の思い出。

あの時の不思議と心が温かくなるような優しい気持ちはもしかしたら桜の魔法だったのかも。



「俺もあるよ。桜に不思議な力を感じたこと……」





僕はおじいちゃんとの思い出を山峰さんに話したんだ。(※)




「人を思いやる気持ち……。翔君のおじいさんはとても優しい人思いやりのあるだったんだね……」






その時だった。


「……雪だ」


フワフワと突然降り始めた牡丹雪。

それはまるで舞散いる桜の花びらのようだった。




「私ね、みんなに言わなくちゃいけないことがあるの。勇気がなくて言えなかったこと。でもずっとみんなに言おうと思っていたこと……」


彼女はそう言うと舞降る雪に手を伸ばしたんだ。




手のひらに舞い込んだ雪は瞬く間に消えていく。





彼女は胸の前でギュッと握り占めた。




まっすぐ僕を見る山峰さん。


冷たくピンと張りつめる空気感。

寒さのせいもあったかもしれないが、彼女の瞳の中に何か強い決意のようなものを見た気がしたんだ。





「みんな、山峰さんが話してくれるのを待ってるよ」



「うん……。でも、あと一日。あと一日だけ待ってくれないかな……? そしたらみんなに、ちゃんと話すから……」



あと一日。

彼女の言ったその一日に、一体どんな意味があるのか僕には見当もつかなかった。




彼女の悩んでいることがようやくわかる。

それなのに心は雪のように冷たく鉛のように重かった。



僕はその後、山峰さんを寮まで送っていった。

降り止まない雪の中ゆっくり静かに歩いた僕ら。


彼女の後ろ姿を見送った後も、僕は一人寮の前でたたずんでいた。






色々な考えが頭に浮かぶ。

家族のこと? 

彼女自身のこと? 



それともずっと好きだった彼のこと……? 



考えても考えても答えは出ない。

わかっていても、それでも勝手に頭に浮かんできてしまう。





桜の魔法。

花びらに込める願い事…………。


ずっと待ち続ける桜に、彼女は一体何を願うんだろう?

来る日も来る日も桜の花を待つ彼女の姿が目に浮かぶ。


溢れ出す切ない気持ちに、その夜、僕はとてもじゃないが眠ることが出来なかった。



※第9話 【 桜の思い出 】 参照。


ご覧いただきありがとうございます。

また、誤字報告をくださった皆さま、ありがとうございます。


ブックマークや評価、感想を頂けますと励みになりますので、どうぞよろしくお願いします.。.:*☆


次話【 言いがかり ① 】 


毎週水曜日 お昼の12時更新予定です。


AR.冴羽ゆうきHPから "糸倉翔の撮った写真" としての冴羽ゆうきの写真も見られます!

HPからTwitter / Instagramへも!

ご興味のある方はぜひご覧ください☆


https://sites.google.com/view/saebayuuki/ 


コピペ願います!(AR.冴羽ゆうきHP にてHPを検索!)

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