【 僕のパ―トナ― 】
同級生の賢治は医学生のくせに見た目はボロボロで清潔感なし。授業は全寝。おまけにレポートはほとんど僕の丸写し。悪い奴ではないけれど、まじめでお堅い翔がなぜそんな賢治のパートナー?
「ただいま――」
午後9時半、バイトを終え僕はようやく家に辿り着いた。
肉体的にも精神的にも疲労困憊。
身体はだるく、頭は重い。
シャワ―でも浴びてさっさと眠りにつきたいところだ。
だが玄関で靴を脱ごうとして僕は一瞬にして凍り付いた。
「……げっ」
そこには見慣れたボロボロの靴が転がっていた。
「賢治だ……」
一気に下がる僕のテンション。
「あら遅かったわね。翔、賢ちゃん来てるわよ」
母さんがキッチンからひょこっと顔を出した。
「はぁ――っ」
大きな大きなため息が出た。
トン、トン、トン、トンッ。
階段を上る足取りは重い。
ガチャッ。
「おっかえり――! 翔ちゃん、待ってたよぉ♪」
僕のベッドの上にはマンガを読む賢治。
「おかえりじゃないだろ。今日は疲れたからもう寝る! 無理無理無理っ! 帰れ帰れっ!」
僕はそっけなく賢治にシッシッと手を振った。
「え――、翔ちゃんのいけずぅ」
体をクネクネさせながら近づいてくる賢治。
明日は倫理の授業のちょっと大変なレポ―ト提出日。
賢治のお目当ては成績に直結するそのレポ―トだ。
「気持ち悪いからやめてくれっ」
擦り寄ってくる賢治を僕は払いのけた。
「ねえねえ、翔ちゃん♡」
賢治はあきらめず、甘えるように僕に擦り寄った。
暑苦しく賢治の体温がまとわりつく。
「あ―、もうわかったよ!さっさと書いて帰ってくれ!」
バサッ!
「ありがと、翔ちゃん♡」
賢治は嬉しそうに僕に投げキスを飛ばした。
普通男が男に投げキスなんてするか?
本当にふざけたやつである。
紹介しよう。
こいつ相沢賢治は僕の大学の同級生。
おわかりの通り、ふざけた軽い奴である。
どうしようもない奴で、どうしてこんな奴が医学部にいるのか僕は不思議でしょうがない。
医者とは豊富な知識を備え何時も冷静沈着でどんな緊急事態にも臨機応変に対応する、患者さんから慕われ、尊敬されるような威厳あるもの。
そういうものだと僕は思っている。
しかしどうにもこの賢治という奴はそのイメージとかけ離れた存在なんだ。
人懐っこい性格で人間としてはいい奴なのかもしれないが、のんびりしているというかマイペ―スというのか。
気持ちよさそうに授業は全部寝ているし、寝ながらいびきをかいていることもしょっちゅう。
いつも先生を怒らせては授業を中断させるのが大の得意だ。
課題はほとんど僕のまる写し。
髪はボサボサ、清潔感ゼロ。
クチャクチャクチャクチャ、いつも音を立ててガムを噛んでいる。
本当に医者を目指す気があるのかどうかも定かではない。
しかもこの前、賢治ついての衝撃の事実が判明した。
みんなで学食のお昼を食べた後のことだった。
僕らはいつも昼食を終えると売店に寄ってから学生ラウンジでコ―ヒ―を飲む。
「お、賢治、ガム買ったの? 俺にも一個ちょうだいよ」
同級生の井上が、賢治にガムをもらおうとしていた。
「え? ガムは買ってないよ? ほらっ」
賢治は買ったばかりのお菓子の入った袋をガサガサと広げて井上に見せた。
「え? でもお前、今ガム食ってるじゃん」
「うん、食ってるけど?」
賢治は井上にきょとんとした顔をした。
「……え?」
一瞬、そこにいた全員が固まった。
午前最後の授業中に井上が賢治にガムをねだっていたんだ。
でも残念ながら在庫切れ。
井上はガムをもらい損ねていた。
その後みんな揃ってご飯を食べた僕ら。
ご飯を食べたはずなのに、新しいガムも買っていないのに、賢治はクチャクチャと目の前でガムを食べている……。
「えっ? おまっ、お前もしかして飯食う時もガムそのまんまなの!?」
井上が大きな声をあげた。
「えぇっ!?」
みんなが一斉に声を上げたんだ。
「きったね―! お前、きったね―よ! 飯食う時くらいガム出せよ!」
みんな完全にドン引きだ。
「え? ダメぇ〜? 汚ね―のかなぁ?」
賢治はのん気な顔で頭をポリポリ掻いていた。
そう、賢治はこういう奴なんだ。
我々にとっては衝撃の事実だった。
本人いわく、食事の時ガムは口の中で左頬の上の方に避難させているから大丈夫なんだという。
一体何が大丈夫なのかはさっぱりわからない。
でも賢治は今もお茶を飲みながらガムを噛んでいた。
極度の面倒くさがりで、洗濯はしてもしわくちゃのまま干してアイロンはかけない。
よって、いつも服はしわくちゃ。
大の風呂好きで意外ときれい好きということだけはわかっているがガムも出すのが面倒なようだ。
しかし、この見た目とガムだけは何とかしてやめさせなければいけない。
学年が上がって病院の院内実習が始まれば身だしなみも大事な評価ポイント。
放っておけば連帯責任でこの僕まで減点対象になるかもしれないのだ。
実習などのペアは五十音順の出席番号で決まる。
相沢、糸倉。
あいざわ、いとくら……出席番号1番と2番。
そう、賢治と僕はよほどのことがない限り6年間不動のペア関係なんだ。
グループ実習も確実に同じ班となる。
「翔ちゃんは本当にお固いなぁ。侍ク―ルボ―イもいいけどもっとみんなと仲良くしなよぉ。みんなと話すの楽しいよぉ?」
「侍でもク―ルボ―イでもなんでもいいわ」
僕はあまり人とにぎやかに話すのは得意ではない。
バカみたいにふざけ合ったりするのも好きではないし、心穏やかに静かな時間を過ごす方が好きだった。
そんな僕は大学に入って学生の派手さに驚いた。
大学デビューというやつなのだろう。
医学部なのに茶髪にピアスは当たり前。
ギャルもいればビジュアル系ロックバンドか? 金髪に銀髪もいれば派手に剃り込みを入れている奴もいた。
見た目は普通でも意外とチャラいノリの奴も結構多く、休み時間になると教室はかなりにぎやかだった。
いついかなる時も冷静沈着に。
そんな気持ちがにじみ出ていたのか、僕はいつの間にか〝侍ク―ルボ―イ〟なんて呼ばれるようになっていたんだ。
「翔ちゃんって人気あるのにもったいないよね。好きな子とかいないの?」
「またその話しかよ」
ジョージといい賢治といい、どうしてみんなすぐにそういう話をしたがるのだろう。
「その様子じゃいないんでしょ~」
ニヤニヤ笑う賢治。
「いないよ」
「翔ちゃんって本当に女っ気ないよね。女の子嫌いなの? もしかして、実はマザコ~ン?」
賢治は僕のことを完全にからかっていた。
僕は賢治に思いっきり枕をぶん投げた。
「女なんて面倒なだけだろ。もうこりごりなんだよ!」
「え!? なになに? こりごりって何? こりごりってなぁに!?」
「な、なんでもないよ」
つい口が滑ったのだ。
僕はしまったと思った。
慌ててごまかしたが時すでに遅し。
「なになに翔ちゃん! 聞きたい、聞きたい! 聞きたいっ!!」
子供のようにバタバタしながら机を叩く賢治。
人懐っこいということはしつこいということ。
しかも賢治の場合は超ド級のしつこさだ。
僕としたことが何という痛恨のミスだろう。
しばらくかわそうと頑張ったが、賢治のしつこさに負け結局僕は観念したんだ。
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