【 僕の好きな人 】
山峰さんに、好きな人がいた‥‥。
突然露呈した事実。
霞がかかったように僕の思考回路は停止していた。
胸には重く沈むような感覚。
思った以上に僕はひどく動揺しているようだった。
「さすがにそろそろ戻らないとな‥‥」
気持ちを切り替えようと僕は冷たい水で顔を洗った。
洗面所を出るとキッチンの前で由美さんが待ち構えていた。
「なに情けない顔してんの!これでも飲んでスッキリしてきなさい!」
ぐいっとさっきの解毒剤を押し付けられた僕。
「簡単に諦めるんじゃないわよ!」
由美さんは間髪いれずそう言うと僕の背中を思いっきりぶっ叩いたんだ。
バッシ――ンっ!!
「ゔ―――っ、いって―なぁ!」
強烈な痛み。
息が止まるかと思うくらいだった。
キッチンを追い出された僕は男共のゴロつく居間を抜け、縁側にポツンと腰掛けた。
「はぁ――っ」
自然とため息が漏れていく。
頭の中は山峰さんのことでいっぱいだった。
山峰さんの好きな人とは一体どんな人なんだろう。
ただひたすらに帰りを待つと決めた相手‥‥。
どんな事情があるんだろう。
その人はどこに行ってしまったというんだ?
ズキンズキンと痛む胸。
考えれば考えるほど痛みは増していくばかり‥‥。
この時、ようやく僕は自覚したんだ。
この胸の苦しさがこの胸の痛みが、一体何なのか。
僕は彼女のことが好きなんだ‥‥‥、と。
否定のしようがなかった。
空を見上げると
さっきよりも青は濃く、雲一つない空だった。
ジリジリ少しずつ上がっていく気温。
どんどん汗がにじみ出る。
僕は彼女との出会いを思い出していた。
桜並木の女の子。
初めはただそれだけだった。
名前も知らない女の子。
なぜ桜を見上げているんだ?
可愛い子だなと、ちょっと気になっていただけだった。
この気持ちは、一体いつから生まれていたんだろう?
図書館で突然出逢った時は本当に驚いた。
先輩なのかと思ったらまさかの同級生。
必死に頑張った中間テスト。
結果はまさかの彼女の方が学年トップ。
彼女に負けたことがなぜか無性に悔しかった。
ただ気になっているだけだと思っていたんだ。
賢治の提案で突如女の子を誘うことになったこの旅行。
話しをしたのも打ち合わせの時とこの2日間だけ。
それまで彼女の声すら聞いたことがなかったのに。
それなのに、こんなに胸が痛むのは一体どうして……?
僕は、ハッとした。
車に忘れ物でも取りに行っていたのか?
庭の向こうから山峰さんがこっちに歩いてきたんだ。
細くすらっとした彼女。
眩しそうに手で太陽の光を遮っていた。
ドクン、ドクン、ドクン――――。
熱くなっていく僕の胸。
彼女から目が……離せない。
ザワザワとそよぐ風。
風にサラサラと揺れる髪。
それを押さえる山峰さん。
その瞬間、
僕の目には桜並木で見た表情の彼女がいくつもいくつも思い浮かんだんだ。
優しい横顔、何かに想いふける遠い目。
猫とじゃれる楽しそうな笑顔。
桜並木で見た彼女の姿が次々と――――。
僕はようやくわかったんだ。
桜並木に、気付けばいつも彼女の姿を探していた。
君の姿を心待ちにしていたんだ。
あの頃からいつの間にか、僕は君に恋をしていたんだ。
なぜか急にスッキリした気持ちになっていた。
僕は彼女に恋をした。
彼女が、僕の、好きな人。
トクン、トクン、トクン、トクン。
僕の心臓は心地いいリズムを刻んでいた。
「糸倉君、そんなところで暑くないのぉ―?」
人の気も知らず彼女が僕に話しかける。
「ふぅ――っ」
僕は大きく息を吐いた。
彼女に好きな人がいようと関係ない。
僕は彼女が好きなんだ。
恥ずかしいような嬉しいような、くすぐったいような変な気分だった。
由美さんが言った通り。
別に振られたわけじゃなし、何も卑屈になることはない。
僕はなぜか落ち着いていた。
胸の痛みもいつの間に軽くなっていた。
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次話【 解毒剤 】
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