【 彼女の好きな人 】
二日酔いに"解毒剤"が効いたのだろうか。
美鈴さんと三田さんも少しずつ朝食を食べ始めていた。
「でもさ、どう考えても昨日の焼きそば対決はずるいよな」
「ずるくないよ。みんなの公平な判断だよ」
じゃれ合うような山峰さんとの言い合い。
それが楽しくて、僕は何度も昨日のことをわざと蒸し返していた。
傍からはそんな僕らが仲睦まじく見えたんだろう。
由美さんはちょっとニヤつきながら、突然山峰さんにこう問いかけたんだ。
「ねえ、春花ちゃん、春花ちゃんは彼氏いないの?」
えっ!?
その唐突な質問に僕はドキッとした。
美鈴さんは井上の彼女だし、三田さんの"彼氏募集中"は周知の事実だ。
「それ、私も聞きたい♪」
美鈴さんも興味津々だ。
でも由美さんや美鈴さんの思いとは裏腹に、山峰さんはひどく苦い顔でうつむいた。
「あ、あの……、私は……」
不意の質問に驚いたのか。
それとも聞かれたくなかったのか。
彼女は明らかに動揺していた。
彼女の反応に、熱を帯び始めていたその場の空気が一気に冷えていく。
僕の心はザワついた。
まるで昨日の夜のように急に萎縮していく体。
「ごめんね。春花ちゃんはこういう話し苦手だった?」
「いえ………」
首をふる山峰さん。
「春花………」
何か事情を知っているのだろう。
三田さんは彼女に寄り添うと、慰めるように彼女の背中をさすり始めた。
どう見ても楽しい幸せな恋愛をしているようには見えなかった。
「ごめんね、いいのいいの。ちょっと聞いてみようかなって思っただけだから」
「いえ、あのっ……」
「あの……、私、好きな人がいて……」
それは小さな呟くような声だった。
ズッキン……。
彼女のその言葉に、僕の胸は大きく疼いた。
山峰さんに……、好きな人…………。
酸素が薄くなったのか、急に苦しくなる僕の呼吸。
「色々あって……、ちょっと落ち込んでるんだよね……」
彼女の言葉を代弁するように三田さんが言った。
うなずく彼女の表情に、ズキンズキンと痛む胸。
「……何かあったの?」
「その人は、春花ちゃんの気持ち知ってるの……?」
心配する美鈴さんと由美さんの問いかけに彼女は静かに首を横に振った。
「今は、とても……、言えなくて……。一人で必死に頑張っていて……、それどころじゃなくて……」
とぎれとぎれに繰り出される弱々しい言葉。
「急に……、遠くに行っちゃったんだよね?」
「……」
三田さんの言葉に彼女はゆっくりとうなずいた。
彼女に好きな人がいた。
こんなに可愛くていい子なんだ。彼氏がいたっておかしくない。
好きな人の一人や二人……。
僕は、何を今さら驚いているんだろう?
ギュ――っと胸が締め付けられていく。
浅く、早く、どんどん荒くなっていく呼吸。
脈打つたびに頭が……頬が……、熱くなる。
こんな気持ちは初めてだった。
「どうでもいいことばかり言ってくるくせに……、肝心なことは何も相談してしてくれなくて……」彼女の声は震えていた。
僕はどうにもたまらなくなって静かに立ち上がると、コ―ヒ―カップを持ってキッチンに避難した。
好きな人を想いながら話す彼女のことを見ていられなかったんだと思う。
僕の方からは、家具に反射するわずかな人影越しにみんなの様子をうかがい知ることができていた。みんなの死角で僕は静かにじっと耳を澄ませていた。
「すみません……。まだ気持ちの整理ができてなくて……」
連絡も取れていない様子だった。
今は待つことしかできないとその後彼女は静かに言ったんだ。
聞こうと思えばもっと色々聞けたんだと思う。でもそれ以上誰も聞こうとはしなかった
「辛いのに話してくれてありがとう」
由美さんの声は優しかった。
「みんなはまだ若いし……これからも色んな事があるだろうね。でも一人で抱え込まないでね。いつでも相談して? 一人で悩んでるのはとっても辛いし、一人で必死に悩んで考えたからって解決するとは限らないもの」
由美さんの言葉にうなずく人影が見えていた。
「私はね、悩んでる時こそみんなで一緒にバカやって笑って騒ぐのもいいと思ってるの。状況は変わらなくても、気持ちの持ち方っていうのかな? 気分転換にみんなで楽しく笑ってる方が解決に繋がっていくかもしれないでしょ? 言葉にしたら案外スッキリしちゃうことだってあるかもしれない。真剣に話しも聞くわ。だから辛くなった時はいつでも頼ってくれていいからね」
そう言うと由美さんは、山峰さんの頭をポンポンと撫でたんだ。
「いつでも相談にのるからね」
三田さんと美鈴さんは優しくそう言うと彼女を抱きしめた。
彼女はきっと泣いていたんだと思う。
「あ―あ! 私も昔はジョ―ジにたくさん助けてもらってたなぁ…。今じゃジョ―ジが大きな悩みの種だけどっ!!」
しんみりした雰囲気を吹き飛ばすように、突然大きな声を出した由美さん。
「ゔ~ん……」
唸りながらひっくり返るジョージ。
二日酔いのだらしない夫を由美さんは鋭い横目でキっと睨んだ。
そんな二人にみんなは大笑い。
「はいはい! 私、由美さんとマスタ―のなれそめ話し聞きた―い♡」
「私も聞きた―い!」
勢いに乗って三田さんと美鈴さんが騒ぎたてた。
「えぇ!? ダメダメ、ダメよ! そんな話し簡単には話せないわよ――! さ、早く片付けて大掃除始めなきゃね――!」
「あ―――、由美さん逃げた――!」
食べ終わった自分の食器をまとめると、わざとらしく大慌ててキチンに逃げて込んできた由美さん。
急に入ってきた由美さんに驚いて慌ててコ―ヒ―カップを口に運んだ僕。
「翔ちゃん、なに突っ立ってんの? そのコ―ヒ―もう空っぽでしょ?」
鋭い指摘。
そう、由美さんの言う通り、コ―ヒ―カップは空っぽだった。
「……」
情けない。
いつもなら何かしら反撃する僕だが何も言い返すことができなかった。
頭にモヤがかかったように僕の思考回路は完全に止まっていた。
ただひたすらに好きな人の帰りを待つと言った彼女。
みんなの前で涙を流すほどに強い想いを寄せるその相手……。
ズキズキと胸に痛みが突き刺さっていく。
僕は無言でシンクに空っぽになったコ―ヒ―カップを置いた。
「ショックなのはわかるけど、シャキッとしなさい! 振られたわけじゃないんだから!」
「……そう……、だけど……」
ぼやっとした思考。ボソッと言葉が漏れていた。
由美さんは僕の顔を覗き込むと途端にニヤニヤ笑ったんだ。
「翔ちゃ―ん? 認めたわね? 今認めたでしょ!」
急に声が大きくなった由美さん。
しまった!
僕はハッとした。
「違う、違う! そうじゃ、そうじゃない!」
僕はその場を慌てて逃げだした。
「こら―! 待ちなさい! 逃げるな翔―!」
一人キッチンでわめく由美さん。
「あぁ……、チクショウ……」
調子が狂う。
「はぁ――」
僕は洗面所に逃げ込んだ僕はしゃがみこんで、大きな大きなため息をついた。
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