【 朝散歩 】
身体が……、だるい。
疲れていたはずなのに僕はいつもより早く目が覚めた。
畳のにおいにいつもと違う光の角度。
眩しいくらいに朝日が差し込んでいた。
少しずつ上がっていく気温にじっとりと汗がにじみ出る。
「はぁ――っ」
目が覚めても昨日の彼女のことが頭から離れない。
僕は何か、山峰さんに言ってはいけないことを言ってしまったんだろうか?
大きなため息が何度も何度もこぼれていった。
昨夜大騒ぎしたBBQ。酔っぱらい共はまだみんな夢の中なのだろう。
トイレに行こうと和室を出ると別荘の中は嘘みたいに静まりかえっていた。
「こりゃ朝飯まではまだまだ時間がありそうだな」
目がさえてとてもじゃないが二度寝はできなかった。
しばらく悶々と考えていたが気分転換をしようとカメラを持って僕は一人、家を出た。
別荘の裏手のあぜ道を抜けると、歩いて5分ほどで海岸にたどり着く。
普段は風景・生き物・植物などの写真を撮っている僕。
今回はミラ―レス一眼カメラを持ってきていた。
レンズも小さいしコンパクトで軽くて使いやすい。
カメラは奥が深くうんちくを語る人も多いけど僕は単純に写真を撮ることが好きだった。
身近にある何気ない景色の中での発見、そんな写真に僕はのめり込んでいったんだ。
カシャ、カシャ。
青々と茂る木々。
日の光に透かされ葉脈がくっきりと浮かび上がる。
そのディテール、光と影のコントラストが美しい。
ミーンミンミンミン!
すぐそばで渾身の力を振り絞って鳴くミンミン蝉。
角度や絞り、設定を変えては撮りなおす。
僕は足元にあった石に片足を乗せて、さらに体を近づけた。
「糸倉君、おはよぅ」
僕は声に驚いて振り返った。
なんとそこにいたのは短パンにTシャツ姿の山峰さんだ!
「お、おはよう」
完全な不意打ちに一瞬にして大きく動揺した僕。
「カメラもって出かけるのが見えたからコッソリついてきちゃった」
山峰さんはそう言うと可愛く笑った。
心の準備が出来ていなかったせいで急に汗がにじみ出る。
「お邪魔だった?」
少し不安そうな顔をする山峰さん。
「い、いや、別に邪魔じゃないけど、もっとゆっくり寝てればよかったのに」
「なんか、目が冴えちゃって……」
少し含みを持った言い方に聞こえたのは僕の気のせいか?
「糸倉君は写真が趣味なの?」
パッと話しを切り替えるようにそう言うと彼女は僕のカメラに視線を落とした。
「うん、簡単なスナップ写真だけどね」
僕は撮ったばかりの写真を背面の画面に映し、彼女に見せた。
「へぇ――っ、きれいに撮れるんだねぇ」
髪をかき上げる彼女のしぐさ。
画面を覗き込むと同時に縮まる彼女との距離。
僕の胸は途端にドキドキと鳴りだした。
ザバ―ンッ、ザバ―ンッ。
波の音が聞こえていた。
「そこを上がればすぐ海が見えるよ」
坂を上り切れば海が見える。
「じゃぁ、私、海の方見てくるね」
そう言ってニコッと笑うと彼女は僕の前を走っていった。
元気に走っていく山峰さん。
僕の気持ちは複雑だった。
今朝の彼女はすっかり普通の雰囲気だ。
昨夜急に黙りこくった彼女。
昨日のあれは一体……、なんだったんだろう?
僕は何を話したらいいか考えながら、ゆっくりと彼女の後を追いかけた。
彼女と二人きりの時間にドキドキしながらも、モヤモヤした気持ちに僕の足取りは重かった。
進んでいくと坂の途中で急に空気が変わった。
湿気を帯びた風に乗って磯の香りが強くなる。
「糸倉君、海すごいよ――!」
坂の向こうで、彼女が僕を呼んでいた。
「山峰さん、ちょっと待ってよ――っ」
朝早いとはいえ、動けば暑い。
うっすらと汗をかきながら、僕は彼女を急いで追った。
ザバ――ンッ、ザバ――ンッ。
坂を上ると、一面に大海原が広がった。
ゆっくりと繰り返される波心地よい波のリズム。
クワァ―、クワァ―!
カモメが群がって飛んでいた。
ところどころ薄く雲に覆われた淡い空は太陽の光を遮り、海に落ち着いた群青色を落としていた。
程よい風が吹いていた。
海に向かってピンと背筋を伸ばし、ゆっくり深呼吸する山峰さん。
目を閉じて、この大自然を、身体一杯に感じているようだった。
そんな彼女にカメラを向けた僕。
ファインダ―越しに見る彼女の横顔は、清々しさに溢れていた。
カメラを下ろし、同じように目を閉じて深呼吸をした僕。
深い、深い、深呼吸――――――。
心地いい波の音に、朝の清々しい空気。
あらゆるものを洗い流していくかのように、風が、気持ちが、すう――っと体を通りぬけていく。
心が軽くなっていくようなそんな気がした。
しばらくするとゆっくりと山峰さんは僕の近くに戻ってきた。
「明日の朝も写真撮るの?」
彼女は僕の顔を覗いた。
「早く起きられたらね」
僕は再びファインダ―を覗きながらそう答えた。
ぐぅぅぅぅっ!
突然、山峰さんのお腹が大きく鳴った。
「やだっ、お散歩したらお腹減っちゃったみたい」
恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女。
可愛らしいそんな彼女の表情に、僕の胸はトクントクンと優しい音を奏でていった。
僕は悶々するのをやめようと思った。
「俺も腹減った! 腹ペコだよ。みんなを叩き起こして朝飯の催促でもするとしますか!」
僕らは笑いながらゆっくり別荘へ歩きだした。
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次話【 彼女の目玉焼き 】
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