【 沈黙 】
しばらくすると、ノリノリだった曲調がしっとりとしたバラ―ドへがらりと変わった。
ようやくわけのわからない踊りから解放された僕と山峰さん。
「はぁ―、やっと終わった―」
僕らは二人してぐったりと縁側に座り込んだ。
もうヘトヘトだ。
三田さんに無理やり踊らされていた山峰さんもぐったりだ。
「みんなお酒飲んでテンション高すぎなんだもん、困っちゃったよ」
「全くだ。底なしの酔っ払いどもめ」
「まだ踊ってるよ。元気だね―」
呆れ顔で笑う彼女。
僕らの間には共に苦境を乗り越えた、何か妙な親近感のようなものが芽生えていた。
「山峰さんはお酒飲まないの? まだ未成年だけど」
「ん―。飲めなくはないけど、ビ―ルとか苦いだけであんまり美味しいと思えないんだよね」
山峰さんはそういて首を振りながら笑った。
「俺もそうだな。あんな苦いの本当に美味いのかね?」
「でも、あんなに陽気になれるならお酒飲んで酔っ払えるのもちょっとうらやましいかも…」
頬杖をつきながら笑った。
でも僕はこの時、その横顔に一瞬とまどいの表情を見た気がしたんだ。
「確かに。あれだけ酔っぱらえば嫌なことも何もかも忘れられそうだ」
「ほんとそうだね‥‥」
一瞬の表情は僕の見間違いだったのか……?
「山峰さん無理してない?騒がしいのあまり得意じゃないんじゃない?」
「ううん、そんなことないよ。糸倉君はいつもみんなとこんな感じなの?」
無理をしているようには見えなかった。
彼女の答えにホッとした僕。
「いや、さすがにこんな大騒ぎは今日が初めてだよ」
僕は、軽くため息をついた。
「そっか、いつもじゃないんだね。クラス違うし糸倉君って学校終わったらすぐ帰っちゃうから、こんなに話すのははじめてだよね」
「いつもは授業終わればフェルマのバイトがあるからね」
授業が終わるとすぐにフェルマに直行する僕。
でも彼女は知らないんだ。
フェルマの二階の休憩室から桜並木にいつも一人たたずむ山峰さんをよく見かけることを。
いつの間にか山峰さんの姿を目で追うようになった僕。
頑張った中間テストで見事に一位をかっさらっていった山峰さん。話したことはなくても勝手に親近感を覚え仲良くなった気になっていたことを山峰さんは全く知らないんだ。
「でも意外だったなぁ。糸倉君、私が思ってたメージとだいぶ違ったんだもん」
そう言って僕の顔を横目で見る山峰さん。
「そう?」
(山峰さんの中の俺のイメージ?)
平静を装いながら内心僕はドキっとした。
「『侍クールボーイ』って呼ばれてるからもっとガチガチの固い人かと思ってたの。でも違ったね。クールって言うか、どっちかっていうと『シャイボ―イ』?」
彼女はそう言うと、いたずらっぽくクスクスと楽しそうに笑ったんだ。
彼女の笑顔とその距離感に、僕は急に恥ずかしくなった。
彼女から慌てて視線をそらした僕。
何ともこそばゆいような感覚だ。
途端に噴き出していく汗。
ドキン、ドキン‥‥
僕の顔はどんどん熱を帯びていく。
「か、からかうなよ」
僕のそんな反応を楽しむように笑う山峰さん。
でもイメージが違っていたのはお互い様だ。
僕は負けじと彼女に言い返そうと思った。
「それはお互い様でしょ!山峰さんだってそうだよ。もっと大人しい静かな人だと思ってた!!」
恥ずかしさをごまかそうとしたせいで思っていたより大きな声が出てしまった僕。
一瞬、僕はちょっと強く言い過ぎたと思った。
そして慌てて彼女の顔を振り向いた僕は、その表情に唖然としたんだ。
ドクン……。
ドキドキに交じって僕の心臓が鈍く何とも言えない嫌な音をたてた。
(‥‥‥え?)
自分の目を疑った。
唇をキュッと結び、彼女は何とも悲痛な顔をしていたんだ。
え? どうして‥‥?
一瞬にして、彼女の顔から急に笑顔が消えたんだ。
血の気がサ――――ッと引いていく。
「そう……だよね……、普段はもっと、大人しいよね……」
寂しそうな困った顔。
僕は一瞬にしてパニックになった。
張りのない声でぼそぼそとつぶやくようにそう言うと、視線を落とし彼女はとんと黙り込んだんだ。
冷たい海に投げ出されたかのように、僕の体はキュ―――っと急激に萎縮した。
ドキドキと熱を帯びていた身体が、急に冷えてこわばっていく。
(俺、今何か変なこと言った……?)
ドクン、ドクンと嫌に低い心臓の音だけが耳に深く響く。
彼女は険しい表情でずっと静かにうつむいたまま……。
僕は彼女になんて声をかけからいいかわからなかった。
彼女に声をかけられないまま、時間だけが過ぎていく。
目の前で楽しそうに踊るみんなの姿が、まるでまやかしのように感じるほど僕らの周りには冷たい空気が流れていった。
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次話【 焼きそば対決 】
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