【 別荘 ② 】
急遽刈り取った玄関先までの雑草。
庭をび交う大量の虫に追われ、僕らは逃げるように別荘の玄関へなだれ込んだ。
「もう嫌だぁ! 虫多すぎっ!!」
ぐったりと玄関に座り込んだ三田さんと美鈴さん。
山峰さんもげっそりしていた。
虫の嫌な羽音が残っているか彼女は首を左右に振り耳の周りを何度もはたいていた。
「一さん、いくら大掃除するからってほったらかしすぎよ!」
由美さんがここぞとばかりに文句を言った。
「面目ない。でもどうにも腰が痛くてね。なかなかやる気にならなかったんだよ。さあさ、みんな奥に入って。ちょっとお茶でもしよう。たくさん蚊取り線香を焚くから虫たちが落ち着いてから大掃除にしよう。女の子の部屋は入って右側の客間。片付けないと入れないからとりあえず左奥の和室に荷物置いてね。和室は男の子たちの部屋だからね」
一さんの言葉に、みんなはようやく室内を見渡した。
今回整理する荷物が溢れんばかりに置かれていた。
でも荒れ果てた庭とは違い家の中は小綺麗だった。
漂う畳の匂いに何とも懐かしい気持ちにさせられる。
「古いのにきれい。しっかりした造りだね」
「おぉ、トイレもきれいだ。タイル張りなんてレトロだな〜!」
トイレの中で井上が一人騒いでいた。
この別荘のトイレは古い洋式タイプ。
便器の根元の立ち上がりがひょろっと細く、こじんまりしている。でも大量に流すと詰まりやすいのが難点だ。小さな洗面台の蛇口は古くさび付いていて水を出す度にキュッキュッっと大きな音を出す。
「本当だぁ!フェルマよりも超レトロ!レモン石鹸まで付いてるよぉ!」
覗きに行った賢治まで大騒ぎ。
「ここがお風呂場…?」
「わ、広いね!!」
「石の温泉!? とっても素敵!」
女の子たちも風呂場で仲良く騒いでいた。
だが、みんなが騒ぐのも無理はない。
この別荘はフェルマ(僕のおじいちゃんがはじめたカフェ)よりさらに古い建物で、和洋入り交じる今では貴重なモダンレトロな昭和建築だ。
特に黒い石造りのお風呂はそこらのホテルにも引けを取らない豪華な造り。しかも風呂の蛇口から直接温泉が出る別荘としてたまに使うだけでは勿体ない代物だ。
その後もみんなは家の中をあちこち見て回っていた。
「みんな楽しそうね!」
「あの荒れた庭には驚いただろうがよかったよかった!!」
大量の虫にで迎えられ、誰も帰りたいと言い出さなかったのは奇跡ともいうべきか。
由美さんとジョ―ジと僕はお茶を準備しながらみんなの楽しそうな表情に一安心していた。
お茶が入ると自然と居間に集まった。
「わ―、いい香り♪」
みんなすっかりご機嫌だ。
総勢9人。こんな大所帯は初めてだ。
全員でテ―ブルを囲むとさすがにちょっと狭かった。
僕はお茶をもって縁側の窓の前で胡坐をかいた。
外ではさっき虫にまみれながら通った庭の雑草たちが、ザワザワと気持ちよさそうに揺れていた。
ふわっと漂う蚊取り線香の香り。
縁側の窓越しに蚊取り線香をたくさんぶら下げた一さんの姿。
「夏の香りだな…」
僕はみんなと楽しそうに話す峰さんをチラ見した。
そこにはいつもより自然体とでもいうのだろうか。
柔らかい表情の彼女がいた。
僕は自分から話しかける勇気もなく、旅行が始まってからまだ彼女とあまり話せていなかった。
でも、僕の耳は彼女の声に敏感に反応、僕の目は彼女の姿を追っていた。
彼女とみんなの会話に耳を傾けては、彼女の色んな表情に目がいった。
時折目が合うと、彼女は優しくふわっと微笑んだ。
その度に僕の胸はトクントクンと鳴った。
しばらくして、ジョ―ジが重い腰を上げた。いよいよ始まる別荘の大掃除。
「そろそろ着替えて大掃除に取り掛かるか。 男は草刈りだ! 女の子は客間を整理。大きいもの重いものは、俺たちが運ぶから絶対に、無理はしないように!」
「はーい!」
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次話【 大掃除 ① 】
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