【 伊豆バイト旅行 出発① 】
ジリリリリリリリッ バシッ。
けたたましく鳴った目覚まし時計。
その音を僕は布団の中から必死に止めた。
(もう朝か……)
着替えて1階に下りると、キッチンには書置きがあった。
『翔、母さん先に行くから閉まりよろしくね♡』
「相変わらずへったくそだな……」
メモには犬だか猫だかわからない、へんてこりんないびつな動物が描かれていた。
集合時間より早く自転車でフェルマに向かうことにした僕。
フェルマの店のドアには『定休日』の看板がぶら下がっていた。
カランカラン。
「おはようございま―す!」
「翔ちゃん、おはよう!」
由美さんがキッチンに立っていた。
「翔、お・は・よっ!」
「げっ、かあさん!? 仕事は?」
いるはずのない母さんの姿に、僕は驚いた。
「げっ、とは何よ! 失礼ね! あんた達の朝ごはんの手伝いよ!」
「私がお弁当作るの頼んだのよ」
僕と母さんのやりとりに笑う由美さん。
「なんだ、一緒に行くのかと思ってびっくりしたわ……」
見送りだけと聞いて、僕はホッと胸をなでおろした。
「よぉ、翔! 車に荷物積むからこっち手伝ってくれ」
裏口からジョージが顔を出した。
裏の駐車場に行くと、二台の車が停まっていた。
「そこの荷物こっちくれ!」
大量の荷物でいっぱいになった2台の車にはBBQの食材や海水浴用の遊び道具、うちの押し入れにしまってあったシワシワ状態の二人乗りシャチまで詰め込まれた。
シャチは母さんが持ってきたのだろう。
積み込まれた荷物はほとんどバカンス用。
これじゃぁバイトに行くんだか遊びに行くんだかわからない。
「ガハハハッ! お前のシャチも積んだし、それだけあれば十分楽しめるだろう!」
「俺のじゃねーしっ!!」
シャチは去年の夏、僕の父さんが買ったもの。
でもこれじゃまるで僕が張り切って持ってきたみたいだ。
クールな印象から『侍クールボーイ』と呼ばれている僕のイメージとかけ離れすぎている。
侍クールボーイが嬉しそうにシャチを抱えて持っていったらみんなになんて言われるかわからない。
『キャー♪ 糸倉君シャチ好きなのぉ~? 案外可愛い―――!!!』
ってか?
ブンブンッ。
僕は自分のくだらない妄想に大きく首を横に振った。
「ガハハハッ!まぁまぁいいじゃんか!」僕の気も知らないでジョージは能全くもって能天気だ。
カランカラン!
「おはようございまーす!」
みんながぞろぞろとフェルマにやってきた。
そこには細い腕で大きなカバンを抱える山峰さんの姿。
しかも初めて見るジーパン姿だ。
いつもと違うボーイッシュな装いが新鮮でこれから一緒に旅行するという現実感が湧いてくる。
山峰さんををさりげなく見ていた僕。
( ……ん? 誰だ? )
僕はみんなに混じって見慣れない女の子がいることに気がついた。
「初めまして、大野美鈴です。俊君からいつも話しは聞いていて、皆さんにお会いできるのをとても楽しみにしてました!4日間よろしくお願いします!」
井上の知り合いというその人は、ニコッと笑ってみんなに向かって丁寧にあいさつをしたんだ。
「え!?」
僕は驚いた。
井上の友達!? まさかの……女の子だ!!
パッと井上を見た僕。
井上はちょっと照れながら頭をポリポリ掻いていた。
美鈴さんはちょっとタレ目で優しそうなちょっとおっとりした雰囲気。美人系というより可愛い系だ。
それにしても、俊君って……。
「ちょっ、井上!」
「おぉ、翔、おはよ!」
「おはよ、じゃねぇよ! 女の子なんて聞いてないぞ?」
僕は井上を端の方へ引っ張った。
「ああ、悪ぃ、悪ぃ。あいつ、俺の彼女だから。よろしくな!」
僕の肩をポンポンと叩く井上。
「へ!? なに? お、お前の彼女!?」
僕は驚いた。
入学して4か月、井上に彼女がいることを全く知らなかったんだ。
しかも、地元の男友達を連れてくると勝手に思い込んでいた僕。それはまさに衝撃だった。
「翔君、おはよ!」
声をかけてきたのは三田さんと山峰さんだった。
「お、おはよ。あれ? 賢治は?」
みんな集まってきていたのに賢治の姿が見当たらない。
「賢治くんなら寝坊だって。でもすぐ来るって言ってたよ」
「賢ちゃんて本当に小学生みたいだよね!」
山峰さんと三田さん。この二人は本当に仲がいい。
「もしかして翔君も美鈴さんのこと知らなかったの?」
三田さんが言った。
どうやらみんなも知らなかったようだ。
「ちょっとしたサプライズ? なんてな」
ちょっと浮かれ気味に子供っぽくそう言った井上。
彼女と一緒だからはしゃいでいるのか?
こんな井上は初めてだ。
「遅れてすみませ―ん!」
髪の毛クシャクシャ。
寝起きの賢治の登場だ。
「賢ちゃん遅いよ―! 置いてくところだった!」
「マスタ―、意地悪言わないでくださいよ――っ!」
慌てる賢治の反応にみんなが笑っていた。
母さんの作ってくれたお弁当も積み込んで、準備は万端!
賢治は三田さんと同じ車に乗ることになっていた。
僕と井上と美鈴さんは、由美さんの車だ。
ジョ―ジの車に賢治、三田さん、山峰さんが分乗した。
「長旅だから気を付けてね〜!」
僕たちはフェルマの前で見送る母さんに手を振りながら、4日間の伊豆のバイトへと出発した。
「みんなお腹減ったでしょ? お弁当どんどん食べてね!」
由美さんの勧めで僕らは車に乗るとさっそく朝ごはんを食べた。
こだわりのふわふわたまごのサンドイッチやちょっとヘビ―なスパイシーチキンサンドまであった。
紅茶もコ―ヒ―もジョージと由美さんこだわりの逸品だ。
車中で真夏の音楽を聴きながら進んでいく会話。
「ねぇ、後ろの二人は付き合ってどれくらいなの?」
由美さんは楽しいことが大好き。とかく恋愛ごととなるとすぐに首を突っ込もうとする性格だ。
井上と美鈴さんは今年で付き合って6年。
しかもその雰囲気からすると結婚もある程度考えているようだった。
話しを聞けば聞くほど驚きのあまり自然と開いていく僕の口…。
「いいわねぇ! ラブな感じ♡ なんかこっちまでウキウキしちゃうわね!」
ラブラブな二人を前に、由美さんはハイテンションだ。
いつも麻雀ばかりしている冴えない井上がまるで別人だ。
恋愛すらまともにしたことのない僕にとって、それは大きな大きなショックだった。
「翔ちゃん、あんたも彼女の一人くらい作らないと出遅れちゃうわよ! 賢治君はあかねちゃんに猛アタックするんでしょ!? あんたも負けてられないわよ―?」
「俺はいいんだよ。今回は半分賢治のための旅行なんだから」
「あいつら寮でも相当いい感じだよ」
「そうなの? じゃあ、この旅行でカップル成立しちゃうかも!?」
そんな井上の言葉に目を輝かせる美鈴さん。
「え―――! きゃ―! なんか楽しい♡」
由美さんと美鈴さんのテンションが一気に上がっていった。
由美さんと美鈴さんはすっかり意気投合。
二人でひたすら恋愛トークに花を咲かせていた。
そうこう騒いでいるうちに、僕らの車はあっという間に休憩ポイントのサ―ビスエリアに到着した。
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次話【 伊豆バイト旅行 出発 ② 】
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