第四話
「お久しぶりです、京国さん」
「ああ。久しぶり、アキ」
晶平と京国は、京国の暮らす山の麓の町で落ち合った。
どうせなら部屋を取り、酒と肴を持ち込もうという話になったのだ。
明らかに痩せて顔色の悪い晶平に、京国はあえて何かを指摘することは無かった。
ただ、楽しそうに三味線を鳴らし、曲をねだっては酒を飲み、世間話に花を咲かせる。
晶平が懸念していた鶴の話も出ないまま、あの吹雪の夜のような心地良い時間だけが過ぎた。
しかしこの日は晴天で、山の向こうに赤く染まる日差しを遮る熱い雪雲も無く、窓から差し込む光は晶平たちに時間の経過を知らせる。
晶平はおずおずと言った。
「そろそろ日も落ちてくる頃です。お開きにしますか?」
晶平の言葉に京国は外を見て、「ああ、」と言葉を漏らす。
「…そうだな。アキはどうする」
「僕も、家に帰ります」
晶平の返答に、京国は片眉を上げた。
「ん?今はどっかしら家を借りて住んでるってことか?」
「はい。実は僕、前みたいに声が出ないんです。なので、最近は機織りで生計を立てていて」
人も呼べないようなあばら家ですが、前のように旅はしていません、と晶平は笑う。
「へぇ、もう一丁前だな。もしまだフラフラしてるんなら持って帰ってしまおうかと思ってたのに」
くすくすと笑いながら言う京国の言葉が一瞬理解できず、晶平は固まる。
「…?」
「まだフラフラしてるんなら持って帰ってしまおうかと思ってたのに」
晶平が聞き逃したと思ったのか、京国は同じ言葉を繰り返した。
「持って帰る?僕を?」
「そう」
もちろんオレの家に、と混乱する晶平に、京国は頷く。
「…えっと、機会があればお邪魔させていただきたいとは思っていますが、そういう意味ではなく?」
「うん。一緒に暮らすって意味」
一緒に暮らす、と京国の言葉を晶平は繰り返す。
これはもしかすると夢や幻聴のたぐいだろうか。
「あの、でも、僕、実は人じゃなくて」
「うん」
そうだ、思いあがってはいけない。
京国は人で、晶平はただの鶴だ。
晶平が知らないだけで、人を持ち帰るとか一緒に暮らすということには、なにか別の深い意味があるのかもしれない。
晶平は唇を震わせて、自分の疑問をぶつける。
「…あなたは、僕を。どんな風に、思って、そう言ってくださっているんでしょうか」
それは、晶平が京国に対して特別な思いを抱いていると打ち明けることと同義だった。
それでも、うやむやにはできなかった。
晶平の重々しい雰囲気とは対照的に、京国はいつもと何も変わらない声色であっさりと返答した。
「好きだと思ってる。あと、あんまり自分の面倒を見てやらない性分みたいだから、オレが大事にしたい」
晶平は瞬きをする。
京国は膝を滑らせて晶平の前に座ると、晶平のすっかり細くなった手首を包むように握った。
「こうして擦り減らしてしまうぐらいなら、少しでも長くオレの隣にいてくれよ。アキがいないのは、寂しい」
ここまで言われて、さすがに理解できない鳥頭では無かった。
晶平はぽかんとしてから数秒、顔を赤くして下を向く。
「その、僕」
「うん」
「僕も、あの、京国さんのことが、好き、なんです」
そっと顔を上げて、晶平は恥ずかしそうに眉を下げて微笑む。
「あなたの隣に居たい」
そう言ってから、真っすぐに自分を見る京国の目を見ていられず、晶平は目線を下げる。
しなやかな白い首を赤に染めて照れる晶平の様子に、京国は微笑む。
「ありがとう。嬉しいよ」
京国はそっと晶平の手首を離す。
残りの酒をぐいと飲み干し、さて、と立ち上がる京国に、晶平は声をかけた。
「あの、それで…僕を、持ち帰り、ますか?」
完全に晶平を連れ帰るつもりだった京国は、晶平を見下ろして首を傾げる。
「アキが良いならな。いや、本当は強引にでも持って帰りたいけど」
前に座布団で抑え込みながら家に招き入れたことを思い出し、京国は苦笑する。
さすがに今回は飛んで逃げていくようなことはないだろうが。
「この間、強引さを反省したところだし」
家を持ったという話であるし、引っ越しの準備もあるのかもしれない。
そう思って京国は晶平の返答を待つ。
晶平は少し視線をうろつかせた後、身体を縮こませながら、小さい声で言った。
「…僕は。あ、あなたなら…強引でも、嬉しい、です」
「…おお…」
その言葉に、京国は自分の本能を律することを一瞬で放棄した。
晶平の前にしゃがむと、今度はしっかりと力を入れて手首を握る。
「そうかそうか。なら、お言葉に甘えて」
京国はにやりと笑う。
こうして、男は美しい鶴を捕まえ、末永く暮らしたのだった。
晶平が自分の羽毛を毟って機織りをしていたことが京国に知られて一悶着あるが、それはまた別のお話。