バグとグリッチのヒッチハイク
魔族の襲撃イベを秒で終わらせておよそ三十分後。
なんやかんや順調にストーリーを進め、大賢者を殺害した凶器である謎の魔剣(※対魔の聖剣)の正体を暴くため、神官のいる神殿に向かう道中のことだ。
神殿に真っ直ぐ続く山道を歩いていると、途中で小道が分かれているのを発見する。
「はい、ここで一つ、見ている方々にお知らせです。このゲーム最強のアイテムが見つかったので、あとはフラグ弄ってラスボスの直前までワープして、ラスボスボコせばタイマーストップとなります」
現在の経過タイムは一時間を回った辺り。
頑張れば集積サイトにアップされている記録を更新できなくもなさそうなペースではある。
「あさん? どちらに行かれるのですか?」
「おい、あ。そっちは何もねえぞ」
「あー、あ! 寄り道は良くないよぅ!」
実はお姫様だった少女ルーフェ(魔法使い枠なのに何故か一番器用さが高い)と、魔族に家族を殺され復讐を誓う屈強(HPは高いけど物理防御は紙※何故かこいつだけ魔法攻撃力が物理防御力として計算されているため)な大男ハンバと、いつの間にか旅についてきた掌サイズの妖精ミリア(通常攻略においてぶっ壊れ魔法持ち※期間限定加入)に呼び止められるも、無視して小道の奥へ進んでいく。
小道の先には宝箱が一つ置いてあり、開けてみるとウィンドウが表示される。
[スーピダーの実を入手しました]
はい、勝ち確。
名前でなんとなく察することができるが、使えば自身の素早さを上昇させることができるドーピングアイテムだ。
「このゲームにはアイテム増殖バグってのがあって、やり方は超簡単。メニューからアイテム画面を開いて、増やしたいアイテムをアイテム欄の一番最後に移動させる。それからアイテムを選択した状態で、閉じるボタンを高速で二回タップするだけ。こうすれば……こんな感じにアイテムがオーバーフローを起こして、スピーダーがゼロ個表示になります。まあ、実際には二百五十五個あるんだけど」
こんな簡単にバグを起こせるわ、アイテムが簡単にオーバーフロー起こすわでどうなってんだよ、このゲーム。
ただまあ、このバグが発見されたおかげでRTA初心者にも勧めやすいタイトルになったわけなんだけど。
素早さが上がる=会心率と会心時の倍率が上がるということ。
つまり、火力が跳ね上がるということだからな。
これがあるのと無いとでは、ラストバトルにかかる時間がかなり変わってくる。
「あとはこいつを確定会心になるくらいまで使って素早さを上げまくって……ドーピングが終わったら、次はお待ちかねのラスボス戦でーす」
クリア予定タイムまでおよそ残り十分強といったところだが、今やっている魔剣の正体明かしイベントは本来のストーリー全体でいうとまだ折り返しにすら到達していない。
じゃあ、どうやってラスボス戦にまで行くかというとこれも簡単だ。
「ラスボス戦に行くためには、雑魚敵が一体必要でまずランダムエンカウントを起こさなきゃならないんだけど、丁度いいの出てこねえかな……って、おお、ラッキー。フラワーマッシュじゃん。こいつは当たりだ」
さっきの正規ルートに戻り、数歩歩いたところで目の前に出現したのは、頭部に花が生えたキノコ型の魔物。
足が生えてはいるが、かなり短い上に動きも鈍いからこれからやるバグ技にもってこいな相手だ。
他にも何体か別の魔物はいるがそっちは完全無視で問題ない。
「じゃあ、実践しながら一気にラスボスのところまで行くぞ。まずは、フラワーマッシュを両脚で締め付けて身動き取れなくして、さっき手に入れた魔剣でフラワーマッシュごと巻き込んで——切腹!!」
フラワーマッシュを巻き込んで魔剣を腹に突き刺して自身の体力を0にすると、視界が暗転し、[GAME OVER]の文字が浮かび上がった。
このゲームの低評価ポイントとして、主人公のHPが0になった時点で即ゲームオーバーになってタイトルに戻されるというものがある。
だから、本来であればタイトル画面になるはずなのだが、視界が開いた先にあったのは、赤く醜悪な姿をした化け物が俺の前に立ちはだかる光景だった。
ぶよぶよの肉体に巨大な翼と先端に棘が生えた尻尾を持ち、七、八メートルはあるであろう巨体のそいつは、この作品のラスボスである魔王シュバルツナイトメアの第二形態である。
「というわけで、これからラスボス戦でーす」
なんでこんなことが起こったかというと、敵の撃破処理とゲームオーバー処理と魔剣の呪いイベント処理が同時に行われたことでフラグがバグって、ラスボス第二形態に変化した際のシーンが呼び出されたからだ。
名付けて、魔剣切腹バグ——なんでこんなバグがあるのか意味不明にも程があるわけだが、まあこれであいつを倒せばタイマーストップなので気にする必要はないか。
『グゴゴゴ……我をここまで追い詰めたことは褒めてぐはぁぁぁぁぁっ!!!』
「例に漏れずここも不意打ち可能だから飛び蹴り忘れないようにな。あとはパターンに沿ってハメるだなんだけど、折角だしタイマンのガチファイト見せるか」
いくら素早さを上げて会心威力を上昇させたとしても、本来の適正レベルよりかなり低いので、ある程度は普通に戦う必要がある。
まあチャート通りに動けば、ハメ技でノーダメ撃破は可能だが、俺がこのゲームを走っているのはアルクエでの蹴り技に磨きをかける為だ。
なら戦闘方法はハメではなくガチの殴り合いにするべきだろう。
ついでに言うとこのゲームの主人公の使用武器が剣に盾ということもあって、アルクエでの戦闘を意識した練習にはもってこいなんだよな。
「——お前らは手出すなよ!! こいつは俺が一人でやる!!」
後方に控えている仲間たち(寡黙そうな水色のショートヘアの少女と、見知らぬ騎士のような格好をした紫髪の女性と、バンダナを巻いた水夫風の装いの男もいる)に指示を出し、勝手に動かないようにする。
これで俺と魔王の一騎打ち——思う存分に戦える。
「っしゃあ、行くぞオラァ!!」
魔王が初手にぶっ放すのは火炎ブレス。
そいつは横に跳んで回避し、攻撃後の隙を突いて速攻で肉薄する。
「っ遅えよ!!」
魔王の腹部辺りに飛びかかり、鳩尾付近に高速の回し蹴りを喰らわせてから、間髪入れずに胴全体に連続で蹴りを叩き込み、最後に後ろ回し蹴りで吹っ飛ばす。
適正レベルくらいの物理攻撃力があれば、今の連続攻撃だけで大ダメージを与えられただろうが、残念ながらこのゴミステだとそこまで有効打にはなっていない。
『人間如きが調子に乗るなよ!! サンダム・レヒア!!』
一度はダウンするも、魔王はすぐに起き上がると同時に頭上から雷を落とす魔法を発動させる……が、悲しきかな。
この魔法って味方一人をランダムで対象に取るって仕様だから、狙われるのは俺じゃなくて——
「ぐわああああああっ!?」
「おい、ハンバ!? くそッ、ハンバがやられた!」
後方に待機している仲間に攻撃がいく可能性があるんだよな。
もちろん、防御もしてなければそもそものレベルが足りないから当然のように即死にはなるんだけど、倒されてもタイムには影響しないのでオッケーです。
「おいおい、どこ狙ってんだノーコン!? ちゃんと俺を狙えよ!!」
……あ、ずっとアルクエで挑発してたせいか挑発癖付いてんな。
まあいいか、今は魔王を倒すことに集中だ。
魔法の発動でまた隙が生じた魔王に距離を詰め、俺はもう一度飛び蹴りをブチかますのだった。
魔剣切腹バグはプレイヤーと一緒に貫く物によって、呼び出されるイベントが変わります。
今回のように魔物と一緒に切腹すればラスボス戦にシーンが切り替わりますし、NPCと一緒に切腹すれば主人公とヒロインが出会う直前のシーンになります。
そしてヒロインと一緒に切腹をすればエンディングが呼び出されますが、途中でフリーズを起こすのでエンディング呼び出しについては学会内で未だに研究が進められています。
もし、エンディング直呼びができて尚且つフリーズも発生しない方法が見つかれば、タイムは三十分を切ることは予想されています。