エピローグ〜白き空、結成して〜
「——なあ、モナカ。本当にそれで行くのか?」
「え、うん。だってジャンケン勝ったのぬしっちだし」
「そうかよ。……はあ、なんでこんな時に高乱数引いちまうんだか」
第三の街クレオーノ——五つに分かれる区画の一つ、南区にある冒険者ギルドで、たまらず俺はため息を吐いた。
その隣で、ひだりが口を尖らせながら呟く。
「最初にジャンケンしようって言ったのジンムじゃんかー」
「そうしなきゃ、ずっとアンタら兄妹とモナカで言い合って、いつまで経っても決まらなかっただろ。つーか、全員参加にさせたのひだりとモナカじゃねえか。しかも拒否無しの」
文句があるんなら数十分前の自分に言えっての。
もう一度、ため息を吐く。
俺らが冒険者ギルドに訪れた理由は、クランを設立する為だ。
発起人となったのは、意外にも——でもねえか——モナカだった。
(……まさか俺ら全員を巻き込んでクランを立てるとはな)
きっかけは、クレオーノまでの移動中、モナカが朧に向けて唐突に発した一言。
『ねえ、オボロン! 次の街着いたらアタシとクラン組もうよ!』
どうやら『アルゴナウタエ』を見てクランに興味を持ったらしい。
それで野良プレイヤー同士ってことで朧に声を掛けたのだが、クランの設立には最低四人初期メンバーが必要なことを伝えたら、
『じゃあさじゃあさ、皆んなでクランやろうよ! ぬしっちも、ユキりんも、だりーも、ライライも皆んなで☆』
——ということで、現在に至る。
ただまあ、そこからクラン名を決めようってことで、モナカとひだりとライトで見事に意見が割れた挙句、押し問答になった末に六人総当たりのじゃんけん大会になるって謎展開もあったわけだけど、それは置いておくとしよう。
「それじゃあ、提出してくるねー!」
言って、モナカは入力を終えた一枚の申請書類を片手に、受付へとパタパタと駆けて行く。
背中を見送りつつ、俺はライトに訊ねる。
「……今更だけど、良かったのか? 話の流れとはいえ、俺らとクランを組んで」
「ああ。前々から二人だけでの攻略には限界を感じていたからな。いい加減、誰かとクランを組むなり入るなりしようとは考えていたところだった」
「だからってよくビギナー四人と組む気になったな」
「何を言ってる。格上のレイドボスを倒した四人だ。寧ろ、下手な攻略勢と組むよりも心強いさ」
言いながらライトは、フッと笑みを溢した。
……ま、納得してんならいいか。
俺としても兄妹とクランを組むってのは、理想の展開の一つではあったし。
そうなると、さっきシラユキとちゃんとケジメを付けておいて正解だったと思う。
じゃなきゃ、俺もシラユキも前向きにこの話に乗れてなかっただろうから。
なんて考えているうちに、モナカが受付から跳ねるような足取りで戻って来た。
「皆の者〜! クランができたぞよ〜!」
「うむ。モナにゃん、ナイスである!」
モナカとひだりの謎の口調はさておき、メニュー画面を開いてみると、新しく[クラン]の項目が追加されていた。
早速、項目の詳細をチェックしてみる。
「へえ、これがクランの画面か」
表示されている内容は、クランの情報と所属しているプレイヤーのリストだ。
ここからクランメンバーのステータスや装備詳細を確認できるっぽいな。
(……まあ、それはいい)
問題は画面一番上に書かれてるクラン名だ。
——『白亜の天穹』。
うっかりじゃんけんを全勝してしまったことで、俺が名付けたクラン名だ。
我ながら厨二過ぎて頭を抱えたくなる。
「えっと……私は好きだよ。名前に白って入ってるし」
「あの……俺、まだ何も言ってねえんだけど」
シラユキの微妙な慰めが余計心に突き刺さる。
というか、そもそもそれ褒め言葉なのか?
『白亜の天穹』という名は、ネロデウスの天魔の二つ名と名前に含まれているネロに対抗する意味合いを込めて付けたものだ。
白と空——適当にそれっぽい単語を組み合わせた結果こうなった。
ちなみに、それぞれ理由は異なるものの、誰一人として反対意見は出なかった。
具体的に言うと、シラユキは俺が考案したならそれで良い。
兄妹はネロデウス討伐に関係しているから別に構わない。
モナカはジャンケンの勝者の権利だからで押し通してきて、朧は皆んながそれで良いならそれで良いよ……っていう感じだった。
ところで朧はもう少し主体性持ってもいいんじゃねえか……。
まあ、そんな経緯を以て、クラン名は『白亜の天穹』となった訳だ。
正直、今すぐにでも名前を別のにして欲しい所ではあるが、世の中にはこれよりももっと厨二チックな名前なんてゴロゴロあるわけだし、ひとまずはよしとしよう。
……うん、そうしよう。
内心そう自分に言い聞かせていると、モナカがパンと両手を合わせて口上を始めた。
「はい、それじゃあ皆んなちゅうもーく! これでクラン『白亜の天穹』が結成となったわけだけど、ここで一度クランの方針を確認したいと思います! 基本モットーは、みんなで楽しくワイワイと! 大目標はネロデウスの討伐! この方針で行こうと思うんだけど良きかな?」
モナカの問いかけに各々同意の旨を示す。
モットーと目標が乖離しているが、まあそこは気にしない方向で。
「うん、皆んなオッケーそうだね。ガチりつつもエンジョイの心は忘れずに、全員で頑張っていこう!」
こうして、俺の激動の五日間は静かに幕を降ろしていった。
* * *
「アッハッハ! いやー、見事にブチギレられちゃったね!」
すっかりと閑散したネクテージ渓谷の出口付近。
Hide-Tは高らかに笑い声を上げていた。
「まあ、悪いのは僕らなんだから、当然と言えば当然なんだけど」
「そうだな。悪樓が倒されたから試験は中止なんて理由で納得してくれるほど、彼らは甘くなかったか」
傍らでは、彼の相棒であるレイアがくつくつと喉を鳴らす。
そんな二人に対して、クラン最年少の少女ミナミは訝しげな視線を送っていた。
ついさっきまで彼らは——正確に言うとレイアとHide-Tの二人は、ボスフロア手前に集結していた多くのプレイヤーから非難を浴びていた。
原因は、この後に行う予定だった入隊試験の中止を直前になって通達したからだ。
無論、彼らとしても想定外の事態ではあった。
しかし、事情を知らない第三者からすれば、入れる気もない癖に無駄に扇動だけしてきた奴らと見られてもおかしなことではない。
事実、先ほど謝罪した際には、一部のプレイヤーからそういった野次が飛んできてもいた。
「……どうして、二人はそんなに笑ってられるの?」
堪らず、ミナミは問いかける。
彼女の疑問にレイアとHide-Tは、ケロッとした顔で答える。
「炎上の後始末は慣れてるからな。それに比べれば今回のは可愛いものさ」
「そうそう。ま、慣れて嬉しいものでもないけどね」
——プロゲーミングチーム『Argonauts』。
レイアとHide-Tはそこに籍を置いている。
片方はチームを立ち上げた運営として、もう片方は「ストリーマー部門」の筆頭配信者として。
「——それよりも、遂にMonica♪もこのゲームに参入して来たね」
Hide-T……否、|Syu-Ta《JINMU RTA 世界二位》は込み上げてくる歓喜に唇を釣り上げていた。
「これで一位から四位まで四天王全員、このゲームに集結か。それと——無名の配信主も。彼で間違いないんだよね、ミナミ」
「……うん。あの馬鹿みたいに獰猛な戦い方と話してる感じ……あれは主で間違いない」
「そっか。なら、僕も一層頑張らないとね。彼らに追い抜かれない為にも」
もしかしたら、一緒のクランにならなかったのは正解だったかもしれない。
今頃になってHide-Tは密かに思う。
世界の開拓、天魔、緋皇——。
それぞれの目的は異なるが、きっとその先にあるものは一緒だ。
だったら無理に一つの道を進む必要はない。
各々が思うように攻略し、その過程で交われば力を合わせればいい。
(この世界が大きく動き始めるまで、きっとあともう少しだ……!)
——青年は期待で胸を高鳴らせる。
渓谷で起きた騒動は世界にとっては些細なもので、何も大勢に変化を及ぼすものではなかった。
しかし、この事件がやがて世界を大きく揺るがす転換点となる。
着実に神々が遺した理想郷はプレイヤーの前に現れようとしていた。
これにて二章「渓谷の怪物編」は終了となります。
間章という名の一旦キャラ紹介を挟んでから次章に行きたいと思います。
ちょっと先出し情報がありますので、その点ご了承お願いします。