動乱の幕開け-2-
「……俺と、モナカを?」
「そうだ。先ほどの戦闘を上から見させてもらったが、見事だった。まさかたった四人でレイドエネミーを撃破するとは、恐れ入ったよ」
「そりゃどーも」
チッ、この物言いだと、マジで崖上から見てやがったか。
てことは、誰にも正体を気づかれないまま悪樓をぶっ倒して、この椅子取りゲーム自体を有耶無耶にする目論見はご破算ってわけか。
「皆それぞれ、己の役割を十全に果たしていて素晴らしかった。が、中でも君ら二人は別格だ。率直に言うのであれば、強さの次元が違う」
「いやー、そんなに褒められると照れちゃうなー」
「そう言ってくれんのはありがたいけどよ。やろうと思えば、あんたらだって普通に出来るだろ?」
「いいや。残念ながら君達と同じことができるのは、ここにいるHide-Tだけだ」
レイアは頭を振り、キッパリと断言した。
「ええ……」
潔いけど、断言していいのかよ。
仮にもトップクランって呼ばれてんだろ、あんたら。
つーか俺目線、レイアもミナミってプレイヤーも、普通にやれそうな感じはするんだけどな。
訝しんでいると、モナカも似たようなことを思っていたようで、レイアに半信半疑の視線を向けていた。
「えー? キミらも十分に強そうだけどなー」
「同感。謙遜するにしても度が過ぎるだろ」
「そうだな。一般的……という括りでは、上の部類に入るだろう。私たちもその自負はある。だが、その中で頂点に位置していると言えるのは、Hide-Tだけだ」
「トップ層エグいな。つーか、逆にそこのHide-Tは何者なんだよ……?」
「一言で言えば、君達と同じタイプの人間と言うべきか。魔境超え……で伝わるかな?」
うっわ、そこまで見抜かれてんのかよ。
出されたワードに、思わず眉を顰めてしまう。
魔境越え。
JINMUをハード難易度でクリアした経験のあるプレイヤーの呼び名だ。
広く知られている言葉ではないが、界隈の人間にはこれで意味合いが通じる。
JINMUは、ノーマルの難易度ですら中々クリア出来ないことで有名なゲームだ。
であれば当然、難易度をハードに上げると更にクリア可能な人数は限られてくる。
それこそプロゲーマー並みの実力がないと無理なレベルで。
つまり、そこにいる優男は誇張抜きで相当な実力者ということだ。
そういや、Hide-Tって実はプロストリーマーじゃねえかって噂してた奴いたな。
ふと、野良プレイヤーがそんな話をしてたことを思い出す。
(魔境越え、プロストリーマー、槍——いや、まさかな)
「と……話が逸れてしまったな。本題に戻すとしよう。単刀直入に訊ねるが、二人とも私達のクランに入る気はないか? もし入ってくれるのであれば、攻略最前線に追いつくまで惜しみなくサポートさせてもらうし、個人的な目的があれば、可能な限りの助力をすることも約束しよう」
「……随分と手厚くもてなしてくれるじゃねえか」
「スカウトだからな。相応の報酬を用意するのは当然だろう?」
相応の報酬、ね。
あくまで契約ってわけか。
「なるほど。それで、そしたら俺らは何を対価に差し出せばいい?」
「対価か。そんな堅苦しいものではないのだがな。強いて言うのであれば、私たちクランの目的を優先して力を貸してもらいたい」
「……やっぱそうなるよな」
なんとなく想像はついていた。
報酬を用意してまでわざわざ引き入れようとしてるのは、向こうだって何かしらの思惑があるからだと。
「それで、あんたらの目的って一体……?」
「いずれ解放される新エリア——新大陸の開拓。その為の造船と航路の確保だ」
「新大陸……もしかして、アルカディアクエストの一つか」
訊ねると、レイアは「ご明察」にやりと口端を釣り上げる。
「現在、アルカディアクエストと分類されるクエストは主に三つに別れている。一つは新大陸の開拓。二つ目は、大陸各地に点在するレイドエネミー——”オーバード”の討伐。そして三つ目は、神話時代に遺された文明の復活だ」
「改めて聞かされると、結構壮大だな」
流石、全プレイヤー協力型なだけある。
……まあ、新大陸開拓のことは今初めて知ったんだけど。
「どうだろうか。君達にとっても、私達にとっても悪くないと思うが」
確かにwin-winな話ではある。
俺らはトップクランに加入できる上、その恩恵をフルに受けられるし、向こうは優秀な(自分で言うことではないが)戦力を迎え入れられる。
合理的に考えれば、受け入れるのが正解だ。
「らしいけど、モナカ。どうするよ?」
「ん〜……ゴメンけどパスで! あたしはあたしのペースでやりたいから」
「……そうか。まあ、君ならそう答えると思ってたよ」
やけに食い下がりが早かった。
残念そうにはしているものの、表情は納得しているようだった。
あの言い振りからだと、モナカの性格を掴んでそうだな。
もしかして……モナカの正体に気付いているのか?
思っていると、レイアが今度は俺に顔を向けて訊ねる。
「ジンム、君はどうだ?」
「俺は——」
答えは最初から決まっている。
言いかけて、ちらりとシラユキに視線を移す。
不安げな瞳がこちらを覗いていた。
俺は、シラユキにそっと笑いかけてから続きを言う。
「——悪いな。断らせてもらうよ。俺とあんたらじゃ目的が合わない」
「目的が合わない、か。……良ければ君の目的も聞かせて貰ってもいいだろうか?」
「ネロデウスの討伐だ。これは誰になんと言われようと曲げるつもりはない。俺はこいつを最優先にして動く」
俺は災禍の討伐、向こうは新大陸の開拓。
互いに目的が食い違っている以上、いずれ必ず衝突が生まれる。
そうなった先に待ち受ける結末など、考えるまでもない。
「……ま、理由はもう一つあるんだけどな。つーか、どっちかって言うと、むしろこっちが本命だな」
「ほう。ちなみに、それも聞かせてくれても?」
「——どうしても組みたい奴がいる。俺はそいつと一緒にこのゲームを攻略したい」
向こうがそう思ってくれてるかは別だけどな。
レイアは口を噤んだまま真っ直ぐ俺を見据える。
それから一瞬だけシラユキに目を配らせると、
「……なるほど、意志は固いみたいだな。どうやら交渉の余地は無さそうだ。仕方ない、この話は無かったことにしよう」
言って、小さく息を溢した。
すると、ずっと無言を貫いていたミナミが初めて口を開く。
「レイア、それでいいの? 折角の魔境越え……しかも片方四天王なのに」
「……っ!」
四天王——やっぱこいつら、気付いてやがる。
モナカがMonica♪であることに。
「あー、そういうことか」
合点がいった。
なんで俺らがJINMU出身だと見抜けるくらい界隈に精通していた理由も。
(そうか、アンタらは——)
「ああ。強い個は重要だが、それで全が崩れてしまっては意味がない。今回は白紙になってしまったが、焦らずまた一から探すとしよう」
レイアは、ミナミの疑問に笑って答えてから、今度は俺たちに向かって言う。
「それでは私たちはこれで失礼させてもらう。すまなかったな、時間を取らせてしまって。また縁があればどこかで会おう。――道は違うが、君達の旅路を応援しているよ」
そして、レイアが踵を返した時、遠くからこちらに向かって駆け寄る二つの人影が視界に映った。
——ライトとひだりだ。
元より心配はしてなかったが、どうやらあいつらも無事にエリアを突破できたみたいだな。
内心ちょっとだけ安堵していると、二人の存在に気付いたHide-Tが、ヒューと口笛を吹いた。
「ビンゴ。やっぱりRaLがバックについてたか。君ら、中々に良い人物と巡り会えたね」
「まあな。色々頼りにさせてもらってるよ。……けど、巡り合わせで言えば、俺はアンタに会えたことに驚いてるよ。なあ、——」
「おっと、これ以上はイケナイよ」
言い切る前にHide-Tに釘を刺される。
「僕らも君らも一個人としてゲームを楽しんでるんだ。これ以上、踏み込むなら対応を変えなきゃならなくなる」
「……そうかよ。じゃあ、今の聞かなかったことにしてくれ。俺もさっきの発言は聞かなかったことにするよ」
既に背中を見せているミナミに視線をやりながら答えると、Hide-Tはうん、と頷きを返してからレイアたちの後を追いかけ始める。
「——と、そうだ。一つ耳寄りな情報を教えるよ」
けどその前に、俺に向かって置き土産を残すのだった。
——爆弾を。
「知っているかもだけど、前回にも似たようなエリアボスの変異レイドが発生したことがあるんだよね。その時は緋皇の仕業だったんだけど、発端になったプレイヤーにある呪いを残したみたいだよ。赤の呪い——『獣呪』をね。もしそのプレイヤーに話を聞いてみたくなったら霊峰に行ってみるといいよ」
Hide-T=???
そしてHide-Tは君らと言った。
つまりはそういうことです。