配信者(底辺)の強み、活かして
「おい、ヒーラー一人やられたぞ! タンク何やってやがる!」
「はあ!? んなこと言われたって、あんなところにいられたら流石に守りきれねえよ!」
「こんな時に喧嘩すんな! それより、蘇生アイテム持ってんのあいつだけじゃなかったか!? これからはもうやられたら減る一方だぞ……って、うわあああっ!!」
……あー、これは終わったな。
今回の戦闘でケリをつけると息巻いていた逆張り連合だったが、先に戦っていたレイドパーティーより善戦こそしたものの、結果はあえなく悪樓の前に散っていった。
「負けちまったな」
「途中までは順調そうだったんだけどねー。怒り状態も危なげなくやり過ごしてはいたし」
逆張り連合が負けた最大の原因は、タンク陣がヘイト管理ガバってタゲ集中が外れている間にヒーラーを狙われてしまい、そのまま最初に脱落させてしまったことだろう。
そこから回復が間に合わなくなった前線が一気に崩壊し、パーティーが全滅するのも時間の問題だった。
とはいえ、この事故はタンク陣だけに全責任があるわけじゃない。
デスしたヒーラーの立ち回りに甘さがあったのも事実だ。
いくらタンクが攻撃を引き受けてくれるからといって、回復ばかりに意識を持ってかれて水流ブレスの射線が通る場所に突っ立ってれば、そりゃ事故ってデスもするよな。
俺から言わせれば、さっきのは起こるべくして起きた事故って感じだった。
「やっぱ即席のパーティーだと連携不足が出てくるか」
「野良同士でチームを組んだ時の辛いところっていうかあるあるだね。仕方ないことではあるけど、こういう一発勝負だとちょっとしたミスが命取りになるんだよね〜」
「しかも本来のパーティーよりも大人数でやってるから、余計ボロが出やすくなってるっておまけつきな」
ただまあ、戦い方自体はそう悪いものではなかったと思う。
タンクが攻撃を受け止め、ヒーラーがHPを管理し、DPSがダメージを稼ぐ。
陣形も戦術も基本に則ったオーソドックスなもので、恐らくは運営もそういった攻略法を想定しているんだろう。
だが、現状レイドパーティーでちゃんとした戦闘を行えるのが悪樓しかいないせいで、どうしても戦術の練度が低い状態で戦わなきゃならず、連携ミスやらが発生する事態になってしまうわけだ。
だから勝率を少しでも上げたいんだったら、逆張り連合の前に戦っていた連中みたく、負けを前提に戦って予行演習をするってのが賢いやり方だと思う。
それはそれで無為に所持金とアイテムを消耗することにはなるから、時間が限られている今のような状況だと実行できる回数には限りがあるけどな。
「……それでもぶっつけ本番で戦うよりは幾分マシか」
悪樓は初見でどうこうできる相手ではない。
出来ればシラユキと朧にも悪樓がどんな動きをするのか一度実際に体感してもらいたいところではある。
問題は全ての準備を終わらせた上で、そんなことしてられる時間があるかどうかなんだけど。
(……多分、というかほぼ確実に、そんな余裕無えよなあ)
今日のクァール教官の周回のペースから考えると、レベリングが完了するのは夕方近くになる可能性が高い。
シラユキと朧がレベル上限に達するまであと4レベ……これが地味に長い。
それからここに移動して悪樓とお試し戦闘からの負けてデスポーンした後、デスペナが無くなるのを待ちながら、またここに戻ってくる。
やろうと思えばできないことはないだろうが、それだと昼から夜まで半日近くぶっ通しで動き回ることになる。
加えて、かなりの間集中する時間が続くから、どこかでログアウト休憩を挟まないと、またシラユキと朧がVR疲労に陥ってしまう可能性も考えられる。
VR疲労って一日、二日でそう簡単に耐性がつくもんでもないからな。
「はあ……どうしたもんか」
「ぬしっち、どしたの?」
「いや、明日一緒に戦う二人にもあらかじめ悪樓の動きを見せて、少しでも行動パターンを頭に入れてもらいたいんだけど、試しに戦ってられそうにもないから、代わりに何か良い方法がねえかなって」
悩みを打ち明けつつ、代替案を模索していると、モナカはさらっと答えてみせた。
「え、戦ってるところを撮影して、録画した映像を見せればいいじゃん。ぬしっち、撮影環境整ってるんだし」
「……あ」
そうだ、その手があったじゃん。
完全に頭の中から抜け落ちてた。
「ナイスアイディア。サンキュー」
すぐさまメニューを開き、本体の連携機能からキャプチャー機能を起動させる。
すると、近くに野球ボール程の大きさをした灰色でホログラム状の球体が浮かび上がった。
この球体がカメラとなって、ゲーム内の映像を撮影できるようになる。
ウィンドウを操作し、球体の位置やら画角やらを調整していると、隣ではひだりが球体を見ながら目を輝かせていた。
「おー、動画を撮影する時に使うやつだ! なんか動画配信者っぽい!」
「っぽい、じゃなくてちゃんと配信者だっての」
アクティブ視聴人数平均一桁の底辺だけど。
ちなみにこのキャプチャー機能はVRギアにはない。
専用の外付けデバイスとソフトをVRギア本体に組み込む必要がある。
ひだりが球体カメラに新鮮な反応を見せているのはその為だろう。
「……よし、追従カメラはとりあえずこんなもんでいいな。あと別視点からも撮っておくか。近距離からだとシラユキの参考になりづらいだろうし」
という訳で、追加で遠距離からの追従カメラとついでに俯瞰用の定点カメラも呼び出しておく。
俯瞰視点からは別にそこまで必要というわけではないと思うが、研究データになりそうなものが多いに越したことはないはずだ。
定点はボスフロアの外側に設置する設定をして、遠くからのやつは一定の距離を保ちつつも設置場所からあまり離れ過ぎないように追従距離を制限して、と。
「……まあ、こんなもんか。——よし、俺はちょっとこれから撮影して、そのまま街に帰って落ちるけど、皆んなはどうする?」
「あたしはもうちょっとここでレベリングしてこうかな。だりーともうちょっとお話もしてたいし。ね、だりー?」
「うん! というわけだから、アタシらのことは気にしなくていいよ」
なんかいつの間にかひだりの呼び方がだりーに変わってるな。
速攻で意気投合はしてたみたいだけど、もうあだ名で呼び合う仲になってるとは。
「ライトはどうすんだ?」
「そうだな……俺もこのまま街に戻って装備の作成に——」
「え? ライトも残ってモナにゃんのレベリングの付き添いだけど?」
「………………だそうだ。俺も暫くここに残る」
突然の予定変更にやれやれと小さく溜め息を溢すも、ライトは表情を崩すことなく続ける。
「装備のことは心配しなくても大丈夫だ。本番までにはきちんと間に合わせる」
「お、おう……」
あんたはそれでいいのかって、ツッコミを入れるのは野暮か。
本当に無理だったら断ってるだろうし、ひだりも無理矢理付き合わせるようなことはしねえか。
「んじゃ、行ってくる。それと明日の昼過ぎからレベリングを再開するつもりだからよろしくな。詳しいことは追って連絡する」
「おけまる! じゃあね、ぬしっち。……あ、そうだ。後であたしにも録画データ見せてねー!」
「了解。朝には見れるようにしておく」
最後にそう言い残して俺は、誰もいないボスフロアの中に入り、データ収集がてら悪樓に街の宿屋まで送ってもらうのだった。
VRギア自体にクリップ機能はあるので、数十秒〜一分程度の撮影なら誰でもできます。ひだりが悪樓の撮影に使っていたのはクリップ機能によるものですね。
ちなみに主人公は『VR Recording Studio Kit Pro』というソフトを使っています。結構お値段は張りますが、多くの実況者、配信者から好まれている優良ソフトです。何気にモナカもその愛用者の一人だったり。