交わす約束
そいつらがやって来たのは、ライトとひだりと合流して程なくしてのことだった。
「トップクランの新メンバーの加入試験だか知らねえが、その前にあいつをぶっ倒して台無しにしてやろうぜ!」
「ああ! こちとらさっさと攻略を進めてえのに足止め食らってむしゃくしゃしてるところに、外部の人間がしゃしゃり出やがって何様だってんだよ!」
「それな。でもそれより苛つくのは、あの悪樓って奴を発生させた奴だよ。そのせいでどんだけ俺らが迷惑被ってると思ってんだよ」
「どうせなら倒したところを見せつけて、憂さ晴らしに煽り散らかしてやろうぜ! てめえが片付けられなかったレイドボスを俺らが代わりに撃破してやったぜ、感謝しろよぶぁーか!! って感じにな!」
とまあ、こんな風にどこか横暴そうなプレイヤーの集団が、俺らの前を通り過ぎてボスフロアの中へ入っていく。
人数は十五人程度でパーティー構成もさっき無惨に散っていった連中と似たような感じだったが、こっちは本気で悪樓を仕留めに来ているようだ。
今、悪樓攻略に向けて準備を進めているプレイヤーの多くは、アルゴナウタエへの加入を目的にしているはずだが、理由はなんであれ中にはそれを快く思わない奴らだっている。
これから悪樓と戦おうとしているあいつらが、その典型的なパターンだろう。
にしても、だ。
最後の奴……悪樓を発生させた張本人の前で好き勝手言いやがるな、おい。
「言われてるぞ、ジンム」
「あいつらの言い分も分かるけど、一番文句言いてえのは俺だっつの。……ったく」
折角、貰ったばかりの新武器で気持ちよーくエリアボスを一捻りしようとしてたのに、ネロデウスが乱入してきたせいで当初の予定がおじゃんになった挙句、厄介極まりない爆弾を押しつけられて踏んだり蹴ったりなんだぞ。
「……けどまあ、おかげでネロデウス攻略に近づいていると思えば、そんなに悪いもんでもないか」
これまで何度か戦ってきたであろうライトとひだり、それとあの時一緒に戦ったシラユキに獣呪が発症していないってことは、俺だけが獣呪を発症する条件を達成したということ。
普通に考えれば、運悪く外れくじを引いてしまったと捉えるべきなんだろうが、獣呪があることによってイベントに何かしらの影響を及ぼしたり、特殊なフラグが発生する可能性も捨てきれない。
じゃないと獣呪になった時にメリットもあることに対する説明がつかない。
だから確信はないが、仮に獣呪の解除方法が判明したとしても、このまま獣呪を抱えたままゲームを進めた方が良いような気さえしている。
それに手がかりになりそうなものは、あるにあるだけ越したことはないしな。
「と……そうだ。ジンムに渡しておきたい物が——」
ふと何かを思い出したように、ライトが何かを取り出そうとインベントリを開く。
が、丁度同じタイミングでモナカが「あっ」と声を漏らすと、元気に手を挙げて訊ねてきた。
「はいはーい! 皆んなにちょっと質問したいことがあるんだけどいい?」
「ん、どうした」
「ぬしっちからネロデウスってハチャメチャに強い敵がいるっていうのは話に聞いていたけど、なんで皆んなはネロデウスを倒そうとしてるの? ぶっちゃけ本筋のストーリーとは関係ないんでしょ?」
「今んところはそうだな。とりあえず俺は、あいつにJINMU以上の極悪難易度を感じたからだけど……ライトとひだりはどうなんだ?」
なぜネロデウス撃破を目指しているのか、俺としても気になっていたことだ。
視線を兄妹にやると、二人は互いに顔を見合わせてから、
「んーと……一言で言うと約束の為、かな」
「——約束を果たす為、だ」
綺麗に口を揃えた。
「約束、ね。……随分と曖昧な答え方だな」
「自分でもそう思う。だが、これが現時点で答えられる精一杯の回答だ。すまない」
なるほど、あんましこの手の話題には突っ込まれたくないって感じか。
理由は恐らく……まあ、十中八九ユニクエが絡んでるからだろう。
それもネロデウスに関連するとびきりの。
流石に詳細までは見当はつかないが、とりあえず世に出回っていないってことは確かだろう。
「そかそかー。なら、いいや! 答えてくれてありがとね。じゃあさ、話題を変えて——」
ここで追及しても良かったが、何かしらの事情を察したのか、そもそもの質問者であるモナカが素直に引き下がった以上、無理に聞き出す必要もないか。
「……あいよ、今はそれで納得するとするよ」
「悪いな」
「気にすんな。一応、力を貸して貰ってる立場だからな。けど、このゴタゴタが片付いて協力関係が続くようだったら教えてくれよ」
そう言うと、ライトはふっと笑みを溢して見せた。
「……分かった。その時が来たら、ちゃんと説明させてもらう」
「ああ、よろしく頼むぜ。ところで、さっき何か言ってなかったか? 俺に渡したいもんがどうとか……」
「そうだった。こいつをお前に渡そうと思ってな。もしかしたら、獣呪の対策になるかもしれない」
開いていたインベントリを操作し、何やら乳濁色に煌めく液体が詰められている豪華な装飾が施されたガラス瓶を取り出すと、そのまま俺に向けてウィンドウを飛ばしてきた。
[ライトさんが以下のアイテムの譲渡申請を行いました。受諾しますか?]
とりあえず表示されたテキストの下にある[YES]をタップする。
直後、ライトの手にあったガラス瓶が消え、インベントリに”聖女の聖霊水”が追加されたので、そのままアイテムの説明文を開いてみる。
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【聖女の聖霊水】
聖女が真摯に祈りを込めて精製した聖水。失われた生命力、魔力すらも全快にまで甦らせ、神聖なる加護により如何なる呪いをも打ち祓う奇跡の霊薬。
・HP、MP全回復
・最大HP、MP全回復
・全状態異常解除
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「……あのさ、何このバチくそレアそうなアイテム?」
「キンルクエにいる聖女様お手製の聖水だ。用事を済ませるついでに買いに行ってきた」
「おいおい、キンルクエって……確か大陸北部の街だろ。つーか、どうやってそこまで……あ、移動アイテムか」
パッと脳裏に浮かんだのは、『アルゴナウタエ』のレイアとHide-Tが使用していたファストトラベルの効果を持つ羊皮紙の巻物。
やっぱライト達も持ってたか。
「——じゃなくて、流石にこれは貴重過ぎて受け取れねえっての。返すよ」
「そう言わずに持っていてくれ。俺とひだりの読みが正しければ、そいつが獣呪を解除してくれるかもしれないからな」
「マジ?」
あくまで予想だがな、ライトは首肯してから言葉を続ける。
「獣呪の説明文を覚えているか? ——一度顕現した呪いを祓う術はなく、己が死か、高潔なる聖者の祈りによって鎮める他なし。という言葉の後半の方だ」
「あー……確かにそんなこと書いてたな」
「文をそのままの意味で捉えると、呪いを鎮める……つまり、発症してしまった獣呪を解除するには一度デスするか、高潔なる聖者の祈り……恐らくは、聖職者に関連するプレイヤーかNPCの力が必要になるはずだ」
「……そうか、だからこいつの出番ってわけか」
直接力を行使するわけではないが、聖女の祈りが込められた聖女の聖霊水であれば獣呪にも効果が適用されるかもしれない。
「確証はないし、聖女関連の回復アイテムはこれ一個しか入手できなかったから、ぶっつけ本番で使うしかないが、本当に獣呪に有効だった場合、暴発した場合の保険になる。これなら勝率は安定するんじゃないか?」
「そうだな。なら、ありがたく受け取らせてもらうけど、いつかこの借りは必ず返すからな」
「別にそんなこと気にする必要はないが……なら、代わりに一つ約束して欲しい。——勝てよ、必ず」
「……ああ、任せとけ!」
互いの拳を突き合わせてから俺とライトは、にやりと笑みを浮かべてみせた。
教会の総本山はクレオーノにありますが、政治的な理由によって聖女様はキンルクエで暮らしています。しかし、公務によってたまにクレオーノに訪れることもあり、意外と始めたてのプレイヤーでも見かける可能性はあります。