背中に伝える言葉、語られる思い
通常攻略しに来たプレイヤーに順番を譲ったりして適宜休憩を挟みつつ、クァール教官を周回し続けることおよそ三時間強。
時折、獣呪が速攻で発症したせいで何度かビアノスとパスビギン森林のシャトルランをさせられる羽目になりつつも、どうにか目標のレベルにまで達することには成功した。
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PN:ジンム Lv:28
所持金:2112ガル
PP:0
ジョブ:戦士(盾使い)
-
HP:66 MP:19
ATK:83 DEF:65
SATK:9 SDEF:23
SPD:60 TEC:32
STR:68 VIT:28
INT:9 RES:19
AGI:53 DEX:25
LUK:19
アーツスキル
・シールドバッシュLvMAX ・ジャストガードLv9 ・ジャンプスラッシュLvMAX ・パワーキックLv9 ・挑発LvMAX ・トリプルスラッシャーLv8 ・ハードアッパーLvMAX ・バリアーナックルLvMAX ・ストレートジャベリンLv6 ・呪獣転侵Lv2
装備
武器1:アイアンバックラー
武器2:アイアンソード
頭:レザーキャップ
胴:レザーベスト
腕:レザーグローブ
腰:レザーパンツ
脚:レザーブーツ
アクセサリー:-
アクセサリー:-
シリーズボーナス:SPD、TEC+5
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「……とりあえずこの位まで上げておけば、明日の夜までには間に合うか」
当初は25前後まで行けば御の字と思っていた。
——が、回しているうちに段々と行動パターンをより細かく掴めるようになっていたおかげで、即興でチャートを組んでなんちゃってTAをやれるくらいには高速で狩れるようになっていた。
結果、周回速度がグッと上がり、俺の現在レベルは28、シラユキと朧は26まで上がっている。
これなら上々の成果と言って差し支えないだろう。
「——今日はここまでだな。二人とも付き合ってくれてありがとな」
獲得したPPを割り振った後、メニューを閉じながら2人の方を振り向く。
どちらも集中が限界に達したからか、二人とも完全に疲弊し切った様子でへなりとその場に座り込んでしまっていた。
「はぁ、はぁ……ど、どういたしまして」
「こちらこそ……ありがとう、ジンム君」
しまった……流石に無理をさせ過ぎたか。
思えば、なんだかんだでラスト一時間はほぼぶっ通しだったし、戦闘中の行動も全体的に高速化してたもんな。
二人の疲弊はアバター疲労——システム的なものというより長時間プレイした影響によるものだ。
普通にプレイする分には滅多にならないが、VRに慣れていない人が高い集中力を維持し続けていると、弊害で脳が疲れてしまい、その疲労が倦怠感としてアバターに反映される。
俺もVRゲーを始めた当初はちょくちょくなっていたし、今でもJINMUのRTAを一日に何本も走っているとごく稀にアバター疲労を起こすことがある。
まあ、JINMU以外のゲームでなったことはないんだけど。
一度こうなってしまうとVR起動中はなかなか疲れが取れないし、ここから無理にプレイし続けようとすると倦怠感が悪化するだけだ。
なので、素直にログアウトして休むのが一番の対処法となる。
「とりあえず……疲れてるところ悪いが、息を整えるにしてもフロアの外に移動しようぜ。このままだとまた教官と戦わなきゃならなくなるし。……立てるか?」
「うん、大丈夫……って、きゃ!?」
「――っと、あぶね」
立ち上がろうとしてよろめくシラユキの腕を咄嗟に掴む。
「無理すんな。立ってるのもキツいだろ?」
「……ごめんね。気を使わせちゃって」
顔を俯かせながら言うシラユキに、俺は頭を振る。
「いや、謝るのは俺の方だ。すまん、流石に周回のペースを上げ過ぎた。……朧もあれだったら手貸すぞ」
「いや、僕は大丈夫。ジンム君はそのままシラユキさんに付いていてあげて」
笑みを浮かべつつ朧はそう言って、ゆっくりと立ち上がってみせる。
多少ふらついてこそいるが、距離と速さを抑えて歩く分には問題なさそうだ。
「ならひとまずフロアを抜けるとするか。シラユキ、歩けるか?」
「うん……なんとか」
「分かった。それじゃあ、移動するぞ」
こうしてシラユキの傍に寄り添いつつ、エリアの外に向かって歩き出す。
だが、俺が思っているよりもシラユキのアバター疲労は重く、立っているのもやっとという感じだった。
このままだとボスフロアを出るよりも先に侵入不可の障壁が展開して、またクァール教官と戦う羽目になりかねないな。
(仕方ねえか……)
「シラユキ、背負って行くから背中に乗ってくれ」
「……え!? いや……その、気を遣わなくても大丈夫だよ」
「無理すんな。歩くのも一杯一杯だろ。というかこのペースだとフロア出るよりも先にまたクァール教官と戦闘になるぞ。デスポーンで帰るならそれでもいいけど」
ぶっちゃけそれが一番手っ取り早いし。
とはいえ、流石に自分からわざと倒されるというのは抵抗があるようで、観念したようにシラユキは、今にも消え入りそうなか細い声で、
「それじゃあ……よろしくお願いします」
恐る恐るといった感じに俺の背中に体重を預けた。
「ああ、任された。嫌かもしれないけど、街に着くまでの間は我慢してくれよ」
シラユキを背負い、やや急いでボスフロアを抜けてから数秒後、背後に侵入不可の障壁が出現した。
誰かがクァール教官に挑みにフロアに入ってきたみたいだな。
変に出入りするタイミング被らずに済んだことを安堵しつつ、俺らはエリアを後にした。
――そういえば、なんか忘れているような気がするような……ま、いっか。
「にしても……この道は、どっちかが動けなくなるジンクスでもあんのかね」
アトノス街道を歩きながら、つくづくそう思う。
初めてこの街道を通った時は、逆に俺がシラユキに介抱されながらだったもんな。
麻痺して動けないところをシラユキに担がれて――今思い返しても、あの状況はガチでやばかったよな。
タチの悪い奴らに粘着され、成り行きでボス戦に挑むことになった挙句、ガバって左腕を失って。
それでもどうにか勝てたかと思えば、さっきの連中に更に粘着されて危うくPKされそうになるし――そして、初めてネロデウスと遭遇した。
そうか……まだ、あれから二日しか経っていないのか。
想定外の事態がポンポンと出てきたからか、それが随分と前の出来事のように思えてくる。
このゲームを始めた当初は、JINMUとRTAの息抜き程度で遊ぶつもりだったのに、気づけばアルクエという名の泥沼にずぶずぶに沈むレベルで、どっぷりとのめり込んでしまっている。
俺がここまでどハマりするようになったのは、シラユキがいたからだ。
一人でやってたら、蝕呪の黒山羊と戦ってアルクエでの戦闘に快感を見出すことは無かっただろうし、ネロデウスと出会ってJINMU100%RTAの反動で燃え尽きていたゲーム熱がこんなに早く復活することは無かっただろうから。
そんなことを思い返しているうちに俺は、自然とシラユキに話しかけていた。
「――なあ、シラユキ」
「……なに、ジンくん?」
背後から返ってくるのは、シラユキの柔らかな声。
「ありがとな。このゲームを勧めてくれて。本当に感謝してる」
「どうしたの、急に?」
「特にこれといった理由はねえんだけど。……ただ、なんか改めて礼をしたくてなってな」
「ふふっ、なにそれ。変なの」
そうシラユキはくすくすと笑ってみせると、少しの沈黙を挟んでからゆっくりと口を開く。
「――お礼を言いたいのは私の方だよ。ありがとう、私と一緒に遊んでくれて。……実を言うとね、私がアルクエを始めたのって、ジンくんがこのゲームを買ったからなんだ。いつもは配信を見ることしかできなかったけど、これでなら一緒に遊べるかもと思って」
「……え、マジで?」
「うん、ホントだよ」
初めて聞かされる事実に内心愕然とする。
おいちょっと待て、俺がアルクエを買ったのって結構前――確か一ヶ月くらい前の話だぞ……!?
でもシラユキがこのゲームを始めたのは、大体三週間前。
それだと矛盾する……いや、ゲームを購入するまでにいくらか日数がかかることを考えると、一応辻褄は合うか。
このゲーム、買おうと思ってもすぐに買えるもんでもないし。
けど、俺がアルクエを購入したのは、たまたま店に一本だけ売れ残りがあったからで、その時は全然やる予定なんてこれっぽちも無かったんだぞ。
そもそも100%カテゴリの自己ベ更新することで頭がいっぱいだったわけだし、そのことはシラユキも知っていたはずだ。
「お前……確かに勢いで買いはしたけど、俺が始める保証なんてどこにも無かっただろ?」
「確かにそうだね。その頃のジンくんってJINMUに夢中だったもんね。だからVRに慣れる練習ついでに、いつかジンくんが始める気になってもいいように先にゲームを進めてちょっとでも案内できるようにしたかったんだけど……」
「想定外にも最初の最初で躓いてしまって、それでアトロポシアでずっとクエストをこなしまくっていたわけか」
シラユキは恥ずかしそうにこくりと頷く。
「……うん。あの時の私にできることは、それくらいしか無かったし、あれはあれで楽しかったから。でもそうしている内に、ジンくんが何かやりたいことを探していたから、思い切ってこのゲームを勧めることにしたんだ」
……ああ、なるほどな。
週明けのやり取りには、そういう思惑があったのか。
「本当はその時に一緒にやろうよって、そう言いたかったけど、私の実力だとお荷物になるだけだし、そもそも迷惑かもって思ったら言い出せなくて……」
そう淡々と口にするシラユキの表情は窺えないが、ほんの微かにだけ声が震えていた。
「って、ごめんね。いきなりこんなこと言われても困る――」
「――別に気にしねえよ。ゲームの上手い下手なんて」
シラユキが喋るのを遮るように、俺は言う。
伝えなきゃ駄目だと、そう思った。
「そりゃ上手いに越した事はないけどさ。だからって、そいつを他人に無理に求めたりはしねえよ」
それよりも俺にとって大事なのは、一緒にやってて面白いか、またやりたいかって思えることだ。
それさえ当てはまれば、仮にそいつがどんなに下手くそだったとしても、バカやらかしまくるような奴だったとしても構わない。
「ジンくん……」
「……けどまあ、シラユキがスライム一匹倒すのにめっちゃ苦戦してたのを目の当たりにした時は、流石にちょっとだけマジかって思ったけど」
「それは忘れて欲しいな……!」
「いや無理だろ。あれは忘れたくても忘れられねえよ。……でも、逆に言えばそれだけだ」
これまで行動を共にして、シラユキ自身を迷惑だなんて思った事は一度もない。
寧ろ、シラユキがいてくれたからこそ俺は今、心の底からアルクエを楽しめている。
気の合う誰かと一緒にゲームするってこんなに面白かったんだな。
言いながら、ふと気づく。
日中、シラユキに悪樓討伐の件が片付いたらパーティー解散するかどうかの話を持ち掛けた時、何か心に突っかかったような気がしたその理由が。
そうか、俺は――
「まあ、あれだ。……色々あったけど、この三日間、俺はずっと楽しかったぞ」
「……そっか」
シラユキから返ってきたのは、その一言だけ。
だが、これで十分だと、俺はそっと笑みを溢した。