挑む初心者、見せる成長
二人の作戦は、至って単純だ。
朧が挑発を駆使してクァール教官のヘイトを自身に向けて時間を稼ぎ、シラユキがその間にリリジャス・レイをぶっ放して攻撃するという作業の繰り返しだ。
やっていることは結構シンプルな作戦ではあるが、一見すると負担の比重は朧の方に傾いているように思えるし、恐らくその通りだろう。
じゃあシラユキが術を発動するだけの簡単なお仕事かというとそういうわけでもない。
「……うん、あの様子だとちゃんと自分で考えて行動できてるな」
朧が囮になっているその裏でシラユキはというと、クァール教官と一定の距離を保ちつつも、常に自身とクァール教官を結ぶ直線上に朧がいるように移動をしている。
これならクァール教官の意識を朧に誘導しやすくなるし、特殊行動の奇襲を仕掛けられたとしても、背後に回り込まれるまでに朧と立ち位置を交代できるだろう。
これも初めて挑んだ時の経験が生きている証拠といったところか。
そう考えると、片腕を食い千切られた甲斐もあったってもんだ。
……いや、あれはそもそもクァール教官の行動パターンを教えてなかった俺の自業自得なんだけど。
「……にしても、いつもは横目でしか見てなかったけど、こう正面から見るとえげつねえよな、シラユキのあの魔術。でも、あれで中位――あれよりまだ上があるんだよな」
術系のアーツスキルは、下位、中位、上位……と幾つかの等級に分けられている。
等級が上がれば無論、威力が上昇したり攻撃範囲が広がったりするのだが、下位と中位ですらこんなにも差が出てくるとは。
これより上の術式になるとどれだけヤバくなるんだか。
ちなみに等級が上がればその分、発動までの待機時間が長くなったり消費MP量が増加するらしい。
だから場面によっては、発動する術式を上手く使い分けてMP管理が必要になってくるが、今はそんなことを気にせずにこのまま最大火力をぶっ放し続けるのが正解だろうな。
そもそも、有効そうなダメージソースはリリジャス・レイしかないし。
「――朧さん、術の発動待機に入るので、その場で足止めお願いします!」
「うん、任せて!」
シラユキが数歩だけ下がってから術の発動待機に入るのに合わせ、朧は動き回って回避するのを止めて、その場からなるべく動かずに攻撃を捌く方向へシフトする。
多少、クァール教官の攻撃をステップやらローリングやらで避けたとしても、すぐにシラユキへの進路上に立ちはだかり術の発動までの足止めを再開していた。
しかしまあ……改めて外から観察してみると、アーツスキルによる補正があるとはいえ、朧ってマジでえげつねえ回避力してるよなあ。
これでまだVRゲー二日目っていうんだから、これからの成長が恐ろしいったらありゃしねえ。
とはいえ、今のところ初心者離れしてるのは、プレイヤー依存の運動能力――キャラコンの精度だけだ。
今後の課題として、この回避力を維持したまま攻撃に参加する頻度を上げることが必須になってくるだろう。
回避タンクだけを続けるんだったらこのままでもいいかもだけど、朧はそういうタイプでもないしな。
それに行動の隙を突いて着実に攻撃を当てたり、敵の攻撃に合わせて的確にカウンターができるようになれば、均等振りという名の地雷ビルドであっても、パーティーに誘うプレイヤーも出てくるはずだ。
「それよりも……シラユキのやつ、一昨日と比べるとマジで見違えるレベルで成長したよな。司令塔をやるのは初だってのに、堂々と朧に指示を出せているし」
結構朧の回避頼みなところはあったり、戦力的な問題で実質一つしか作戦がないという前提条件があるにしろ、シラユキは本当によくやれていると思う。
でもまあ、初心者だけでボスに挑もうってんだ。
これくらいは出来てもらわないとな。
「……これなら、もう俺がいなくても十分にやっていけそうだな」
十五秒近い待機時間を経て、シラユキは朧に退避を指示を出すと、少しの間を置いてからリリジャス・レイを発動させる。
戦闘が始まってからもう何回も繰り返しているからか、朧の動きもかなりスムーズになっており、リリジャス・レイがクァール教官に直撃し、術のエフェクトが消失すると、すぐさま挑発をかけ直していた。
しかし、クァール教官は体勢を立て直すや否や、シラユキにも朧にもヘイトを向けることなく木々の中へと跳躍して飛び込んだ。
「――来たか、高速奇襲……! んじゃまあ、あいつらがあれにどんな対処するか見させてもらうとするか」
朧はともかくとして、シラユキは一度あれで痛い目(実害を受けたのは俺だけど)見させられているんだ。
何かしらの対策を講じてから戦いに臨んでいるはずだ。
とりあえずは素直に二人の立ち位置を入れ替えるんだろうけど……さて、どう出る?
電光が目にも止まらぬ勢いで木々の間を駆け抜け、シラユキの背後へと回り込む。
それと並行してシラユキと朧は一瞬視線を合わせると、即座に互いの場所を入れ替えてクァール教官の襲撃に備える。
ここまでは読み通り、けど問題はここからだ。
初見で倒した時もそうだったが、タネが割れた後衛殺しそのものはそこまで脅威ではない。
今二人がやったみたいに、攻撃が来るまでに前衛と後衛の立ち位置を入れ替えるだけで済むからな。
だけど、それだけじゃ完全に対策出来ているとは言えない。
もう一つ対処しなきゃならない事がある。
それが何かというと、クァール教官の攻撃を中断させることだ。
これは初めて戦った後で知った事実なのだが、立ち位置を入れ替えたとしてもクァール教官のターゲットそのものが変わることはない。
結局のところ、この攻撃中クァール教官が標的を定めている相手は、終始シラユキのままというわけだ。
ただし、対処法はちゃんとある。
大きく分けて二つ、途中で割り込んで攻撃を受け止めるか、カウンターを当てるなりしてモーションを中断させればいい。
しかしながら朧の防御スタイルは、回避を主体としたものだ。
おかげで前者はそもそも選択肢に入らないし、後者も近接戦闘に慣れていないせいで中々に難易度が高い。
とはいえだ、これで手詰まりというわけではない。
ちゃんと朧にも……いや朧だからこそできる対処法がある。
果たして二人がそれに気づいているかどうか……。
「朧さん、手筈通りにお願いします……っ!!」
「任せて!!」
朧がブーメランを投げる構えを取ると、武器全体に朱色の淡い光が纏う。
あのエフェクトは、アーツスキル発動の合図だ。
さっきの戦闘でも何回か使っていたな。
どんな効果なのかは知らんが、恐らくは投擲の威力上昇といったところか。
「……どうやら問題なさそうだな」
――高速で木々を駆けていた電光が止まった刹那、後方にいたシラユキを屠ろうとストレイクァールが物凄い勢いで飛び出してくる。
だが、直後に奴を出迎えたのは、朧が投げ放ったブーメランだった。
「ジャストタイミング。これなら安全圏から迎撃ができる」
勢い良く飛び出たものだから、避ける暇も無いままにブーメランがストレイクァールの顔面に直撃する。
本来であれば敵の攻撃中にこっちの攻撃を当てたとしても怯みモーションに入ったりはしないのだが、仕様なのかこの行動中に関しては、確定で転倒するようになっている。
そして、攻撃を諸に食らったストレイクァールはというと、大きく体勢を崩し、豪快に地面を転がり回ってみせた。
これは……勝負あったな。
リリジャス・レイ
収束した光球から荒ぶる光の奔流を迸らせる神聖術。
やってることは聖属性の魔力ビームですね。射程距離は長く、ボスフロア内であれば全域が射程圏内になります。
一番火力が出るのは先端部で、他の箇所に当たると威力は減衰しますが、それでもそれなりのダメージ判定はあります。
主人公もヒロインちゃんも比較対象が無いから気付いてませんが、実は階級詐欺と言われている術の一つで、他の中位魔術はこれほど火力は出なかったり……。