死から戻りて、その目に映るは
獣呪のタイムリミット以内にきっちりとクァール教官を撃破し、無事に本日四度目のデスポーンを果たしてから数分後。
目覚めてから速攻で宿屋を後にした俺は、パスビギン森林に戻るべく半分駆け足でアトノス街道を突っ切っていた。
「はぁ……流石にこう何度もデスポーンを繰り返してると、ただの移動が苦行と化してくるな」
エリアにシラユキと朧を待たせている手前、急がなきゃとは思っている。
けど、デスペナの弊害で地味にスタミナ切れを起こしやすくなっているせいで、思うように全力を出せずにいるのが現状だ。
蝕呪の黒山羊戦で経験したが、完全疲労に陥ると反動でしばらくまともに動けなくなってしまう。
そうなると到着が却って遅れ兼ねないし、上手くスタミナ管理しても大して早くなるわけでもないから、こうしてジョギング程度の歩速に留めている。
せめてもの救いは、悪樓の元に行くのと比べれば大した距離ではないってことか。
あっちは街道+エリアの最深部まで行かなきゃならないけど、こっちは街道を通るだけで済むからな。
ついでに言うと、エリアを出てから次の街に着くまでの距離より、街を出て次のエリアに行くまでの道のりの方が長い。
もしマップの構成が逆だったらもっと足取りが重くなってた気がする。
「それにしても……朧がまさかあそこまで動けたとは。ソロでボス撃破した実績は伊達ではなかったか」
さっきの戦闘を振り返ってみると、終始回避に専念していたというのもあるが、朧はクァール教官の攻撃を一切被弾することなく躱しきってみせた。
代わりに攻撃に参加する頻度はお粗末なものとなってしまったが、終始避けタンクを遂行出来たことと比べれば瑣末な問題ではある。
というか文句のつけようがないくらいに朧の働きっぷりは、完全に俺の想像を上回っていた。
当初の想定だと俺がメインで敵のタゲ集中を取ってヘイト管理しつつ、捌き切れない分を朧に任せるつもりだった。
だけど、逆に朧がメインで囮役になってもらって、それで捌き切れない分だったり挑発の効果時間が切れている間を俺がカバーする……なんて方針に切り替えるのもアリかもしれない。
いくらデスペナでステータスが低くなっていたとしても、総合的な火力は今も俺の方が上回っている。
朧に避けタンクを専念してもらえれば、その分クァール教官との戦闘時間も短縮できて、より多く周回ができるはずだ。
「一戦一戦にあんまり時間も割いてらんないしな」
クァール教官を倒すのは、さっきので終わりではない。
あれは朧の実力を見るための謂わば前哨戦。
寧ろ、ここからがレベリングのスタートだと言っていい。
「今日だけでどれくらいまでいけるか……」
上限の30レベは無理だとしてもせめて20後半……最低でも25付近までは持っていきたい。
そうじゃないと、恐らく明日の決戦までにレベリングが間に合わなくなる。
俺じゃなくてシラユキと朧の二人が、だ。
どっちもまだ20レベルにも到達できていない事を考えると、そんなに悠長にしていられないっていうのが実情だ。
いくらボスエネミーとはいえど、結局は前エリアのボス。
一戦で得られる経験値も滅茶苦茶多いってわけでもない。
その内、レベルを1上げる為に何体も倒さなきゃならない、なんて事態になることも容易に想像がつく。
ぶっちゃけ経験値効率だけを考えるなら、ネクテージ渓谷で雑魚エネミーを片っ端から狩った方が効率が良いし、何より戦闘が楽に済むだろう。
それでもクァール教官をレベリングの相手として選んだのは、経験値以外での諸々も考慮してのことだ。
勿論、前提としてレベルを上げるのは重要ではあるけど、それだけじゃ悪樓との圧倒的な力の差を埋めることは出来ないだろう。
であれば、戦闘技術を磨くしかない。
その特訓相手として、クァール教官はうってつけの相手だと思っている。
攻撃方法や範囲はかなり異なるものの、クァール教官の素早い攻撃に慣れておけば、悪樓の攻撃にも対応できるはずだ。
などと、そうこう考えているうちに、パスビギン森林の出口に辿り着く。
——が、そこに二人の姿は無かった。
「あれ……あいつらどこ行った?」
念のため周辺を見渡すも、やはりどこにもそれらしき影はない。
「となると……エリアの中、か?」
クァール教官を撃破した頃には、もう数秒程度しかHPが保たないという状況だったせいで、とりあえず俺が戻るまで好きにしててくれ、としか指示を残せなかったからまだエリアの中にいる可能性は十分にある。
(……まあ、とりあえず中に入ってみるか)
異変に気づいたのは、森に足を踏み入れたすぐのことだ。
ボスフロアの手前に、半透明の光の壁が展開されているのが目に映る。
侵入不可障壁。
現在進行形で、誰かが中で戦っている証拠だ。
「——って、おい、まさか!」
予感が脳裏を過り、急いでボスフロア手前まで駆け寄ってみる。
そして、その予感は的中する。
フロア内では、シラユキと朧が二人だけでクァール教官と戦闘を繰り広げていた。
朧は挑発を駆使してクァール教官のヘイトを自身へと誘導し、攻撃を一手に引き受け、シラユキはしきりに立ち位置を調整しながら術式の構築を行なっている。
「――朧さん! もう少しで術を発動するので、避ける準備をお願いします!」
「うん、分かった!」
「準備、よし……いきます! ――リリジャス・レイ!」
シラユキが術名を叫ぶと、頭上に光球が生まれ、そこから放たれた激しい光の奔流がクァール教官を呑み込む。
既に術の射線から逃れていた朧は、光線が消えるとすぐにクァール教官に追撃を仕掛け、再度挑発を発動させることでヘイトを自身に向け直した。
パッと見は上手く戦えているように見える――いや、実際上手く戦えていた。
「二人とも中々にやるじゃねえか。これならあいつらだけでも倒せそうだな。けど……なんで二人だけで戦ってるんだ?」
理由は後で訊くとして、とりあえず今はこっそり観戦させてもらうとするか。
俺抜きだとどんな風に立ち回るか気になるし、これはこれで面白そうだしな。
ひとまず俺がいる事を悟られぬよう、近くの物陰に身を潜めることにした。
街道の距離ですが、エリア入り口側と出口側どちらも同じ長さにしよう派と、エリアボス倒した後を想定しているんだから出口側は短くするべき派と、そもそも街道とかいらねえだろ派の三つの案があって、開発陣の中でも結構意見が分かれてる過去があったり。
まあ、なんだかんだあって二つ目の案が採用されました。




