竜人の村人
左右兄妹とは一旦別行動を取って、街の中を捜索することおよそ十分。
想定していたよりも早く、目的の人物を発見することに成功した。
「……よかった、まだログアウトしてなかったか」
ひだりから連絡を受けて街の南門へ急行すると、そこにいたのは確かに『アルゴナウタエ』が去った直後に見かけたプレイヤーだった。
やや燻んだような鈍色の髪、側頭部から生えて前側に伸びる一対の角。
肌の一部を覆う竜種を彷彿とさせる鱗に尻尾と、その容姿自体も目を引くのだが、それと同じくらい他のプレイヤーの注目を集めているのは、一切手付かずの初期装備と腰に提げられた外側に刃が付いたブーメランだ。
アトロポシアであれば特に視線を向けられることはないが、ビアノスでもその装備となると逆に悪目立ちしてしまっている。
しかもブーメランっていかにもマイナーそうな武器を装備しているせいで、余計に地雷臭が際立っていた。
「ジンム、あの人で合ってるよね?」
「ああ、ビンゴだ。見つけてくれてありがとよ」
なんでこんなところにいるのかは知らんが、遠目からでも分かるくらいに肩を落としている辺り、大方レイドパーティーに参加できなかったんだろうな。
「それにしてもビアノスに到着してまだ初期装備とか、今の状況じゃ余計悪目立ちするよな。というか……装備を変えるって考えは無かったのかよ」
ツッコむように呟くと、ひだりに白々しい視線をぶつけられる。
「それ、ジンムが言えたことじゃないよね? しかも悪目立ちって意味だと、片腕欠損してた君の方が酷かったよ」
「あー、確かに教会に行くまで周りの視線が痛かったな。つーか俺の場合は成り行きで初期装備で来る羽目になっただけだっての。野良プレイヤーに襲われなければ多分ちょっとは整えてはいた……はず?」
「なんで疑問系なのさ。そこは断言しなよ」
そう言われても、ビアノスに着くまでシリーズボーナスの存在とか全く知らなかったからなあ。
自分で言うのもなんだけど、シリーズボーナスがなかったら「まだ被弾とかせずにやれてるから、今のままで良くね?」みたいな精神が働いて買わなかった可能性の方が高かったと思う。
というか被弾したら被弾したで、回避かジャストガードできるようになるまで練習する考えになってどのみち買わなかっただろうな、うん。
「とりあえず、ちょっくら話しかけに行ってくる」
「はいはーい、行ってらっしゃーい。アタシらはちょっとやる事あるからしばらくここを離れるけど、なんかあったらライトにメッセージ送っといて。大抵の事ならすぐ答えてくれるから」
「了解。んじゃ、行こうぜシラユキ」
「う、うん。では、お二人共また後で……!」
ここで一度兄妹と別れを告げ、竜人アバターのプレイヤーの元へ近づいて声をかける。
「なあ、ちょっといいか?」
「……ん、僕?」
「そう、アンタ。少し聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと? うん、なんだい」
竜人アバター——”朧”は柔和な笑みを浮かべる。
良かった、とりあえず話に取り合ってはくれそうだ。
「不躾な質問になるんだけどさ、どうやってパスビギン森林を突破したんだ。見たところ初期装備のようだけど、誰かに手伝って貰ったとかか?」
単刀直入に訊ねると、朧は頭を振って答える。
「いいや、一人で突破したよ。森の中をのんびり探索してたらボスフロア? ってところに間違って入っちゃってね。二時間くらいかかっちゃったけど、どうにか倒してここまで来たんだよ」
「……マジかよ。じゃあ、どうやって倒したんだ?」
「えっと……頑張って避けて、隙ができたら攻撃するのを地道に繰り返してって感じかな。森の中にいた他の敵よりも格段に動きは速いし、電撃飛ばしてくるしで最初はびっくりしたけど、慣れたらそこまで苦労しないで避けられるようになったよ」
慣れたら、ねえ。
普通クァール教官の攻撃って、初心者が慣れたからって避けれるような攻撃じゃないんだけどな。
俄には信じがたいが、嘘を言っているようにも見えない。
「……なるほどな。ちなみにだけどさ、リアルの運動経験とVRゲーの経験ってどれくらいある?」
「リアルでの運動は趣味でパルクールをちょっとやってるけど、VRゲームっていうか……ゲーム自体をちゃんとやるのはこれが初めてだよ。だから経験で言うと二日目になるかな」
さらりと言いのける朧に、俺は思わず天を仰ぐと同時に確信する。
――こいつは稀に見る紛れもない天才肌だ。
リアルの運動神経とVR内の運動神経はノットイコールではあるものの、現実での運動神経の良さが有利に働きやすくなるのもまた事実だ。
とはいえ、中にはシラユキみたく極端に運動神経が悪くなる場合もあるのだが、朧はその真逆――VR内で現実以上の運動神経を発揮できるタイプだ。
しかも、程度がどうであれパルクールをやってるってことは、リアルでも一定の運動能力はあると考えていい。
リアルとVR、どっちも高い運動神経が備わっている人間はそうそうお目にかかることはない。
俺は長年のゲーム歴とJINMUで鍛え上げられたタイプだし、他の走者だって大体似た感じだ。
知っている中で唯一挙げられるとすれば……any%7位の籠手使いか。
内容こそまだまだ改善の余地が見られたが、RTA歴から考えれば上位四人にも食らいつける素質はあった。
原石の大きさだけで言うのなら、朧の素質は奴に並び得るかもしれない。
だからといって、始めて二日でクァール教官ソロ撃破してんのは、はっきり言ってイカれてやがるけどな。
「……でも、一人で森を通り抜けたってことは誰も信じてくれなかったんだけどね。仲間に入りたいからって見え見えの嘘つくなって怒られもしちゃったし」
「そりゃそうだろ。あんた、バスケ未経験者がバスケの経験者――それもエース級の奴に1on1で勝ったって言っても素直に信じられないだろ?」
「あはは、そう言われると返す言葉がないや。……君も僕が嘘を言っていると思うかい?」
空笑いを浮かべる朧に、俺は「いいや」と首を横に振って見せる。
「単純に嘘をつく理由がないだろ。俺はどうやって来たんだ、としか聞いてないんだし」
というかマシな嘘をつけるんだったら、そもそもレイドパーティーの参加を断られずに済んでいるはずだ。
うん……これなら賭ける価値はあるな。
俺の答えが意外だったのかきょとんと目を丸くする朧に、俺は一つの質問を投げかける。
「ところで話は変わるんだけどさ……あんた、泥舟に乗る勇気はあるか?」
プレイヤーの種族は様々選べますが、なんだかんだ普通の人間のアバターが一番割合が多いです。(キャラメイクの自由度が高過ぎて、逆に安牌を選ぶ感覚)
次点でエルフが多く、逆に一番割合が低いのは魚人族になります。